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ワイバーン。

「……ん」

 

 私は眩しさで目を覚ました。カーテン閉め忘れたっけ?


 取りあえず二度寝をするべくとカーテンを閉めにマットに手を付き起き上がる。

 さわり。

 何か慣れない感触がした。


「え?」


 驚き手元を見ると其処には草が生えていた。そして驚きで覚めた目で慌てて辺りを見回すと草原だった。

 

 あー、成程。これは夢か。


 妙に現実感がある夢だが部屋で寝ていた私が此処にいる理由が他に思い浮かばない。


 そう結論付けて柔らかな草の上から体を起こした。

 ぽかぽかと暖かな日差しと柔らかなそよ風が体に何とも心地良い。

 大きく深呼吸をすれば草花の香りが鼻孔をくすぐり落ち着かせる。 

 立ち上がり辺りを見れば、どうやら此処は丘陵の様で遠くには森や山々などが見えた。


 それにしてもなんだが違和感があるような? と首をかしげ、あることに気づいた。


 違和感の正体はいつもより視線が低いせいだ。何やら私は背が縮んでいるようだった。

 よくよく確かめる始める。まず足元を見ればやはり足元が近い。私の身長は成人女性として平均的な160センチ程だが、今は普段より頭一つ分程小さく感じる。手も見れば何とも小さく可愛らしくすべすべしているし、どう見てもアラサーを過ぎた手には見えない。


 前髪をとって確かめると薄いピンク色だ。更に襟首から髪を前に持ってくるとふんわりと柔らかい。長さは背中辺り位だろうか。

 勿論私の地毛はそんなファンシーな色じゃない。ダークブラウンのワンレンというOLならありきたりの髪型をしている。


 服装はというとアリスドレスだった。不思議の国をイメージさせる何とも可愛らしいが格好だが、そんな服は独身の私は持ってないし着る勇気もない。そんなことをすれば恥ずかしさで死んでしまうし、もし知人に見られたら記憶を抹消しなければならない。コスプレ趣味の知人なら着るかもしれないが。


 そしてどうやら子供の頃でもなく、何やら私は見知らぬ可愛い恰好の少女になっている様だ。

 やはり夢だなという思いが強くなる。これが明晰夢というやつなのだろうか?


 大分昨日深夜まで見ていた映画の影響を受けている様だ。その主人公の少女が可愛く演技も良かった。思わずストーリーの良さもあって私は柄にもなく最後は泣いてしまった。


 あぁいう子を天才子役と言うのかとしみじみ思う。天は二物を与えずとは嘘だと感じた。正直羨ましい。


 しかしなんとも影響されやすいんだろうか。

 

 これ見よがしに美少女になりたい欲求を見せつけられている。

 ただただこれにはもう苦笑いが零れるが、起きるにはまだ早い。休みの今日はいつも通り昼まで寝るのだ。


 私は二度寝するべくまた草の上に寝転がった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「はぁ……暇」 


 私は今、大空を飛んでいるが如く眼下に広がる景色を眺めていた。夢の中だろうとこの森や渓谷、湖といった素晴らしい雄大な自然に、日々のストレスが癒される。

 あのセクハラ禿おやじ、そろそろ人事課に訴えてやろうかと気持ちも大きくなるが、しばらくすると冷静になり空しさを覚えた。

 

 というかそろそろまじで起きて欲しいんだけども……。お掃除に洗濯にメールチェックとやることはそれなにりあるのだ。一人暮らしの社会人は休日も何かと忙しい。


 二度寝したけど、ただ社会人の大抵は休日二度寝する。異論は認めない。


 そう私はあれから二度寝した。いや、夢の中で寝直すのを二度寝と言うかは知らないけど。

 そして目を覚ましたらお空の上に居たのだ。

 空飛ぶ夢とか翼の生えた天使になった夢とかなら問題は無かったが、そうじゃ無かった。


 一言で言いうなら、そう。捕獲されていた。


 何にと言えば青色した竜にだ。前脚と翼が蝙蝠みたいに一体型だからワイバーンだと思う。ファンタジー定番のアニメやゲームとかでよく見る魔物だ。

 そのワイバーンさんの後ろ脚には私はがっちり捕まっていたのだ。

 いやなんかやたらすーすーするなって思って起きたらこの状況だった。

 意味不明すぎて最初は焦ったけど、まぁ夢だしと落ち着いた。幸いなことに加減してるのか鍵爪は私の体に食い込んではいない。痛くなくて良かったけど、さっさとこの夢から覚めて欲しい……。何でさっきの夢の続き何ですかね?


「あの、そろそろ降ろしてもらえませんかね? 私小さいですし食べ応えないですよ」


 頭上を見上げ、悠然と前を見て飛ぶワイバーンさんに何度目かの交渉をしてみるが、だんまりである。

 先ほどからこれだ。話がまるで通じない。まるであのセクハラ禿おやじと一緒である。

 これにぐぬぬと眉を寄せる。私を何処に連れて行く気だ? あ、遠くに街っぽいのが見える。


 もしかしたら竜宮城らしきものへワンチャンあるかもしれないが、残念ながらそのフラグを立てた覚えがない。私は寝ていただけだから。

 ということはやはり生餌か? いやまだ嫁という線も――無いな。

 

 流石に爬虫類は無しと即座に頭を振って否定した。


 それはさて置き。さてさてどうしたものか。やはり此の儘ではじきに美味しく食べられてしまう可能性が大だ。流石に夢の中だろうとそれは勘弁してもらいたい。自分が竜に食べられる夢を嬉々として楽しむ様な猟奇的感性は持ち合わせては無い。


 色々考えていたら私もお腹が空いてきた。

 現実世界ではきっともう起きる時間のはずだ。私の腹時計がそう告げている。その証拠に夢の中の太陽も空高く輝いているし。


「クラブサンド食べたい……」

 

 どうせならコンビニじゃなくホテルで出てくみたいなやつを想像する。すると目の前が光り輝き、収まると其処には三角形の物体がふわふわと浮かび、付いてくる。それは表面は程よくトーストされ、中にはベーコン、ターキー、レタス、トマト等が窺える。紛うことなきクラブサンド、そのものだった。


 多少呆気にとらわれながらも流石夢、何でもござれかと妙に納得した。まぁ有難く頂戴しますとも。お腹減ってるしね。何とかワイバーンの拘束から片腕を引き出す。そして嬉々としてクラブサンドに腕を伸ばしかけた瞬間、それは消えてしまった。

 匂いに惹かれたのか私がもぞもぞしたからか、首をこちらに向けたワイバーンさんに丸呑みされてしまった。直ぐにまた前を向いたが、その時一瞬目が合い、その顔は勝ち誇っている様に見えた。


 オーケー。確定だ。こいつは私の敵だ。味方なら私のクラブサンドを横取りしないだろう。つまり嫁も竜宮城もワンチャンは存在しないわけだ。


 ふっふっふ。よろしい。ならば戦争だ。


 不敵に笑う。

 此処からは弱肉強食と行こうじゃないか。えぇトカゲよ。私の夢の中でよくも私を弄んでくれたものである。最初こそ貴様に捕らえられ焦ったが此処は私の夢だ。先ほどのクラブサンドの様に願えば叶うのが判った。ならばお前を八つ裂きにもできると今なら確信出来る。夢の中だろうと食べ物の恨みは恐ろしいのだ。もうお前に勝ち目はない。お前が私を怒らせた!


 怒りにわなわなと震える私は、素知らぬ顔で飛ぶトカゲをキッと鋭く睨みつけ、高らかに叫んだ。


「爆ぜろ糞トカゲ!!」


 私の恨みが形と成って轟音響く爆発を引き起こし糞トカゲの頭を吹っ飛ばす。


 はは! ざまーみろ! 


 私は爆発の衝撃で意識を失いながら勝ち誇り、トカゲと共に落下した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「楽しんでいられますか?」

「え?」


 目の前の胸を強調した服を着た美女に話しかけられ意識が覚めると、真っ白な場所に居た。

 周囲全てが白く、白すぎて境目などなく、そもそも壁や天井があるのかさえ分からない。

 

 これはまだ夢の続きだろうか?


「あの、もしかして昨夜の事覚えていませんでしょうか?」

「はい?」


 美女の疑問に最初と同じく戸惑いの返事を返す。


 昨夜? 昨日は自宅でワイン飲みながら映画見て寝ただけだし、こんな美女と知り合う切っ掛けなんて欠片もない。

 そんな戸惑う私の様子を見て彼女は察したようで、彼女は小さくコホンと咳払いすると笑顔を私に向けた。


「成程分かりました。それでは改めてご説明させていただきますね。先ずは改めまして私は女神のイシスと言います。昨夜、貴方様の転生処理をしたものにございます。――死因をお確かめになられますか?」


 女神様が若干悲痛な面持ちで私に訪ねてきた。


「……出来れば」


 死んでいた事に驚いたが先ずは話を聞こうと思う。

 死因については女神様の表情もあり少し悩んだがやはり気になったのでお願いした。すると女神様は適当に手振りをして目の前に私の部屋の映像を大きく映し出だした。


 床には衣服が散乱し、ワインの空き瓶も転がっている。

 ベッドの前のローテーブルには飲みかけのグラスとツマミにノートパソコン。

 一人暮らしを始めた時に買った観葉植物は枯れてはいないが埃をかぶっている。


 こうやって客観的に見せられるとくるものがある。

 これ、本当に私の部屋か? こんなに酷かったか?

 普段はそれほど気にもしてなかったがこれはダメだろう。

 女子力の欠片もない。酷過ぎる。どうしてこうなったのか? 一人暮らしを始めた当初はおしゃれなお部屋にするぞと思っていたんだけど、思っていただけでしたね。はい。


 そんな部屋で私がベッドで寝ている。因みに私は寝るときはノーブラだ。

 

 そしておもむろに起きてベッドから降りるの見て、あぁそういや一度トイレに起きた気がすると思った直後、私は床に転がってたワインの空瓶を踏んで足を滑らせ、テーブルの角に頭を強打した姿が映し出された。

 

 その後起き上がることはなかった。

 

 そんな馬鹿なと思いで女神様を見るが首を横に振るだけだった。

 落ち込む私は女神様に苦笑交じりに見守られながら、今世は片づけられる女になろうと誓った。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「あひゃひゃひゃ。おい、見ろよイシス。こいつ面白いぞ。まるで昭和のコントだ!」

「主神様。そう笑われては彼女に失礼ですよ」


 なにやらセンサーに反応したのか「むっ」と突然真面目な顔をし、下界をのぞき見始めた主神は笑い転げ、偶々隣に居たイシスは人の死に方を見て笑い転げる主神に淑女の笑みを浮かべながら諫めた。


「そうか? ふむ。ならイシス、こいつを詫びの代わりに適当に転生処理しといてくれ。悪い奴じゃ無いみたいだしな」

「そうやってまた思い付きで――」


 主神がいつの間にか手にしていた資料片手にイシスに申し付けるが、イシスがそれに文句を言おうとする前に主神は既に姿を消していた。面倒な事は全て部下に投げるのは何処の上司も同じである。

 

「仕方がありませんね。主神様の言いつけですし、先ずは彼女の魂を呼んで説明致しますか」


 イシスはそんな主神に溜息一つつく事も無く、主神が置いていった彼女の資料を手に取り、いつも通り早速仕事に取り掛かった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇





 私が凹んでいる間に映像の場面が切り替わり、白い空間で女神様と死んだ私のやり取りが始まった。

 

「というわけでして、貴方様は異世界に転生する運びになりました」

「あーはいはい。オーケーオーケー。あの禿が居ないとこなら何処でもオッケー」


 女神様の説明に映像の私は終始けらけらと陽気に受け答えをしている。

 その彼女への説明で私も転生理由を知り、笑われたと聞かされれば多少は不愉快にはなったが、しかし転生自体は有難いことなので水に流す。

 それにしてもまさか転生理由がそんな理由だったは世の中思いがけないものだ。


 そしてこの女神様は私の担当様で、その後の様子が気になって見に来た様だが、その担当女神様にお聞きたい。


「何で私酔っぱらってるんですか?」


 そう映像の中で説明を受けていた私は明らかに酔っぱらっていた。


「基本的に死ぬ前の状態の意識が呼ばれますから」


 それは詐欺ではないだろうか? いや酔っていた私が悪いのだろうか? せめて説明するなら素面に戻して欲しかったです。


「それとどうしてこの容姿なんですか?」

「それも望まれていましたので。昨夜のご説明でも美少女になれると大変喜ばれていましたよ」

「酔っ払いを信頼し過ぎでは?」


 とても良い仕事をしましたと言わんばかりの笑顔で返されてしまった。


 確かに酔っぱらって美少女になりたいと思ったけど、……これ絶対、女神様の趣味入ってますよね?


「それでは私はこの辺でお暇させていただきますね」

「ちょっちょっちょっと待って!」


 説明が終わり帰ろうとする女神様を私は慌てて止める。


「何かございましたでしょうか?」

「あの、出来れば生前の私の部屋をちょっと片づけたいです」


 きょとんとする女神様にお願いをしてみる。


 このまま月曜になれば出社しない私の部屋に同僚が訪ね、その後警察沙汰になるのは明白だ。流石にあの状態の部屋を他人に見られたくない。乙女の尊厳に関わる重大事件だ。が、無下にも断られた。


「それは無理ですね。それではご機嫌よう」

「ちょ! せめて下着ってあーーーーッ」


 追いすがる暇すら無く消えてしまった。

 そして余儀なく現実世界に引き戻された私は思わず悲鳴を上げた。


「って!? えぇぇぇ!!?」


 そこは空の上だった。

 気を失う前と同じ状況でワイバーンと共に落ちている真っ只中だった。


 助けてくれたんじゃないの!?


 そんな思いは空しくみるみると地上が、街が近づくにつれ余計に焦る。だが焦りすぎて何もできずに気が付けば立派な建物の屋根が目前に迫っていた。

 私は反射的にぎゅっと目を瞑り身構えながら咄嗟に願った――飛んで!――


 しかし次の瞬間、 ズゴォォォォォン!! という騒音を立ててワイバーンの死骸が屋根を突き破り、その衝撃で建物全体が揺れた。


 







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