リベリオン
第9地区にて下級天使が出現。その報告を受け、対天使対策組織【リベリオンズ】は現場へと急行した。戦闘員6名を乗せたヘリ内では、誰一人として口を開く事はなく、誰もが顔を下に俯かせながら祈っていた。決して神にではなく、祈る対象は己自身である。
やがて隊員達を乗せたヘリは第9地区を視界に捉えられる位置にまで近づき、第9地区の現状の異常さに身を震わせた。暗雲に閉ざされたこの世界で、天使の降臨によって光に包まれている第9地区。その光によって燃え上がるビルや鉄塔の悲惨さが目に見え、そんな悲惨な状況に、ビルの屋上に座っている巨大な子供の姿をした天使は笑っていた。
「司令・・・我々は第9地区に突入する。第9地区のバリアの解除を。」
ヘリの操縦士が基地にいる司令に無線を送ると、第9地区を覆っていた青いバリアが消失した。バリアが消失した事に気付いた天使は翼を動かし、バリアの外へ飛び立とうとする。
操縦士はヘリに搭載されていた武装を全て使い、飛び立とうとする天使を足止めする。武装を使い果たす頃には、ヘリは第9地区へと侵入し、すぐに解除されていた青いバリアが第9地区を覆った。
「全員降下!行け!行けぇぇぇ!!!」
隊員達はヘリのドアを開き、次々と身を投げ出していく。全員が降下し終えると、操縦士は悲痛な叫び声を上げながら天使へと突っ込んでいった。ヘリは天使の体に激突し、爆発を起こしたが、天使は何ともなかったかのように笑い、自身の体に刺さったヘリの残骸を引き抜き始める。
地上に降下した隊員達は、左腕に装着していたガントレットを起動し、全身に漆黒の鎧を纏う。鎧の装着が完了すると、視界の端にタイムリミットが表示される。タイムリミットは5分。それを過ぎれば、鎧に秘められた悪魔の力が装着者の体を乗っ取り、命尽き果てるまで目につくものを破壊し尽くす。
高いデメリットではあるが、その反面、この鎧を装着した者は天使に対抗出来る力を持ち、人とは思えぬ動きや力、頑丈さを手にする事が出来る。
隊員達は散開し、建物の壁や地上を走り、天使へと挑みに行く。幸運な事に、天使は未だ自身の体に刺さったヘリの残骸を抜くのに夢中になっており、近づいてきている隊員達に気付いてはいなかった。
先陣をきっていた隊員が天使の腹部に蹴りを放ち、天使を建物の屋上から落とすと、地上にいた隊員と共に上と下からの同時攻撃で天使にダメージを与えた。
天使は子供のような鳴き声を上げると、翼を動かして飛び上がり、攻撃してきた二人を右腕で払った。払われた二人の隊員の体はバラバラに砕け散り、死亡した。二人の死亡は他の隊員の視界にも表示され、仲間を殺されて激昂した一人の隊員が、崩れかけている鉄塔の一部を引きちぎり、それを槍として天使へと投げつけた。
その攻撃は天使の片翼を貫き、バランスを取れなくなった天使は地上へと落下する。天使が地上に落下し、うずくまっている今がチャンスだと考えた隊員は次々と鉄塔を引きちぎり、うずくまる天使へと投げ飛ばしていく。
天使の体に鉄塔が次々と刺さっていくが、鉄塔の足場となる場所から取り続けていた所為で、鉄塔は隊員の元へと倒れていき、隊員は鎧の力によって間一髪落下してきた鉄塔を受け止める事が出来た。
しかし、動けずにいる隊員を見逃す程、天使に慈悲は無かった。天使は体中に鉄塔が刺さったまま、四足歩行で鉄塔を支えている隊員の元へと駆けていき、口を大きく開けたまま飛びかかった。
3人目の死亡者が視界に表示され、残った3人は焦っていた。そして何よりも、怯えていた。天使と戦う為に日々訓練を重ね、自分達が装着している鎧も長い年月を経て完成された人類の最終兵器。その長年の努力が、僅か2分半という短い時間で粉々に砕け散った。
「・・・おしまいだ。」
一人の隊員が呟きながら鎧を解いた。今までの努力も、この鎧も通用しない。自分は死ぬのだと諦めた。
すると、降下してからずっと共に行動してくれた部隊の隊長が隊員の腕を掴み、建物の中に隊員を放り込んだ。
「ぐっ・・・隊長・・・。」
「そこで隠れていろ。戦えぬ奴など、足手まといだ。」
そう言い残すと、隊長は再び戦地へと赴いた。再び天使がいる場所にまで戻ってくると、天使は4人目の隊員の足を掴み、何度も何度も地面に叩きつけては、無邪気に笑っていた。まるで子供がお気に入りの玩具で遊んでいるように。
そんな天使に怒りを覚えた隊長は、自身の視界に4人目の隊員の死亡が表示されると、地面を砕く勢いで天使へと向かっていった。
助走をつけて飛び上がった隊長は天使の左目を拳で貫き、更に右目も潰した。両目を潰された事で天使は泣き叫び、腕をジタバタと動かすと、貌に引っ付いている隊長を掴み、勢いよく地面に叩きつけた。両目を奪われた天使はそれだけでは怒りは収まらず、叩きつけた隊長を両手で掴み、ゆっくりと力を掛けて握りつぶそうとする。
その様子を物陰から見ていた隊員は助けに行こうという気持ちではあったが、足が地面に根付いたかのようにその場から動かなかった。最後まで戦い抜こうとする他の者達と違い、死の恐怖に怯える自分がとことん情けなく、悲しかった。そんな感情に悩みながらも、無力な自分では、このまま天使に隊長が握りつぶされるところを隠れて見ているしかなかった。
天使は握っていた隊長を握りつぶそうと力を強めたが、ここで異変に気が付いた。握りしめていた力が、自身の意思とは関係なくどんどん弱まっていく事に。両目を潰された天使には気が付けなかった・・・握っていた隊長の変化に。
隊長の鎧から熱い蒸気が噴き出ると、黒い鎧に赤い線が走っていく。装着していた鎧が隊長の体に喰い込み、皮膚となった。口は大きく裂け、目の部分はトンボのような丸みを帯びた大きな黒目となる。
鎧の装着時間を超えた隊長は、悪魔に体を乗っ取られてしまった。
「ギギギッガガギガゴガ!!?!」
最早人の言葉とは思えぬ声を荒げながら、悪魔は強大な力で天使の手の中から逃れた。そしてすぐさまに天使の首に飛びかかり、大きく裂けた口でうなじに喰いつく。硬い皮膚を喰い破り、分厚い肉を食い散らかしていくと、天使の脊髄に達し、悪魔は脊髄を両手で引っ張り、強引に天使の体から脊髄を引き抜いた。
天使は泣き声を上げるまでもなく殺され、悪魔は天使を殺した事で歓喜の叫び声を暗雲に届けた。
「ガァァァァァァ!!!」
天使が倒された事で、第9地区のバリアが解除されたが、まだ問題が残っていた。その問題を解決するべく、物陰に隠れていた隊員が再び鎧を装着して姿を現した。
悪魔は隊員を見るや否や襲い掛かり、人間のままでは出来ぬ無茶苦茶な体の動かし方で隊員を圧倒する。悪魔の猛攻に、隊員は反撃する事も、逃げ出す事も出来ない。更に隊員の鎧の装着時間は残り2分を切っており、このままでは2体目の悪魔が生まれてしまう。
絶体絶命に追い込まれた隊員だったが、突然悪魔の動きがピタリと止まった。
「ガァ、グガ・・・いまダ・・・コロせ・・・!」
悪魔に支配されたはずの隊長の自我が僅かに蘇り、悪魔が再び自分を乗っ取る前に殺せと隊員に命じる。
隊員は瞬時に隊長の心臓部を拳で貫き、心臓を握りつぶした。その瞬間、隊長の体は糸の切れた人形のように力無く倒れ、喰い込んでいた鎧と共に蒸発していった。
「・・・司令。こちらアキト・・・任務、完了した。」
本部に天使を撃退した事を知らせると、アキトは無線機を放り投げ、この5分間で起きた惨状をただ呆然と眺めていた。
今回の戦いで、天使による被害に悲しむ事も、怒る事も無意味だと知った。例え死ぬと分かっていながら立ち向かおうが、悪魔に乗っ取られてまで戦おうが、天使はこの世界に再び降臨する。
アキトは後ろに振り返ると、おぼつかない足取りでこの場から去っていく。
天使が再び降臨するまで・・・あと24時間。
続きを書こうか悩む。