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ケース 2

 昔、ある所に、男がいました。

 男は、中年にさしかかる年齢となっていましたが、給料が安い下働きの仕事で蓄えもなく、結婚もしていませんでした。数年前に相次いで死んだ両親には、借金こそありませんでしたが、遺産もありませんでした。

 男はいつも思っていました。

「いつか大金持ちになって楽をしたいなあ」


 ある夕方、いつものように仕事を終え、安普請のアパートに歩いて帰ろうとすると、道端の木箱の椅子に占い師が座っていました。

「もし、お前さん、金持ちになりたくないか」

 街中では占い師は珍しくもなく、普段なら男は気にも留めずに通り過ぎるのですが、その時はなぜか立ち止まりました。

「お前さんの未来を見てしんぜよう。お代は5ペンス」

「ばか言っちゃいけない。5ペンスあったら晩ご飯とコーヒーが買える」

「ならば出世払いで。ずっとこの場所にいるから、お前さんがお金持ちになったらその時に払ってくれれば良い」

「それなら」

 男は、払うつもりはありませんでしたが、占い師の前の木箱に座りました。

 占い師は、頭から大きな布を被り、わずかに皺だらけの顔を覗かせていました。

 占い師は男の顔をしばらく眺めていましたが、やがて言いました。

「お前さんは世界一の運命を持っている」

「そんなばかな。今の俺を見てくれよ」

「いいや、世界一だ」

 男が訝しんでいると、占い師は続けた。

「お前さんひとりが金持ちで他の人間は全て貧乏になる未来か、それとも、お前さんを除く全ての人間が金持ちになる未来か、どちらかを選べる運を持っておる。お前さんは今、どちらかを選ぶのだ」

「へえ。そんなこと、自分が金持ちになる未来に決まってるじゃないか。何を好き好んで自分だけが貧乏になるよ」

「なるほど、自分だけが金持ちになる未来を選ぶと」

「当たり前じゃないか」

「よし、その願い、叶えられるだろう」

「ふふん、ばかげたことを」

 男は、占い師の言う言葉を本気にせずにその場を立ち去りました。

「世の中が不景気になると、おかしな輩が増えてくる」

 男はそうしていつものように薄い布団で眠りにつきました。


 翌朝、いつものように仕事へ出かけようとしていると、部屋をノックする音がしました。

 このような朝早く誰かと思ってドアを開けると、そこには上等なジャケットを着た見知らぬ男が立っていました。

「貴方は身寄りのなかった某夫人の遺産相続人となりました」

 その訪問者は弁護士を名乗りました。

 何でも、この町一番の大金持ちの老婦人が先月死んだのですが、彼女には身寄りもなく周辺の人間とはうまくいっていなかったらしく、以前屋敷に庭師として出入りしていた男に全財産を譲るという遺言を残したという話でした。

 そうして男は町一番の大金持ちになったのです。


 広い部屋、ふかふかのベッド、馭者付きの馬車、温かい食事においしいデザート。全てに満ち足りた暮らしで男は幸せになりました。

 さて、男が相続した財産の中にたくさんの会社の株があったのですが、男は株式投資というものをわからず全て売って現金にしてしまいました。そのせいで、株価が暴落して市場が混乱し、皆が大変な目にあっていたのですが、男は気にしませんでした。


 男はふと思いました。せっかく金持ちになって贅沢をしても何か物足りない。そこで男は妻を娶ることにしました。

 町一番の美人と言われている女性がいました。しかし、彼女の父親は、男が引き起こした株の大暴落で財産をなくしてしまったものですから、男は父親に経済的援助をする代わりに彼女を自分の妻にほしいと申し入れました。彼女には婚約者がいましたが、家族思いの彼女は婚約者と別れ、泣く泣く男と結婚しました。彼女の婚約者だった男は、悲しみのあまり病気になってしまいました。

 男は、美人を妻にできて大喜びです。妻は毎日、悲しげな顔をしていましたが、それもまた美しかったので、男は妻を慰めることもなくそのままにしておきました。


 しばらくすると、国が干ばつに見舞われました。

 男は、先を見越してあちこちから小麦やジャガイモを、大きな蔵がいくつも満杯になるほど買い入れました。

 秋が来ると、男の予想通り畑の実りは少なく、町の人々は食糧に困りました。

 しかし男は、そんな町の人々を気にかける様子もなく、大量の食糧を買っておいてよかった、と安心して暮らしていました。


 ある日、男がふかふかのベッドで寝ていると、外の騒がしい様子で目が覚めました。

 窓の外を見ると、大勢の人が自分の屋敷の周りに集まり、それぞれ鍬やスコップやらを手に、蔵を壊しているではありませんか。

「何をする。誰か、止めさせろ」

 男は使用人を呼びましたが、誰も来ません。よく見ると、使用人も暴徒の中にいます。男は慌てて階段を駆け下り、外に出ました。

「止めろ。誰の許可があって俺の蔵を壊す。止めろ、この泥棒め」

 そう叫びながら人々を止めようとしましたが、誰も彼の言うことなど聞きません。それどころか、殴られ、地に倒され、もみくちゃにされました。

 男は遠のく意識の中で思いました。

「せっかく大金持ちになったのに、なぜこのような目に遭わなければならないのだろう」

 男はそのまま息を引き取りました。(了)

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― 新着の感想 ―
[一言] 正に正反対の運命となったふたりの男のエピソードを御伽噺仕立てで描いていて、成る程と読ませて頂きました。 ケース1のジャックほどの綺麗な心にはなかなかなれませんが、さすがにケース2の男はひどい…
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