異世界。
ランクB
ランクは最低ラングがFで順にEDCBAに上がる。そのBである。Aの上にはSも存在するがこれは一般的人には関係がないので無視でいいだろう。しかし。
なんでやねん! あたいは生粋の新米冒険者やぞ! とツッコミたい。
ライアンさんは、私がわけあって見た目を偽ってる実力者と勘違いしているからなぁ。
それ自体は余計な詮索もしないでくれているし寧ろ有難い位だけど、私は冒険者の基礎も知らない日本人なんですが。
いや、ごめんなさい。基礎知ってる。めっちゃ知ってる。伊達にラノベ読んでないし、ゲームもしてない。
正し、この世界の事は何も知らないけどね!
ただまぁ何とかなるかなぁとは思う。要はあのワイバーンの様にバーンと弾け飛ばして倒せば良いだけだし。今の私には簡単なお仕事ですね! 400万ごちそうさまです。
というか400万手に入ったし、1年位のんびりできるって言ってたし、正直のんびりしたいんですが。旅行にも行きたいなぁ。ベネツィア良いよねベネツィア。水の都。ゴンドラ漕ぎウンディーネがきっといると思う。だって此処ファンタジーだし。
「おい、聞いてるか? おい!」
「あ、はい、なんでしょう。ライアンさん」
語尾を強め呼ばれ、我に返る。うん、勿論聞いていなかった。
いきなりの事にちょっと意識が飛んでいたみたいだ。現実逃避とも言う。
「ふん、聞いてなかったな。あと名前じゃなくてギルマスでいい。もう一度言うからよく聞けよ?」
「はい」
こくりと頷く。
「よし。嬢ちゃん、うちにいるBランクパーティのアークのとこに入れ。実力はあるが嬢ちゃんは冒険者としては初心者だからな。分からない事は彼らに聞いてとりあえず学べ」
「因みにギルマス。彼らは今遠征中で10日程帰ってきません」
「何故さっき言わなかった」
「忘れてました」
マチルダさんにライアンさんは出鼻を挫かれる。よし。取りあえず10日は観光できるぞ! 心の中でガッツポーズをする。
「……よし。嬢ちゃん、うちにいる若くて優秀なCランクのエルクのパーティに入れ。実力はあるが嬢ちゃんは冒険者としては初心者だからな。分からない事は彼らに聞いて学べ。逆に嬢ちゃんは戦闘のイロハでも教えてやれば彼らの成長につながるからな。良い条件だろ」
「え?」
「何だ不満か? 今うちに所属するパーティにCランク以上は居ないから不満でもどうにもならんぞ」
「いえ。何事も無くやり直したなと思って」
「何の話かわからんな。んで結局どうなんだ? おい」
「いやそもそも私、魔法でズガンとするだけなので戦闘のイロハと言われましても無理です」
戦い方なんてずぶの素人の私が教えれるわけがない。
ゲームなんかはそれこそトライ&エラーの繰り返しで何とかなるが、流石に現実で死んで覚えろなんて無茶な事は言えないし、出来ない。
「それにお金入りましたし、しばらくのんびり過ごそうかと。旅行なんかも良いですよね。ほら可愛い子には旅をさせろって言うじゃないですか?」
というわけで適当に上目遣いで言い訳をする。
「そんな言葉しらん。寧ろ可愛い子に魔物溢れる街の外に行けとかそいつは鬼か?」
「あ、すいません」
失敗しました。言われてみれば確かにその通りです。
そして上目遣いが気に入らなかったのか痛い子を見る様な眼差しで追い打ちがかかった。やめて!
「それに普通、自分から可愛いとかいうか? そんな奴にろくな奴は居ないぞ?」
「ぐっ」
「でもじっさいアリさんは可愛いですよね。ギルド長」
「ぬ……」
「マチルダさんありがとうございます!」
ライアンさんはマチルダさんに指摘され黙る。ライアンさんも可愛いとは思ってはいる様だが、魔法で偽ってるとも思っているから返答に困るんだろう。
しかし実際、可愛いかと言われればやはり可愛いのだ。
私がトイレに行ったときに鏡で確認した容姿は可憐でそれそれは可愛らしかった。
薄いピンクの髪はゆるわののロングで背中ほどの長さ睫毛は長く、薄いアクアブルーで宝石の様に綺麗なクリッとした大きな瞳。
身体つきは抱きしめれば折れてしまいそうに華奢だ。
実際はワイバーンに捕まっても怪我一つしなかったけどね。あれ? なんで怪我しなかったんだろう?
まぁ女神様が頑張りましたって言ってたし、頑張ったものが壊れたら嫌だろうしから、なんかあるんでしょ。きっと。
そういう訳で多分ソロ活動のほうが仕事は捗ると思う。薬草採取系は教えてもらわないといけないけど、ダンジョンだと関係ないよね。魔物を視界にいれて魔法を使えば良いだけだから。
「ま、まぁ戦闘を教えれないのは分った。どうやらお前さんは強力な魔法でごり押す、脳筋タイプと言う事だな」
「その言い方酷くないですか?」
「事実だろ?」
「言い返せない」
「まぁ戦闘はいい。とりあえずそのパーティに入って色々学べ。お前さんはなんか一般常識がおかしそうだしな」
「でも私は何も見返りを出せませんけど良いんですか?」
「後ろに強力な魔法使いが居るとなれば安心感が違うだろ。ダンジョンは死と隣り合わせだからな。もし気に病むようなら食事でも奢ってやれ」
「なるほど」
「んじゃ明日の朝引き合わせてやるから飯食ったら此処に来いよ」
「わかりました」
まぁソロの方が捗ると言ってもこの世界の事何にも知らないし、異世界でボッチをやりたいわけじゃない。此処はお友達作りが重要だろう。ライアンさんの言う通り色々とこの世界の事をそれとなく聞こう。なんせ動画配信サービスもゲームも無いだろうから暇を潰すもの限界があるだろうし、楽しい異世界生活は交友関係に依存すると言っても過言ではない。
私がゲーマーの類ならソロでダンジョン踏破をひたすらする楽しみ方もあっただろうが、そうでない。
そういう事もあり、私はライアンさんの提案を素直に受けることにしたのだ。
話し合いが終わる。執務室の窓の外は既に空が茜色に染まっていた。
「嬢ちゃん、宿まだだよな? 良かったら紹介するぞ」
「本当ですが、是非」
「マチルダ。案内してやれ」
ホテル探さないとなと思っていた所、丁度良く提案された。
流石ギルマスと言われる要職に居るだけのことはある。出来る男である。
こうしてライアンさんの善意により、マチルダさんにおすすめの宿まで送って貰うことになった。
ギルドを出ると目の前は大通りだ。石畳みが敷かれ、レンガ作りの建物が整然と並ぶ美しい街並み。これだけでも既に外国に旅行に来た気分になれる。そんな街並みをマチルダさんと手を繋いで並んで歩く。
いや逸れたりしませんからと最初断ろうとしたら、大変残念がられたのでこれは仕方がないのである。
マチルダさんは空いている方の手を動かし、にこにこと色々と案内をしてくれる。
適当に相槌を返しつつ、眺める街並みにはファンタジー要素たっぷりだ。
大きなトカゲや鳥が馬の代わりに馬車を曳き、かと思えば8本脚の馬が馬車を曳いていたりした。その光景は異世界にきたんだなぁと心の中で感嘆に声をあげていたが、表面上はお上りさんに見られまいと努める。
白く大きな立派な宿に到着した。
此処の宿は野郎禁制、女性専用の花園仕様。つまり酔ったおっさんによる、セクハライベントは発生しない素敵な宿である。セクハラオヤジは滅べばいいと思う。
あと御飯がおいしいとのことだ。楽しみ。
マチルダさんが素早くチェックインを済ませ、鍵を渡してくれる。
その時フロントの女性は特に私を問題視した様子は無かった。
普通、こんな少女が一人だと怪しまれそうだけど、もしかして魔法で姿を誤魔化すのは割とポピュラーなのかも。
「わざわざありがとうごました」
「いえいえ。初めて来た街でアリスさんだけでは道も分からず大変ですから。明日の朝もお迎えに上がりましょうか?」
「いえいえいえ。流石にそれは大丈夫ですから!」
「そうですか?」
とても残念そうに帰るマチルダさんを見送る。
それにしてもギルドから此処までずっと手を繋ぎっぱなしだったし、やたら好感度が高い気がする。
私の容姿のお陰かも知れないが、嫌われるより全然良いので問題は無い。
綺麗なお姉さんは大好きだし。
部屋に行く前に先ずはお風呂に入るべく地下にある共用の大浴場へと行く。
普段はシャワーで済ます私だが今日は色々あったのでのんびりまったり入ろうと思う。
掃除しなくて良いしね。
るんるんと脱衣所でグラマスなお姉様方をチラ見しつつ服を脱ぐ。
私ももう数年もすればあの様な体形にと胸が膨らむ。
なんたって女神様の力作の身体だ。期待しない訳がない。胸の重さで肩が凝るとか言えるようになるのだと、妄想についニヤけながら脱いだ服を籠にしまう。
はっ! 私、替えの下着持ってない!
脱いだ服を籠に入れた所で気づく。
ここにきて痛恨のミス。既にすっぽんぽんだ。ニヤけてる場合じゃなかった。
選択肢は4つ。
1つ、一旦服を着直して、下着を買いに行く。お店の場所がわからないのは聞けば良いとして、時間的にやってるか不明。あと単純に面倒くさい。
2つ、お風呂に入ってそのまま着る。折角お風呂に入ってそれは出来れば回避したい。
3つ、裸族。今、私子供だしいけるんじゃ? それに此処女性専用宿だし恥ずかしく……恥ずかしいわ! ライアンさんに年齢詐称疑惑を持たれてるし、知られたら痴女確定待ったなし。
というわけで4つ目、魔法だ。綺麗になれと願う。すると籠の中の服が薄っすらと光る。
よし、成功っぽい。
たぶん体も魔法で綺麗になるだろうけど、それとこれとは別。お風呂はお風呂という行為を楽しむものなのだ。
という訳でお風呂を堪能した後は食堂で夕飯を頂く。
テーブルに着きメニューを開くと多彩なメニューが書かれている。
肉や魚、スープにサラダ。お酒も書かれ、調理法も料理名から見る限り、焼く、煮る、蒸す、揚げると一通りあるようだ。
お酒もワインにビール、カクテルまである。
鴨肉ソテー、チーズリゾットを注文した。本当はサラダも気になったが、この小さな体だとまぁ無理と諦めた。お酒は流石に自重した。
しかしあれだな。この異世界かなりイージーモードだぞ? トイレも風呂もあるし料理も豊富でおいしそうだ。
いや、そもそもそういや、主神様のお詫びで来た世界だし不便があったらお詫びにならないか。強いて言えばお酒が現状飲めない事くらいか。いや気にせず頼めば良いんだけど、元日本人として少女の見た目が気になる。
いや、やっぱ頼もう。駄目なら駄目で諦めて隠れてこっそり飲めばいいやと開き直る。
「すいません。このスパークリングワインも追加でお願いします」
メニュを指差し、断られる覚悟で近くに居たウエイトレスさんに注文すると、笑顔で注文を受けてくれた。断られなかった事にしめしめとほくそ笑む。
おいしい料理とワインに満足した後は、ほろ酔い気分で部屋に向かう。
部屋に入るなり床に服を脱ぎ棄て、そのまま下着姿でベッドに入ると、直ぐ様スヤスヤと眠りについた。
◇◇◇◇◇◇
アリスと別れた後、マチルダはライアンに報告に戻った。
「ただいま戻りました」
「嬢ちゃんはどうだった?」
「はい。街中を物珍しそうに楽しんでおられました」
マチルダは、にこにことありのままを報告する。
「んでその他は? 何か分かったか?」
「何も」
「何も?」
「はい。ギルドから宿までずっと手を繋いでおりましたが、これと言ったことは何も」
マチルダは対象に触れることで相手の顕在意識を探れる。その成果が最初の報告だった。
そして限度はあるが触れている間が長いほどより深層意識も探れる。
その為、隠し事の一つや二つわかると思っていたライアンだが、それが出身はおろか、年すらも分からないとは……と、その答えに訝しげに顔を唸らせた。
分かったことは、その手の魔法を防ぐ力があるという事くらいか。やはり只者じゃないなと、自分の推測は合っていたとニヤリ笑う。
出来れば実年齢を暴いて揶揄ってやりたかったと思いを底に秘めて。
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「いや別に責める事でもないし、気にしないでいい。ギルドに登録できた時点で悪人ではないのは分ってるしな」
それは水晶プレートが見分け弾く為だ。子供の嘘や悪戯程度は問題ないが、明らかに詐欺や強盗、殺人等の犯罪者は魔力が変質するためプレートが見逃さない。
これらは犯罪者の取り調べにも使われる魔道具の応用品だ。
「で、お前はさっきからなんで笑顔なんだ?」
「アリスさんにどんな可愛い服を着せようかと楽しみすぎて、つい顔が。お人形の様に可愛いですからね。ふりふりの服とか絶対似合う思うんです! 本当は明日朝、お迎えに託けて着せ替え……、いえ、何でもないです」
ミランダが慌てて口を噤んだ。
ライアンは、あの嬢ちゃんが素直に着てくれるか? と内心渋い顔をするが、その指摘は楽しみにしている部下のやる気が下がるので言わない。ミランダの可愛いもの好きは今に始まった事では無いのだから。
「あー。あんまり派手なのはやめとけよ。動きにくいと拙いからな」
「はい! わかってます!」
それとなく注意はしてみたが、その返事にライアンは不安しかなかった。
◇◇◇◇◇◇