ショートストーリー① 「クリスマス☆妄想」
本編とはあまり関係のない、気楽に読めるショートストーリーです!
ではハッピークリスマス!
閉じていた目を開く。
最初に見えたのは、眩しさに目を細めてしまったほどによく晴れた青い空。
聞こえてくるのは寄せては返す波の音。
状況がつかめず、わたしはとりあえず砂浜の上に体を起こした。
ヤシの木が、遠くに見える。南国植物っていうかブーゲンビリアっぽい花もある。
「なにここ……。どこかの南の島……?」
どうしてこんなところに……というか、うちの国に、こんなところあったっけ?
そう思って辺りを見回す。
すると、少し離れた場所に倒れているエードゥアルト様がっ!
わたしは慌てて立ち上がり、砂に足を取られながらも、駆け寄った。
「エードゥアルト様……っ!」
目を瞑ったまま、身じろぎもしないエードゥアルト様。
震えそうになる体を無理矢理に押さえつけて、わたしはエードゥアルト様のすぐ横に座り、そして自分の手首に指を当てた。
「わたしの脈拍は一分間にだいだい七十くらい。そして、吸って吐くを一回と数えると、一般的な成人の呼吸は一分間に十二回から二十回……」
冷静に、と思いながら、わたしはエードゥアルト様の呼吸を確認する。
規則的に上下する胸部。呼吸音にもおかしなところはない。
「多分だけど、寝ているだけ……よね……」
心肺蘇生とか、気道確保とか。救急救命的な処置は必要なさそう。
わたしはほっとして、全身の力を抜いた。
よくわからないのだけれど、わたしとエードゥアルト様は、この南の島っぽいところに連れてこられたようである。
「と、とりあえず、エードゥアルト様のお目覚めを待ちましょう……か」
エードゥアルト様が眩しくないようにと、わたしの影がエードゥアルト様の顔にかかるように位置を変えて座り直す。そして、じっと、エードゥアルト様のお顔を見る。
「……素敵」
あら、本音が。
起きて、わたしを見つめてくださる時のエードゥアルト様の水色の瞳もそれはそれは素晴らしいのだけれど。こうやってみる寝顔も……。
「控えめに言って、サイコーかしら。あら、言い方が転生前の職場の先輩っぽいわね」
ああ、永遠に眺めていられるほどの素晴らしさ。
どのくらいそうしていただろうか?
「う……」
小さな声がして、エードゥアルト様の目が開かれた。
「……マル、レーネ?」
はうっ! 寝起きのエードゥアルト様の、低く擦れたお声っ! もう、たまらんっ! とか叫んで、地面をバンバン叩きたいっ!
いえ、それは淑女としてアウトよマルレーネっ! 落ち着け、落ち着くのよっ!
「はい。エードゥアルト様、大丈夫ですか? お身体とか、痛いところはございませんか⁉」
「いや、無いが……、というよりもここは……」
ぼんやりとしたエードゥアルト様の瞳が、段々と鋭さを増していく。そして、辺りをぐるりと見まわした。
「……砂浜に、水平線?」
「はい。どうやら南の島のようです。見てください、あちらにヤシの木、そしてこちらにブーゲンビリアの花が」
「南の島……? 我が国の?」
「わかりませんが、多分」
「するとここは、もしや流刑島か⁉」
我が国の南の海にぽっかりと一つ浮かぶ島。
昔、流刑島として使われたところ。
「その可能性は大きいとわたしも思うのです。確かめるために、海岸沿いのぐるりとこの島を一周、してみませんか?」
わたしが提案すると、エードゥアルト様が先に立ち上がり、そしてわたしに手を差し出してくれた。お手をお借りして、わたしも立ち上がる。
そのままぐるりと島を半周してみた。すると、遠くの対岸に、断崖絶壁が見えてきた。
「あちらがゲープハルト本土……か」
対岸の断崖絶壁にはざっぱーんと荒い波が打ちつけていた。
「そのようですね……」
「何故こんなところに私とマルレーネが連れてこられたのかはわからないが……。他に誰もいなさそうであるし、ここに私とマルレーネの二人きり……か」
どっきーんとわたしの心臓が跳ねた。
南の島で、二人っきりっ!
何というシチュエーションっ!
一足飛びに、わたしの妄想が爆発するっ!
天地創造の神話。人間の祖先となる最初の男と女。二人は神様が作られた楽園に住んでいる。そう、その男と女こそ、エードゥアルト様とわたしなの。これから二人は愛を交わし合い、そしてそこで永遠に幸せに暮らすのよ。もちろん神話の男女のように、禁断の果物なんて食べないわ。
☆ ☆ ☆
「なーんていう夢を見たの。ねえ、イルゼ。無人島で二人きりなんて、ロマンチックよねえ」
わたしのためにお茶を淹れてくれているイルゼの手が一瞬止まった。ぬるい視線でわたしを見て、イルゼはため息をつく。
「……お嬢様の妄想は、時折常人の域を超越しますね」
「例えばギード殿下と二人きりとかだったらロマンの欠片もなく、苦行でしかないけれど。エードゥアルト様と二人だったらどこまでも燃え上がる愛の炎で……」
うっとりとしながらわたしは妄想を繰り広げる。
夜景が美しい高台でのプロポーズとか。
海辺でデートとか。
貧血を起こして倒れたわたしをお姫様抱っこで医務室に運ぶとか。
ああ……素敵。
だけど、このゲープハルト王国ではそれらは不可能。
だって、ネオンなんかない王国では、夜景なんてねえ……暗くて怖い。
海辺? 我が国の南の海岸は、ほとんど断崖絶壁。船なんて出せないほどの波の荒さ。ロマンどころか危険地帯。恐ろしくって近寄れない。
お姫様抱っこはありえそうだけど、学園を卒業した今は医務室なんて、いつどこで行くの?
そもそもこのゲープハルト王国に、ロマンチックな恋人イベントが皆無なのもイタイわねえ……。
星降る聖夜のクリスマス。
愛を告白するバレンタイン。
そんなものは一切ない。
そもそもが生まれた時から親に婚約者を決められるのが当然な貴族社会。
恋人イベントなんて盛り上がるはずはないわ。
せいぜいお互いの誕生を祝う……とか、婚約者にエスコートされて、パーティに参加する……程度かしら?
せめて聖夜を一緒に過ごすという妄想を繰り広げて、悶えるくらいは良いじゃないっ!
なーんて夢の続きの妄想を、更に言葉に出そうとしたら。
「それは、このイルゼにではなく、後ろにいらっしゃるご本人様に申し上げてください」と、イルゼがわたしの後ろに目線を流した。
は? ご本人様?
まさか……と、思いつつ、後ろを振り返れば。
笑みを浮かべたエードゥアルト様がいらっしゃったっ! う、うにゃーっ!
お読みいただきまして、ありがとうございました!
一月二日にも、ショートストーリーを投稿する予定です。どうぞよろしく!