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ha.na.bi

作者: 澄月坂なつ

「ねえ、夏美ってさ、打ち上げ花火見たことある?」

 会社の屋上で昼休みにお弁当をつついている時、同期の満里子が不意に言った。私は好物のウインナをむしゃむしゃと頬張りながら答えた。


「そりゃ見たことあるに決まってるでしょ。私はもう26歳。去年の夏だって正孝と花火大会行ったし。知ってるでしょ」

 正孝は付き合って2年になる同い年の彼氏だ。会社の取り引き先の社員で、何度か仕事で顔を合わせるうちに意気投合し、告白されて付き合うことになった。背が高くてきれいな顔立ち、そしてとっても優しい。満里子がうらやむ自慢の彼だ。


 すると満里子は「違うのよう」とつぶやき、座っているベンチの間合いをつめて、顔をぐっと寄せ小声で言った。

「あっちのほうよ。夜、彼氏とそういうことしてる時。実はさ、私最近彼氏できたじゃない?その彼とさ、人生で初めて花火上がる体験しちゃって・・。そりゃ今の彼で5人目だし、ホラ、達したことがないわけじゃないのよ。でもね、違うの、花火なの。打ち上げ花火。もう今までとは別もので感動もの」

 そこで満里子はわざとらしく「やだ、恥ずかしい!」と頬に両手を当てた。

「夏美はモテてきただろうし、やっぱ知ってるのかなあって」


 私はぐっと言葉につまる。派手な顔立ちのせいでよく恋愛経験豊富だと誤解されるのだが、実はマジメだった学生時代、恋人ができたことは皆無で、正孝が人生初の恋人なのだ。これは満里子にも正孝にも内緒だ。正孝が気づいているかは自信がないが。よって自分の経験不足ゆえか、正孝の技術不足ゆえか、多分理由は前者に違いないが、そっちの花火経験はまだない。黙っていると、都合のいいことに「やば!昼休み終わりだ。課長うるさいし行かなきゃ」と満里子が立ち上がり、話は打ち切りになったのであった。


 その日の午後、普段は手堅い仕事ぶりを褒められる夏美だが、ミスを連発した。理由は花火で頭がいっぱいだったからに他ならない。

 満里子は5人目で花火か。私は1人目の正孝と結婚したいし。ああやっぱり私の問題よね。正孝は私で何人目なの?絶対モテてきたよね、などと脳内はぐるぐると渦巻いているのであった。


 週末はデートだった。デートはいつも楽しい。正孝が大好きだし、手を繋ぐだけでも幸せ。でも仲のいいまま2年目になり、少し女としてぼんやりしすぎていたのかもしれない。初心忘るべからず。国語教師だった母の口ぐせだ。そもそも私は本物の恋愛初心者。怠けてはいけないのだ。

 前日に購入した裾にスリットの入った桃色のワンピースに身を包み、唇をグロスで光らせて待ち合わせ場所に向かった。午前中体を温める半身浴をしてきたせいで頬もつやつやだ。


 正孝は私を見て目を丸くした。「なんかいつもと違うね」と照れくさそうだ。私を見る目もいつもより潤んでいるような。最近パンツスタイルばかりだった自分を反省した。

 そうよ、いくら好き同士でも、毎回楽しいデートでも、雰囲気がしっとりしてなきゃいけないのよ。その延長上に、ベットの上でも「気持ちいい」の更にその先が見えるんだわ。

 

 ふと正孝のシャツを見ると花火の絵柄だった。幸先がいい。「花火が見たい・・」思わず呟くと、「あ、再来月の海沿いの花火大会?また一緒に行こうね。楽しみだね〜」と正孝が無邪気に言った。

 しかしその日のベットでも花火は上がらなかった。


 私はその後も努力を重ねた。ネバーギブアップ!英語教師の父の口癖だ。諦めたら終わりよ夏美。そのテの指南書をこっそりネット購入し何冊も読んだ。服装だってお化粧だって、女っぽく色っぽく。感受性が高まるよう体は冷やさない。だけど花火は上がらない。せいぜい線香花火だ。


 花火大会の日、虚ろな気持ちで大輪の花火を眺めていると、正孝が遠慮がちに言った。

 「俺、夏美に言いたいことがあって」緊張した顔でじっと見つめられ、はっとする。もしかして私に飽きた?やだやだ大好きなのに!別れたくない。胃のあたりがぎゅうと掴まれたように熱くなった。


 「最近・・夏美すごく雰囲気変わって色っぽいっていうか。けど、よく浮かない顔してて。特に、その、夜さ、あの後に。だから、俺は夏美といられるだけで幸せだけど、ずっと一緒にいたいけど、夏美はそうじゃないのかなって。実は俺、夏美が初めての彼女で。この歳でひくかもしんねえけど。だから色んな意味で不満なのかなって不安で」


 驚いた。正孝の初めての彼女が私?目の前で辛そうな顔の彼は、こんなに素敵なのに。急に体の奥から愛しさが突き上げてくる。

 首に手を回し抱きつく。いいじゃない、線香花火だって。こんなに大好きなんだもん。彼の手の温かさを腰に感じながら私は思った。目の前にはゆっくり落ちる花火が煌めいていた。








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