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願いが叶うその時まで  作者: 緑樫
第一章 始まり
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準備期間1

 とある映画の話だ。

 主人公の青年は、大切な人を救うため奔走していた。あらゆるものを犠牲にし、できる全てのこと、例え悪行であろうと必要ならば構わず実行していく。

 青年の結末は破滅であった。

 救いたい人を救えず、自身の行いの報いを受けた。

 この青年が大切な人の最期を看取り、悲しみに包まれるシーンを俺は今でもはっきりと覚えている。

 その時の俺の中にあったのは、悲しみでも同情でもなく強烈な羨望だけだった。

 集団の先頭を歩いている2人、1人は春風でもう1人はジンガとかいうかなりでかい図体をした男の後ろを、俺は沈黙したまま追従していた。


 俺の後ろには残りの友人たち8人、そのまた後ろにそれ以外の人が続く。


 2人の会話が聞こえる。お互いの世界について、情報交換をしようとしているようだ。


 俺はその会話がある程度聞こえ、かつ会話に加えられることのないよう、自身の歩くペースを調整しながら歩みを進める。


 そのまましばらくすると、ジンガがとある建物を前で立ち止まった。


「さて、ここがお前さんたちの宿の1つなんだが、この人数だ。宿1つではさすがに入りきらんくてな。残りはここからもう少し歩いたところの宿の方に泊まってもらわなきゃならんのだが…、どうする?すぐに分かれられるのであればもう1つの方も案内できるんだが…。俺もそこそこ忙しい身でな。時間がかかりそうであれば、悪いが俺とはひとまずここでお別れだ」


 この場の全員に届くくらいの声量で俺たちに向かってそう言った。


「ここともう1つの宿の収容人数と、あとはそれぞれの設備の差とか教えて頂けると助かるのですが…」


 ジンガの近くにいた春風がジンガにそう尋ねた。


「あー両方ともだいたい30人くらいで設備とかにそんなに差はなかったはずだ。…それで時間はかかりそうか?」


「うーん、そうですね。すぐには決められないと思います」


「そうか、そんじゃ俺はここで失礼させてもらうわ。もう1つの宿の方はここの宿のもんにでも聞いてくれりゃあ案内くらいしてくれるだろう。じゃあまたなハルカ」


「ここまで案内していただきありがとうございました」


 こうして会話を終えると、ジンガは微笑みながらこちらに片手を上げた後、振り返ってどこかに向かって歩いていく。


 さて、収容人数等、宿に関しての差はほぼないらしいが、一応中を確認しておこう。宿の扉を開き、そこから顔だけを出して宿の中を確認してみる。


 まず目に入ったのは、宿の受付だと思われるところとそこに立つ3人の中年女性とそれらを照らす暖色系の光であった。


 もう少し見渡してみれば、いくつかテーブルとそれを囲む椅子が見える。20人くらいであれば、多少圧迫感を感じることがあるかもしれないがこの空間で共に過ごすことも可能か。


 ここで宿内の観察を止め、友人たちのもとに戻る。その際、何人かに宿内のことについて訊かれたが、返答もそこそこにして会話から抜け出す。


 さて、問題はこれからどうするかである。コクリュウとやらを封印すれば元の世界に戻れるとかいう話をあの黒外套がしていたが、それを最終目標にするにしてもその間の過程をどうするのか。


 そもそも、まずこの世界でどう生きてゆくか。それが一番の問題だろう。


 何をするにしても情報がいる。


 先程まで春風とジンガがしていた会話では、ジンガが俺たちの世界にかなり興味を持ったらしく、春風に対して随分と質問をしていたために、春風はこっちの世界についての情報をあまり聞き出すことができていなかった。


 まぁそれは仕方がないだろう。俺は俺で情報収集に動かなければ。


「俺たちはもう1個の方の宿でいいかな?」


 春風が友人たちに向けてそう尋ねた。無駄に話し合うのを極力避けたいという意思がうっすらと伝わってくる。まぁ確かに面倒だし特に文句はない。


「ん、まぁいいんじゃね」「うん、大丈夫」


 友人たちもそのことをすぐに察したのだろう。あまり間を開けずにそう賛同していく。


「ありがとう」


 そう言って、今度は全体を見渡し数を呟きながらこの場にいる人間の人数を数えていく。俺もこの機会に一応数えておく。全員で40人だった。


 その後、春風はフッと短く息を吐き、


「みんな。ひとまず宿分けを行いたいんだけど、俺たち10人はもう1つの方に行こうと思うから、こっちの宿に来てくれる人をあと5人から10人決めてほしい。宿の収容人数ギリギリになってもあんまりよくないかもしれないし」


 そう言って全体の反応を少し確認した後、


「それじゃあ俺は宿の人に案内を頼んでくるから、できれば俺が戻ってくるまでには決めておいてほしい」


 と言い残し、宿の中に入っていく。


 それを皮切りに話し合いが開始された。それぞれ知り合い同士のグループでの相談から始まり、グループ全体での意思決定がなされた後、今度はグループの代表同士での話し合いに発展していく。


 その様子を眺めていた俺だったが、ふと、あることに気付いた。それは、それぞれ知り合い同士で構成されたグループは俺たちを除き全て5人で構成されているということだった。


 そういえば、俺たちをこの世界に召喚したのは山の賢者とかいう奴だとジンガが話していた。


 何かしら意図があってのことではあるのだろう。まぁ、初めからグループができていることで人間関係構築の最初の面倒な部分をカットできるのは楽でいい。


 なにかしら俺たちにとって有害な意図があるのだとしても、何の手掛かりもない今は深く考えるべき時ではないか。


 目の前で繰り広げられている話し合いもそろそろ終わりかけ、ちょうど春風も宿の従業員らしき人を連れて戻ってきた。


 相談していたうちの2人が春風の方に来て、自分たちのグループがもう1つの宿に移動するという旨を伝える。


 こうして、結局2つの宿にそれぞれ20人ずつ分かれて、俺たちを含めた20人の方は案内に従って移動を開始した。


 しばらく歩いた後、もう1つの方の宿に到着し、全員が中へと通される。内装に関しては物の配置や常備されている雑貨等に多少違いはあるものの、先程の宿との質の差みたいなものはほとんど感じられない。


 すると突然、近くにいた1人が短く声を上げた。どこか一点を凝視したまま口を開けっぱなしにしている。


 その視線の先を追ってみると、日本の怪談にたびたび登場する火の玉を想起させるような炎が空中を漂っていた。また、それは1つではなくこのエントランスの天井付近の至る所に浮いている。


 この世界ではこの現象もまた、当たり前のことなのだろうか。受付の人間はこの火の玉に関して、全く気にする素振りを見せない。


 速いところ調査を始めたいところだが、今はまだ単独行動が許される状況ではない。


 逸る気持ちを抑えつつ、受付の人間から説明を受けている春風を待つ。


 しばらくしてその説明を全て聞き終えた春風が戻ってくる。


「まず部屋分けをしようと思うんだけど、4人部屋が2つ、3人部屋が3つ、2人部屋が5つ、1人部屋が5つらしいから、ひとまずここで話し合って決めよう」


 そうして自分たちがどの部屋を使うか話し合いをしていく。


 部屋数は十分にある。加えて、春風がしっかりとまとめ役を果たしてくれたおかげでほとんど揉めることなく続々と部屋が決定されていく。


 結果として、3人部屋2つと2人部屋2つを俺たち以外の10人がそれぞれ分かれて使用し、俺たちは4人部屋2つと2人部屋1つを分け合って使用することになった。


 正直、俺は1人部屋の方が楽でよかったんだが、みな1人になることを避けるように複数人で一緒の部屋に泊まろうとしている。


 そういった雰囲気を無視して、1人部屋を選択するのはあまりよろしくないように思われた。


 俺のことをよく知らない連中もここにはいる。あまり悪い印象を抱かせるべきではないだろう。


 みな自分の寝床の具合が気になるのか、受付の人から鍵を受け取り部屋の方へ向かっていく。


「すいません、少し訊きたいことことがあるのですが…」


 俺は手の空いている受付の人にそう話しかける。


「はい、なんでしょうか」


「この町に様々な事柄が記録された資料なんかをまとめて保管している場所とかってありますか?」


「ええっと、資料を保管している場所といえば…村長さんたちがいつも仕事をしている役場か、高蔵院がありますね」


「その2つは俺たちでも自由に資料を閲覧することって可能でしょうか?」


「高蔵院なら誰でも自由に出入りして見ることができますが…役場の方は職員の方に許可をもらう必要があったはずです」


「…では高蔵院がどこにあるか教えて頂いてもよろしいですか?」


 そうして高蔵院という建物の場所を教えてもらい、ひとまず春風にそこに行く旨を伝える。


「わかった。…俺も落ち着いたらそっちに行こうかな」


「いや、春風はまとめ役としてここに残った方がいいと思うぞ」


「…玄治、お前俺をリーダーにでも仕立て上げるつもりじゃないだろうな?」


「まぁお前なら務まるっしょ」


 そう言って片手を上げ、俺は宿の玄関に向かって歩き出す。


「あ、おい!」


 さて、さっさと行くとしよう。


 日はちょうど真上辺りに差し掛かったところだが、時間はあるに越したことはない。

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