meet at the park we used to be
カレンダーをみると暦はもう7月で、自分がもう7ヶ月もこの年を生きてしまったのかと思った。今年は冷夏なのだろうか、夜も2時を回ると人肌がなければ薄寒いと感じる。僕は隣ですっかり深い眠りについて微かな寝息をたてている彼女の背中に体を寄せた。微かにぬくいその生々しい体温はなんだか心地よかった。視界の端に見える発泡酒の空き缶がなんだか美しく見える。脳裏に見知らぬ部屋の風景をしっかりと刻みつけてから僕はようやく眠りに入る。明日には、明日の朝にはもう忘れてしまっているであろうこの部屋の風景を。
僕は今二十一歳だ。適当に受けた大学に受かり上京したものの、都内に下宿するほどのお金がないから神奈川県川崎市の小さな中古アパートに住んでる。東京にきた、といっても住んでるのは川崎だし上野なんかにいくにはまあまあ遠いけど今ではもう気にしなくなった。高校生の頃は東京に住みさえすれば自分は変われるなんて思っていたけど僕は何にも変わっていやしない。きっとどこに住んでいるかなんて大した問題ではないのだ。僕のジーンズは18歳の頃からそのままだし地元のいつ潰れるかと噂され続けているパチンコ屋ももう10年もってる。変わったところといえば左耳に三つ、ピアスを開けたことくらいだろうか。
「佐藤くんはいつもなんかつまらん、みたいな顔しよんな」
「そんなことないですよ、ただ人相が悪いだけ。だから接客のアルバイトはなかなか受からないんです」
「コミュ力がないんゆうんよそういうんは」
その人はからから笑って皿の上に一つ残った唐揚げを口に放り込んだ。
先輩はいつもエネルギーがあって元気だ。大分の出身でたまに何をいっているかわかんないくらい訛ってるけどどこか懐かしいような気分になる。まあ僕は九州にすら行ったことはないんだけど。
「筒香さんは大学院行ったあとどうするんですか?ゼネコンとか目指しちゃうんですか?」
「うーんゼネコンも面白そうやけどうちは卒業したら行きたい建築事務所があるけん、そこにできれば就職しようっち思うよ。ほら前話した家具とかよく作りよんとこよ」
アルコールで暑くなったのだろうか、筒香さんは長いストレートの髪を後ろで結んだ。
「佐藤くんは?大学出たあと何するん?大学院いくんやったらまだ遊んどっていいと思うけど就職するなら今のうちから頑張らんといけんよ。うちの友達でも就職した子はみんな今くらいから準備しとったけん。」
「そうだなあ、まだどうしようかなって感じですね。でもこのまま建築の大学院に行こうかなあ」
自分の進路ですらもはや他人事だ。
「なんやそれ笑 もうじゃあ私と同じようなコースやあ」
また先輩は聞いてるこっちがスッキリするくらいの声で笑い、もう三杯目にはなろうかという生ビールに口をつけた。本当のことを言いたくなかったわけではない。別にいっても何も変わらないだろう。なぜ話さなかったのかは自分でもわからなかった。
帰りは一人で帰れるという先輩を駅まで無理やり送って別れたあと、コンビニで缶チューハイを1缶買った。あんなに楽しかったのに、もう十分すぎるほど飲んだのに、なんとなくまだ飲みたい気分だった。インスタ、gメール、ツイッター、一頻りのSNSを雑に眺めたあと僕は携帯の連絡帳を辿って電話をかけた。偶然だがきっかり3回の呼び出し音。
「なに?どうしたの?こんな夜に電話してきてどうしたのよ」
怒ったような口調の中に少し浮ついた心が見えた。純粋で、真っ直ぐな好かれたいという感情。
つい1ヶ月前にあったばかりの、ベリーショートの髪型にいつもジーンズを履いたボーイッシュな女の子。まだあってそう日が立っていないというのにもう5回以上はセックスしていた。
「ああ、ごめんごめん。今ちょうどマナの家の近くでたまたま飲んでててさ、ちょっと顔見たくなっちゃって。」
落ち着いた低い声で楽しそうに話す自分の声とは裏腹に心の奥底ではすでに後悔し始めている。
「じゃあ、、あと15分くらいで私の家に来てね。毎回遅れるんだからちょっと早めに出てよ」
「わかったわかった、すぐいくって」
明るい声で答えて僕は電話を切った。まだ半分くらい残ってる缶チューハイを空き缶ごと自販機のゴミ箱に押し込んだ。あの子は自分のことを好きなんだろうか、好きなんだろうな。僕は腕にいつの間にかできていた瘡蓋を半分くらいまで剥がしてそしてやめた。いつの間にか自分は先輩には言えないことだらけの人間になっている。僕が今から会う女の子に好きだと言ったことは、多分、一度もない。
いつからだろう、元々そんなに肌が強くなかったせいもあるけれど僕はケロイド体質だ。一度できた傷跡はなかなか治らないし手術後ともなると尚更だ。
「このお腹のところはなに?なんだかふわふわしてる」
白い、細い指が僕の下腹部をなぞった。
「盲腸の跡さ、もう4年経つけどなかなか治らなくてね。グロテスクな見た目だろ」
「そんなことないよ!ちょっと触ってみただけ」
女の子はそういうと急いで手を引っ込め僕の背中に手を回した。
僕が今までしてきたことも実は全て残っているんだろうか。そう思うとゾッとした。僕は相手の顔が見えないようにそっと相手を抱き寄せた。
夜も2時になると騒がしかった街もだいぶ静かになってくる。Nothing good happens after 2 p.m なんて言葉を聞いたことがあるが僕はこの時間が結構好きだ。誰とも合わない日は特に。急にふと前飼っていた猫のことを思い出した。いつも腹を空かせていてとても煩くなく猫だった。猫にしてはとてつもなく大きな図体をしていて一緒に寝ると毛布のように心地よかった。猫のことを考えながら無意識に携帯の画面を開き、着信が来ていないことを確認する。この時間に彼女から連絡が来ることはまず、ない。いつも連絡は僕からでそんなことでいちいちナーバスになる僕を彼女が少し疎ましげに感じているのを心の片隅で感じ取っていた。彼女だけは僕にとって特別な存在であり、少し怖くもあり、彼女の前だと卑屈になってしまう自分がたまらなく嫌いだ。そんな自分を見ないようにするために毎日違う人と会い、たまの休みに人を抱く。もはや何が自分を成り立たせていて何が自分を破壊しているのかわからない。delongiの給湯器のレバーを下におろし2年前に買ったオーディオを携帯に接続してシャッフル再生で音楽を流した。BPM120のインスト曲。ES 335 ギブソンのクリアで鮮明な音に心地よいベースラインが絡みつくようについていく。たとえ明日何が起こるとしても僕がこの時間を止めることは永久にないだろう。
朝目覚めると部屋の何もかもが夜のままで、僕は一人で真っ白なLED電灯を馬鹿みたいに眺めていた。脱いだ形のまま放ってあるジーパンに読みかけの本が3冊ほど。1ヶ月経ってもそのままであろうこの惨状を今日も見て見ぬ振りして外に出る。駅まで来ると多すぎる人が今日もごった返していた。単語帳を一心不乱に読みふける受験生、泣き止まない子供を抱き抱えながら途方に暮れる母親、携帯ゲームにひたすら興じる50代半ばのサラリーマン。
全く違う生活圏の人同士が全く違う場所を目指して同じ場所に集まっている。ドラッグストアでは朝から店員にビニール袋が破けたことに対してクレームを捲し立てるおじさんがいて、大きな声で各新聞社の批判を道ゆく人に語りかける人もいる。改札を抜け電車を待っている間にもいろんな人がいた。
僕は駅が好きだ。駅を通るたびに僕が思っている以上に不完全で未知でおかしな人がたくさんいる。ここにいるとなんとなく安心するのは自分のおかしさと向き合わなくて済むからなのか、社会の異常性を見て自分を高位におきたいからなのか。
上野で降りて不忍池の方から駅を出、上野公園に向かった。ここでもやっぱり人ばかりだ。少し違うことといえば観光客が増えたことくらいだろうか。交差点で群衆に飲まれながらそこはかとない安心感を感じる。中途半端によく知っている誰かといるより知らない多数といる方が気分がいい時もあるのだ。初めて会った場所でまた待ち合わせをした。彼女は上野が嫌いだというけれど東京に来て日の浅い僕にとってはまだまだ魅力的な街だ。どうせ今日会うことがわかっていたなら昨日あんなことをしなきゃよかったな、なんて後悔を今更ながら再びしてしまった。どんどん汚れていく自分と成長していく彼女。僕はポケットからpeaceを一本取り出してそっとライターに火をつけた。僕はまだタバコをやめられない。すい始めてまだ2年とちょっとしか経っていないけどもうすっかり生活の一部になったタバコの煙がゆっくりと群青色の空に吸い込まれていく。醜い自分、ずる賢い自分、汚らわしい自分。その全てを背負って息をしなければならない。全部自分がやってきたことでもうその全ては取り返しがつかないけれど、少しずつ直していくしかない。僕より年上の人からしたら笑われるようなことばかりかもしれないけれど、今の僕にとってはその全てが歴史的だ。
もう直ぐ約束の時間になる。僕は不忍池をぐるっと一周してから待ち合わせのパンダ口の方まで戻った。特別可愛い格好をしている、らしい。僕はタバコの先を時間をかけてもみ消してから、駅の方に体を向けた。




