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悶々

その考えに至った瞬間思った言葉は「ありえない」だった。

 俺は震えながら、そんなことあるかと自分の考えを否定する。

 この俺がだぞ。この透明人間の俺に、ラブレター。

 俺の存在を認知した人間がいると言うことなのだ。俺はそっちの事実にむしろ動揺した。

 そしてその人物が誰なのか、知るべく俺は今、この便所でラブレターを読み始める。

 

 高城長夜さんへ

 

 私、桃山安土は あなたのことが好きです。

 

 こんな形で、いきなり驚かれたでしょうが、この想いは紛れもない事実です。

 

 私とあなたははっきり言って、接点なんて全くありません。

 そんな状態で私があなたを好きだと言っても、困ることでしょう。

 だって、お互いのことを知らないのですから。

 

 でも私はあなたのことを好きになってしまいました。

 理由は後ほど説明しましょう。

 どうであれ私はあなたのことがすきなのです。

 

 

 今日の放課後、体育館裏で待っています。

 

 

 桃山安土より

 

 

 

 

 ありえない。

 桃山安土がこの俺に、ラブレターを送ってくるわけがない。

 これは誰かの悪戯だ。酷い、酷い悪戯だ。しかも特に質の悪いイタズラに違いない。

 俺みたいなやつにこんな文章を送ってなにになる!?

 

 そこらのオタクに送りつけた方が、まだ面白いのに、俺みたいなやつに送ってなにが面白いんだ。

 透明人間の俺に、どうしてこんな文面を送りつける。

 丁寧に書き綴られた文字。達筆で、一文一文、ボールペンで書かれていることが伺える文章。文字の一つ一つに気迫すら感じられる。

 俺のソレを握りしめる手が震えていた。

 

 本当なのか? このラブレターは桃山さん本人のものなのか?

 

 

 

 

 その日の授業は身に入らなかった。

  どうしてかな? ラブレターを貰って動揺しているのかな? それとも誰かの罠に警戒をしすぎておかしくなっているのだろうか。わからない。

 いいや、俺は恐れているんだ。この手紙が本心では無いことを。だって、だって、俺が好きな人から貰った手紙なんだ。両思いだろう人からもらった手紙が、単なる悪戯の産物だったとしたら俺は、窓から飛び降りようとする足を止められない。

 悶々とした気持ちを抱きながら俺は教室へと入る。

 相変わらず誰も反応を示さない。みんな思い思いに朝礼が始まるまで過ごしていた。

 俺の朝の過ごし方はいつもこうだ。椅子に座り、ただ立ち尽くすだけ。それだけのことなんだ。

 そして朝礼が始まり、出席をとっても名前を当てられない。

 先生にまで存在を認知されない俺は果たして学校にいる意味はあるのか。

 

 その日の授業は身に入らなかった。

 先生の言っている意味がよくわからなかったし、頭も悪いから余計に何を言ってんのかわからねえ。

 だと言うのに、俺はずっとずっと何度も彼女からもらった手紙を読み返している。

 ああ、嫌だなあ。これが本当だったらどれほどよかったことか。

 そしてお互いが付き合い始めて、一体どんな生活が始まるのだろうか。

 そんな悠長な妄想をする余裕もなくて、ずっとずっと、嫌な予感ばかりが浮かぶ。

 

 

 そしてついに時間は訪れてしまった。

 チャイムが鳴り響き、みんながぞろぞろと教室を後にしていく。

 部活に行く者、そのまま家に直行する人たち、どこかに寄り道をしようと話し合う者たち。

 俺はぼっちであるからそんなリア充的な行動はしなかった。

 誰もいなくなった教室にて、心臓をバクバクと律動させながら手紙を眺める。

 ひとしきり時間が経った。俺は諦めたような、諦観した思いで、止めていた息を解き放つ。大きなため息が教室に響いた。

 おれはようやく席から立ち上がると、手紙を片手に、足早に体育館裏へと向かった。

 

 

 

 だれも俺のことを気に留めない。肩がぶつかっても怒られないし、不良生徒にカツアゲされることもない。

 何もない存在が俺だ。

 何もない透明な人間が俺だ。

 そんなおれにどうして彼女が俺を好きになると言うのか。わからない。

 僥倖が訪れることを望むよりも俺は次第に疑心暗鬼に堕ちつつあった。

 彼女は一体何が目的だ? 彼女の裏で手を引く人間は一体なんの目的でこんなことを?

 玄関で靴を履き替え、校舎からでると野球部のバットで打球を打ち返す音が響き渡った。

 ここで俺は確信する。

 これは陰謀だと。

 

 


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