マルレーネと侍女イルゼの話③
死ねる。
軽く死ねる。
縛り首にならなくても、羞恥で死ぬっ!
ク、クリノリンって、つまりは下着なのよっ!
そ、それを……往来で取らないと、馬車にも乗れない……ですと……?
現代日本的に例えるのなら、タクシーに乗るために、道端でブラジャーとパンツを脱いで、その脱いだパンツを国旗みたいに掲げるっていう状態……?
い、いやあああああああああっ!カンベンしてええええええええええええっ!
真っ赤になって、頭を抱えて蹲ってしまったわたしに、イルゼは「うんうん」と頷きながら言いました。
「しっかりしているようで、マルレーネお嬢様はどこか抜けていますからね。こんなこともあろうかと、このイルゼがちゃーんと商人を連れてきましたとも。ささ、皆様、そちらのドレスを運んでください」
イルゼに呼ばれて商人たちが運び込んできたのは……まあ、なんて可愛らしいドレスっ!
例えば一番右のトルソーにかけられたのは、白を基調にして、金糸と水色の糸で大柄な花の刺繍が施されたもの。真ん中のドレスは薄い茶色のドレスに、赤に近いピンク色のシフォンを重ねたもの。
「ドレスとしては可愛いけど……ちょっとわたしには、似合わないんじゃない?」
だってこれでも一応『元・悪役令嬢』ですからねぇ。顔立ちくっきりはっきり、目立つ真っ赤な長い髪。どーやったって、ドレスが浮くでしょう。可愛らしすぎるでしょう。
反論すれば、イルゼは「それを似合うように化粧や髪型で整えるのが侍女の技術です」ときっぱり言い切ったわ。す、すごいなイルゼ。
そうしてイルゼはまず白のドレスを指さしました。
「このドレスにさりげなく入っているのは水色です」
「うん。水色、目立たないけど。金色と白に水色を刺し色として使うことで、一層華やかだわよね」
「さて、ここで質問です。エードゥアルト学園長の瞳の色は?」
「そりゃ、柔らかな水色で……って、あああああああっ!」
イルゼの言おうとしていることが理解でき、わたしは思わず叫びました。イルゼがニヤリ、と笑います。
「ではこのドレスの色は?」
「薄茶色と赤っぽいピンク?水色は使われてないじゃない」
「マルレーネお嬢様。エードゥアルト学園長の髪の色は?」
「そりゃもちろんミルクティ色だわよ。でもこのドレス、薄茶色ではあるけれど、色、ちょっと違う感じだけど」
「濃いピンク色のシフォンを重ねていますので、色が違って見えるのですよ」
イルゼが赤ピンク色のシフォンを捲ってみせます。すると、色目が違うと思われた薄茶色が……。
「あああああっ!エ、エードゥアルト様の髪の色そっくりいいいいっ!」
「はい、イルゼが今朝から街を回って、エードゥアルト学園長のお纏いになる色と、同じではあるけれど、それを前面には出さない、さりげなーく配置されているドレス、それからそのドレスにあうアクセサリーやヘッドピースを集めて参りました。もちろんすべて『ロイヤル・ゲープハルト』のドレスコードにもかなっているものばかりでございます。オーダーが間に合わず、既製品になりましたけれど」
ふふん、どうだっ!とばかりに胸を張るイルゼ。
わたしは感動に打ち震えました!
「全部買うわっ!」
前世では出来なかった、夢の全部買いっ!ひゃっほーい!
お買い上げしたドレスのその色に、もちろんエードゥアルト様は気がついてくださって、わたしたちの初デートは成功したのでございます。
持つべきものは、主人の意を組んでくれる素晴らしい侍女ねっ!
もちろんイルゼには、感謝の気持ちを込めた臨時ボーナスを支払ったわっ!ありがとうイルゼっ!!
マルレーネとイルゼの話、終了。デートがどんな感じに進行したのかは書籍書下ろしとなります。
次回は一週お休みして、6月30日金曜日更新予定
エードゥアルト学園長視点、
「ギードとマルレーネの婚約を破棄して、自分と婚約を結ばせてください」国王陛下に願い出るエードゥアルト学園長の話。