【WEB版本編】第一話 皆様どうもこんにちは。
●こちらのWEB版の本編は7話で完結しています。ショートストーリー・番外編など掲載する予定ですので、完結表示にはしておりません。
●第2回アイリス異世界ファンタジー大賞にて銀賞受賞、2024年3月4日書籍化決定です。
●書籍のほうは『悪役令嬢は素敵な旦那様を捕まえて「ひゃっほーい」と浮かれたい 断罪予定ですが、幸せな人生を歩みます!』と改題されます。内容も大幅加筆しております。
皆様どうもこんにちは。
わたし、現在絶賛発売中の乙女ゲーム『夢見る男爵令嬢は真実の愛を掴めるか』、略して『ユメアイ』の「悪役令嬢マルレーネ・ベネディクタ・エイラウス」に転生した元日本人です。
と言ってもわたし、このゲームはあまり詳しくは無いのですけれどね。
ただ職場の先輩がこのゲームにハマっておりまして。
お昼ご飯休憩の時とかに「昨日はどこどこまで進んだ」とか「ヒロインちゃん絵柄可愛いんだけどさー、脳内お花畑で、周囲見えていない困ったちゃんだよ」とか、色々話してくれるのですね。それをふんふん聞き流しているので、ある程度の知識は一応持っておりますはい。
先輩お手製の『ユメアイ攻略ノート』とかいうのを見せられたこともある。
先輩の特徴的な丸っこい字で埋め尽くされているノートでね。それからデフォルメされたキャラクターたちの可愛い感じのイラスト化で書かれていたりして。プロ並みに上手いそのイラストの横に、漫画の吹き出しみたいな丸い線が引かれていて、
『わたくしはマルレーネ・ベネディクタ・エイラウス。王立ゲープハルト貴族学園に入学した今は十四歳。断罪されてしまう卒業パーティ時は十六歳ね。ちょっと変わった身体操作系の魔道の持ち主で、第二王子ギードの婚約者。ヒロイン・ウィプケが攻略対象としてギード殿下を選ぶと、わたくしは断罪されて破滅するの。それからヒロインがすべての攻略対象者をモノにできる逆ハーレムエンドでも、他の悪役令嬢と共に破滅する運命……。ああ、悪役令嬢は辛いわ……』なーんて言う自己紹介文みたいなのも書かれているの。攻略本とかを買うのではなくて、自分で作っちゃうなんて先輩すごいわ……。
あ、あとはですねえ、この『ユメアイ』のテレビコマーシャル、何回かテレビで流れているの見たことがあるというくらいですかねー。
あ、そうそう。そのテレビと言えば、わたし、転生直前(推定)にですね、自分の部屋で、ポテチかじりながらボケーッと豪邸訪問番組を見ていたのですよ。
「うわー高そう」「豪華~」「庭にドッグラン作ったってどんだけ広いのよっ!わたしが住んでいる部屋なんて、築五十年越えのおんぼろコーポよ。そんなに土地余っているなら安価で清潔な賃貸住宅でも建てて欲しいものだわー!」なんて叫びながら。
で、その番組の合間に、この『ユメアイ』のテレビコマーシャルも流れてきたわけなのです。
真っ赤な長いウェーブかかった髪と、碧色の瞳を持つ、妖艶系ド派手美女が「おーほほほっ!」とか高笑いしてね。
あ、これ、先輩イチオシの悪役令嬢マルレーネだーなんて思った途端に、部屋がぐらりと揺れたのです。
うわ地震っ!直下型か!?なーんて思う間もなく……ぐしゃっと。はい、もちろんそんな音は聞こえませんでしたけど、気分的にそういう感じで、ぐしゃっと。多分、建物倒壊で、わたし、圧死したのではないかと思うのだけれど……。
その辺はあまり覚えていないのですが。
体感的にはぎゅっと目を瞑って、そおっとその目を開けたら……、さっきのテレビの豪邸なんかよりもっとずっと豪華な部屋にいた……という感じなわけですよ。
金とクリスタルガラスでできている煌びやかなシャンデリア。でっかいベッドには天蓋が付いているし、猫脚のソファにはこれまた豪奢な刺繍が一面に施されておりますね。ドレッサーも豪華だなぁ、どれどれ……と覗いてみたら、そこに映っていたのは今、コマーシャルで見たばっかりの悪役令嬢マルレーネの姿!
思わずわたし、ぺちぺちと、自分の顔を叩いてしまいましたよ。
うわぁ……すごい美女。幅が広めのくっきり二重。メイク映えもするけど、化粧なしの素顔も相当綺麗。肌なんてまあ……ファンデーションも塗っていないのに、まるで真珠の粉でもはたいたように、透明感があってキラキラしているわ。唇だってぷっくら艶々!さすが悪役令嬢!派手な顔面!と感心しちゃうくらい綺麗よ……って、それが今の自分の顔なんだからねー、いやはや……。平均的日本人的顔立ちだったわたしが、こんなにもメリハリのある顔を持つ美女に転生するとは感無量でございます……。
なんて、感心している場合ではない。
悪役令嬢マルレーネに転生したっていうことはですよ……。
「……ということはつまり。そのうち『ヒロインである男爵令嬢のウィプケ』と、『マルレーネ』の婚約者である『第二王子ギード・ヴォルデマール・ゲープハルト』が恋仲になって、その『第二王子ギード』から婚約破棄されたり、断罪されたり、縛り首にされたりする……のね……、よりにもよって縛り首……うう……っ」
適切に負荷がかかれば五秒程度で意識が無くなって、比較的安楽に死ねるらしいけれど。首を括る縄が短すぎるとかで、脳虚血に至らなかった場合は窒息によって多大な苦痛を味わうって……、嫌すぎる。
死ぬのなら、百歳くらいで天寿を全う……とさせていただきたい。
それが無理ならすっと眠るように……ですとか。
畳……は乙女ゲームの世界にはないから、そうね、少なくともベッドの上で死にたいわ……っていうか、……そもそも転生してすぐに死にたくないですね。
希望を勝手に述べて良いのであれば、誰か素敵な男性にプロポーズされて幸せな花嫁になってみたい。
だって、前世は彼氏もいないままに死にましたからね……。
それに、悪役令嬢に転生とはいえ、こんなにもハイスペックな美女に生まれ変わったのだもの。
素敵な旦那様を捕まえて「ひゃっほーい!」と浮かれるくらいの人生を歩ませてもらってもいいじゃないですかっ!
ヒロインと第二王子の真実の愛のために殺される悪役令嬢なんて、嫌~。
しかも縛り首!うわー……汚い死にざまは嫌だああああ。せめて毒杯呷るとか、ギロチンとか、それも嫌だけど、縛り首よりましよっ!というか、そもそも死にたくございませんが。
「と、とにかくっ!どんな死に方だろうと、転生したばかりですぐ死ぬなんて嫌!冗談ではないわね。そんな未来は断固拒否よっ!わたしは今度こそ絶対に幸せに長生きしてやるっ!求む、素敵な旦那様!できれば頼りがいのある年上男性希望っ!らぶらぶはっぴーで、ひゃっほーいって浮かれて叫ぶくらいの人生を送りたい!どうか神様お願いっ!」
前世では短命だったからね。長生きしたいのです。優しい旦那様に甘えて暮らしてみたいのです。
なので、わたしは頑張ったっ!
婚約者と良好な関係を結ぶようにもしたし、万が一の時に備えて孤児院や修道院に寄付をして、そこで暮らす孤児や修道女の生活環境改善にも努めました。
悪役令嬢のハイスペックさを発揮して、持っている魔力を磨いたりもしたし、勉強だって頑張った。前世の知識も総動員したですよ。
考えられるありとあらゆる対抗手段は取ってみたのです。
だけど、ゲームの強制力というのは恐ろしい……。
どんなに努力しても、婚約者であるギード殿下との仲は悪くなるし、何もしていないのにヒロイン・ウィプケはわたしから苛められるとギード殿下に泣きつくのよね……。
しかも、ウィプケはハーレムエンドを目指しているのではなく、ギード殿下ルート一択らしいのです。
ハーレムエンド目指して、攻略対象全てに手を出すのなら、全部のルートの悪役令嬢と連動して対抗する……という手段も考えてはいたのですが。ギード殿下一択では、その手段も取れはしないわ。
もう駄目か……と、何度もくじけそうになりました。悪役令嬢の人生ってハードモードよねえ。だって頑張って頑張って、周囲にこれでもかって程に働きかけをしても、いっくら善行を施しても、周囲の人間は全てシナリオ通りにわたしから離れていくのよ。
……ああ、またわたし、若死にするのか。泣ける。もしかして、転生してもしても、何度も繰り返しても若くして死ぬ運命なのかしらわたし?嫌ああああああっ!
「……でも、待って。ギード殿下もヒロイン・ウィプケも……シナリオ通りに相思相愛になっていって、周りの人間もそれを認めて、わたしを悪役令嬢だと蔑んでいるけれど……。わたしは実際には、ゲーム通りに悪役令嬢としてヒロインなんかを苛めてなんかいないわ。距離を取って、関わらないようにしているというのに、何故か、ヒロインの身に起こった悪いことをわたしのせいにされているだけ。わたしだけは、ゲームのシナリオ通りには動いていない。ゲームの強制力が働いているのはわたしの周辺だけであって、わたし自身だけはゲームのシナリオに逆らった行動が取れているのよ」
考える。
わたし自身はゲームのシナリオ通りにヒロインを苛めてはいないわ。それは事実なのよ。
「わたしはゲーム通りの行動を取らないでいるわ。ただ、取らなくても、勝手にわたしのせいになっているだけで……」
考える。
「だったら……どう考えてもヒロインを苛めることができないという状況に、わたしを追い込めばいい。そして、わたしが加害者ではなく……被害者として周囲に認識されるようにすればいい……。わたしが『悪役』と皆に思われるのは……侯爵令嬢で、第二王子の婚約者という地位の高さ。優秀な頭脳と魔道の持ち主。そして何よりも、美貌を持っているから。恵まれている者は悪役としてうってつけ。そして、持たざる者は同情を買いやすい……。それが現実というもよね……」
わたしはわたしの両手をじっと見ます。
侍女によって磨き上げられた美しい爪。シミ一つない白い手。
その手をぎゅっと握ります。
「縛り首になる未来回避のためならなんだってやるわよ。幸いわたしは侯爵令嬢に生まれ変わったの。生活に困るわけでもなく、お付きの侍女だの従者だのいくらでも雇える立場なのよ。うん、できる。やってみせるっ!」
そうして、わたしは朝食の席に着いた時に、お父様であるエイラウス侯爵に一つお願いをしたのです。
お読みいただきまして、ありがとうございました!
*職場の同僚 → 先輩に修正しましたm(__)m