ヤンデレ弟子からは死んでも逃げられない
魔女ミカミは死んだ。
単騎で魔物討伐に行ったきり消息が途絶えてから三日後、深い森の中で遺体となって発見された。
偉大なる魔女の突然の死に人々は悲しんだ。
悲しみはやがて癒え、ミカミは思い出として皆の心に生き続けることになった。
とある男を除いて――
元ミカミは庶民として平和な生活を送っていた。
生まれ変わったミカミは、ノノカ・リカシュという村娘としてもうすぐ8歳になろうとしていた。
この日もいつものように家で母親の家事の手伝いをしていた。
すると、玄関のドアがノックされた。
「ノノカちゃん、お母さんの代わりにお客さんの相手してくれる?」
「はーい」
母親に頼まれたのでノノカは深く考えずにドアを開けた。
そこに立っていたのはどこか見覚えがある男だった。
「師匠!」
男はノノカを抱き上げると強く抱きしめてきた。
「ええ?!」
(し、師匠、師匠ってまさか......!)
「ちょっとあなたうちの娘に何して! 離して!」
横目で来客を窺っていた母親が血相を変えて、こちらにやってきた。
「お母さん! このお兄ちゃんノノカのお友達だから大丈夫だよ!」
「ええ?」
弟子を幼女趣味の誘拐未遂犯にするわけにはいかないと、ノノカは機転を利かせた。
母親が疑いの目を向けるのも無理もない。
8歳の娘に見知らぬ青年の友人がいるなどにわかに信じがたい。
ノノカは動揺を悟られないようにこにこ笑っていた。
母親はナタリオの話術もしくは、魔法によりすっかり警戒を解いてしまっていた。
(なんでナタリオがここにいるのよ)
当時、10歳だったナタリオは見違えるほど立派な青年へと変貌を遂げていた。
ミカミとナタリオは師弟関係だった。
世界有数の魔女として活躍していたミカミが、昔の自分と重ねて孤児だったナタリオの面倒を見るようになったのだ。
出会った頃は素直で純粋で優しかったナタリオだったが、次第に狂気を孕んでいった。
このままでは自分の身が危ないと悟ったミカミは一度死んで別人となったのだ。
(不老不死の研究とかしてたみたいだし、永遠に監禁されかねないんだけど......)
馬車で揺れながら、ノノカはナタリオの足の上に載せられながら虚無顔をしていた。
知らない人から見たら仲の良い年の離れた兄妹に見えるだろうが、実態は監禁場所に連行されている師匠と、生まれ変わってまで逃げようとした師匠を執念で見つけ出した弟子という恐ろしい組み合わせなのだ。
「なんで私が生まれ変わったってわかったの?」
「なんでって、僕は師匠以上に師匠のことよく見てましたから、師匠の思考が手に取るようにわかったんですよ」
「そ、そうか」
「だから逃げようとしても無駄ですよ」
ナタリオはノノカを抱きしめる力を更に強くした。
「絶対に逃がしません。 僕には師匠しかいないってこと師匠だってわかってますよね」
「そんなこと『師匠以外何も望みません』」
心臓まで響いてくるような低い声で、ナタリオは呪いの言葉を吐いた。
「ずっと側にいてください」