◆夢の種◆
いつとれるか分からない気まぐれな休日。
突然貴方はプランターと種を買ってきた。
“何の種を埋めるの?”
そう貴方に尋ねたら、貴方は笑って“願いが叶う夢の種だよ”と言ったわね。
夢見がちな貴方と、現実的な私。
凸凹だけどしっくりくるの。
“芽吹く前に枯れるかもね”と笑ったら、貴方は“信じれば良いさ”と軽く流した。
太陽の熱を纏った柔らかい土の上に乗った貴方の体温の低い手に。
そう、たとえば幾何かの熱が移りますようにと祈りを込めて。
情熱的とは程遠い、穏やかな時間が過ごせる貴方が、私は好きで。
貴方は私の負けん気の強さを情熱的だと好んでくれた。
種を埋めようか。
種を埋めても良いわ。
芽吹くときは二人で見たい。
芽吹くときも一緒が良いわ。
大それた夢を語る貴方に、イラつくことも多いけど。
背伸びして叶えた夢に押し潰されそうな私を、支えてくれるのも貴方だから。
貴方が夢を叶えるときは、きっときっと隣にいるわ。
それでも諦めたくなったときは、この胸を貸してあげるわね?
“僕が借りること前提?”と貴方は言うけど、私よりも情けないから当然よ。
その代わりに可愛気がないと言われる私を、これからも可愛いと言ってね。
種を埋めようか。
種を埋めても良いわ。
芽吹くときは二人で見たい。
芽吹くときも一緒が良いわ。
取り留めのない夢をいくつも、いくつも、思い付くまま。
朝は珈琲、夜はお疲れ様のビールで流し込む日々はこれもまた夢。
楽しい日々と、苦しい日々はいつでもすぐ隣り合わせ。
だけど貴方といる日々は、いつでも穏やかな夢の一欠片みたいね。
明日はいつでも不定形で、朝はいつも困難な船出。
船頭は貴方だと怖いから、私がしっかり舵をとるわね。
種を埋めようか。
種を埋めても良いわ。
芽吹くときは二人で見たい。
芽吹くときも一緒が良いわ。
誕生日にダイヤの指輪も高級な靴も買ってくれない貴方だけど。
何でもない日に突然“夢の種”とプランターを買ってくれる貴方が好きよ。
飾らない貴方と、飾りすぎる私と、きっとこれくらいがちょうど良い。
だけど夢を乗り換えるときは、教えてくれると助かるわ。
そうしたら次はもっと上手く、貴方の船を導いてあげるから。
夢の川は一本じゃないし、少しも穏やかではないけれど。
濁流に飲まれたら二人でいた方が安心でしょう?
夢は芽吹くだろうか。
夢は芽吹きたがるものよ。
芽吹くときは二人で見たい。
芽吹くときも一緒が良いわ。
しばらくして夢の種から出来たのは、赤くて艶々なミニラディッシュ。
売ってるものみたいに綺麗な丸でないそれは、発展途上の夢の形。
“普通は花の種を埋めるでしょう?”と呆れたら、貴方が笑って“夢を二人で食べられるよ”と笑うから。
可愛気のない私が“夢で食べていきたいわ”と返したら、貴方は“夢はきっと苦いよ”だなんて知った風。
夢が芽吹いて実をつけたら。
万に一でも夢の実がついたら。
二人で夢を食べようよ。
貴方と一緒に食べたいわ。
面と向かっては絶対に言えないけど、それが私の夢よ。
それにその方が叶わなくても、ずっと一緒にいられるでしょう?
夢は夢でも良いわ。
明日も貴方が隣にいれば。