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願いが叶うその時まで  作者: 緑樫
第一章 始まり
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事の始まり2

 目を覚ますと真っ先に目に映ったのは、視界全てを覆いつくす青。これほどまで何者にも遮られない空は現代の日本ではなかなかお目にかかることができない。


 ぼーっとそんなことを考えている内に、だんだんと頭が覚醒してくる。


 見覚えのない場所。見覚えのない風景。


 自分の置かれた状況の理解不能さに少しずつ焦りと不安が込み上げてくる。


 俺はどうしてこんなところで今まで眠っていたのだろうか。


 ふと周囲から人の気配を感じ、見回してみると、俺の他にも既に何人かが上体を起こし、困惑した様子で辺りを見回していた。その中に見知った顔を見つける。


「拓海!」


 俺は反射的に立ち上がり、彼の名前を呼びながら近づいていく。俺の居場所を探すように、拓海は勢いよく首を振って辺りを見回し、そしてこちらを振り向いた。


「春風!」


 拓海も慌てて立ち上がり、こちらに近寄ってくる。


「これどうなってんだ?俺らなんでこんなとこに!?」


「それは俺だって聞きたいよ!」


 一縷の望みが成すすべなく霧散する。更に増した不安と焦燥を、彼に対しては我慢ができなかった。


「おーい2人とも、まぁ落ち着けって」


 ふとそんな声が聞こえ、声のした方を向く。そこには大学の所属学科、サークル共に俺たち2人と同じでよくつるんでいた友人の玄治がいた。


「玄治!」


「お前もいたのか!」


 俺たち2人の慌てぶりに比べ、玄治はずいぶんと落ち着いているように見える。


「俺ら以外にも知り合いが結構いるみたいだぞ」


 そう言って玄治は順に指差していく。


 ここにいる3人以外の知り合いはまだ眠ったままのようだったが、俺たちを含めると10人ほどの知り合いが、この訳のわからない現象に巻き込まれているようだ。


「玄治はここがどこだかわかるか?」


「いや、俺もここがどこかはわかんねぇや」


「そっか…」


「ひとまず知り合いだけでも起こした方がよくねぇか?」


「そうだな」


 3人で手分けして友人たちを起こしていき、知り合いたち、俺を含めた10人が寄り合って腰を下ろす。


 顔を突き合わせ、何度か言葉を交わすも、この状況について誰一人知っている者はおらず、みんな一様に困惑した表情を浮かべたまま時間ばかりが過ぎていく。


 このままでは埒が明かない。ひとまず周囲をもっとちゃんと観察してみようか。


「俺、ちょっと周りを見てくるよ」


 俺は辺りを見回しながら立ち上がる。


 俺の位置からは、足元にある地面が大体20メートル四方にまで広がったあたりで途切れているように見えた。


「あぁ、ちょっと待って。俺も行く」


 玄治も立ち上がり、俺の方に歩いてくる。


「あーやっぱ二手に分かれた方がいいか。俺あっちの方見てくるわ」


 そうして互いに背を向けて真反対の方向へ、未だに眠っている人に気を付けながら進んで行く。


 途中、何かの破片のようなものが地面に散乱していることに気付き、しゃがみ込む。


 かなりの量だった。相当大きな壺か何かを割ったんだろう。


 しかもおそらく割ったのは1つだけではない。


 広範囲に広がったそれらは、1つの線を描くように散らばっており、破片の色や形状の違いなどから明らかにかなりの数が割られたことが見て取れる。


 俺は一旦顔を上げて立ち上がり、玄治のいる方を向いてみる。するとちょうどよく玄治もこちらを窺っていたようで目が合った。


 直後彼は手を肩の位置まで上げると、横に終俊小刻みに振った。なにやら手に持っている。


 よくよく見ていると、その手にあるものは俺がさっきまで見ていた何かの破片と似たような形状をしていた。


 俺も足元に散らばる破片の1つを持って、彼がしたように振り返しておく。


 玄治はそれに満足したのか、身体の向きを反転して周囲の観察を再開する。


 俺はもう少しこの散らばった欠片たちを観察してみることにした。


 目についた1つを手に持って物色してみる。小学生の頃の社会科見学で見た土器を彷彿とさせるような感触。同じように土か何かで作られているのだろうか。

 

 更に他の欠片も手に取って眺めてみるが、今度は先程の土器のような感触ではなく、もっとつるっとしていた。先程の破片と比べ、明らかに技術の発達を感じさせる。


 ただ、詳しいことは何1つ分からない。もともと歴史やこういった焼き物に明るくない俺にはさすがに高望みしすぎだったらしい。


 破片の物色を切り上げて、再び歩みを進めていく。


「……」


 先程見た時に途切れていると思った地点は、その見立て通り先には進めなかった。というのも、その先が切り立った崖になっていたのである。


 四つん這いになり、恐る恐る崖の下を覗いてみる。


 眼下に広がったのは、一面の緑であった。


 その光景に圧倒されながらも、それに浸っているような余裕は今の俺にはない。


 ここで崖の端に置いた手がひとたび滑りでもすれば、俺は真っ逆さまに落っこちて確実に絶命するだろう。


 一旦息をつくために崖から離れる。安心感と共に、再び一縷の希望が見えた気がした。


 日本のどこかにはこういった景色を望める場所もあるのではないかと、そんな希望が。


 さて、ひとまず友人たちに情報を共有した方がいいかもしれない。


 振り向いてみると、起き上がっている人の数はだいぶ増えていた。未だ横になっている人も次々と起こされていっている。


 そうして俺たち以外にも知り合い同士で固まり、いくつかのグループが出来上がりつつあった。


 あちこち聞こえる困惑した声や悲鳴染みた声などが重なり、辺りがだいぶ騒がしい。


 そんな喧噪の中、友人たちのもとまで戻ると、既に玄治も戻ってきていた。


 俺の帰還を察知した友人たちが、一斉に俺のもとまで集まってくる。


 この場にいる他の友人たちにもちゃんと聞こえるよう、少し大きめの声でさっき俺が見てきたことを伝えていく。


 俺の話の後に続いて玄治も話し始めた。


 玄治は俺が見ていない他の3辺を手早く見回ったらしく、3辺のどれもが崖のようになっていたこと、散らばった破片はこの場にいる人たちをぐるりと囲むようにして散乱していたことが主な話の内容であった。


 話を総合すると、俺たちは四方が切り立った崖であるこの狭い土地の上で、奇妙な破片群に囲まれながらさっきまで眠っていたことになる。


 どうしてこんなところにいるのか。そもそもどうやって俺たちをここへ運び込んだのか。


 疑問は深まるばかりで一向に進展がない。辺りの空気が焦りと不安で満たされていく。


「そうだスマホ!スマホで救助を呼べば!」


 不意に、近くのグループからそんな声が上がった。


 慌てて自分のズボンのポケットからスマホを取り出し画面の明かりを付ける。だが無情にも、画面端には「圏外」と表示されていた。


 思わず口から溜息が洩れ、全身から力が抜けていく。


 他のみんなも同様のようで、ふっと灯った明かりは一瞬のうちに消えてなくなった。


 他に打つ手はないだろうか。ひたすら考えを巡らせながら、視線を泳がせていると、玄治がどこかに視線を固定したままでいることに気付き、その視線を追う。


 いったい何時からそこにいたのか。


 視線の先には、フード付きの黒い外套で全身、頭頂部から足の爪先までがすっぽりと覆い隠された何かがいた。背丈に比べ、外套の丈が長すぎて引き摺ったためだろう。裾がかなり薄汚れている。


 あの外套の中身はなんだ。見た目から判断すれば、身長170センチ程度の細身の人間であるような気もするが、果たして本当にそうだろうか。どうも違和感がある。


 それに、なんとなく目を離すことができない。腕にうっすらと鳥肌の立つ感覚がする。


 やがて他のみんなも、あの黒い外套を着た何かに視線が吸い寄せられていく。この場に、先程まではなかった緊張感のようなもの生まれつつあった。


 不意に、黒い外套が身じろぎのようなことをしたと思ったら、今度は何か音のようなものが聞こえてくる。その直後のことだった。


「きケ!!」


 一帯に大銅鑼を叩いたような大音量が響く。明らかにまともな人間のものではなく、複数の人間が同時に発したかのような声。


 場の緊張感が更に増す。もはやあの黒い外套から目を離せる者などここにはいなかった。


「おマエたチのしめイは、きたノはテにすムこクリュうをフウイんするコとであル!」


 ふわりとフードから1枚の札が出てくる。それはゆらりゆらりと浮きながら独りでに俺の目の前まで来ると、急に事切れたようにゆっくりと落ちてくる。


 俺はそれを両手で受け取った。


「コくりゅうヲとうバツシたのチ、ソれをからダにはルことデふういンはカンりょうさレル!シめいヲハタしタとき、キかんハゆるサレルだろウ!」


 シメイとかコクリュウとかフウインとか。訳の分からない単語の羅列に、みんな茫然としている。


「何訳わかんねぇこと言ってんだ!ここはどこなんだよ!」


 俺たちとは別のグループを作っていた男が突然立ち上がり、黒外套に向かって怒鳴り散らしながらズンズンと歩いていく。


 男が例の破片が散乱しているところに右足を下ろそうとしたその時、男の姿が一瞬にして消え去った。


「いってぇ!」


 突然、後方で声がした。反射的にそちらを向くと、今さっき消えたはずの男の姿がそこにはあった。男が怒鳴り始める前に座っていた場所だ。自身の腰に手を当て、痛そうにさすっている。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。あの黒外套が何かしたのだろうか。もう一度黒外套に視線を送る。だが黒外套は、声を発し始める前に少し動いたっきりで、その後は一切動きを見せていない。


 すると突然、体が白い光に包まれていく。


「な、なんだ!?」


 他の人も同様のようで、みんな一様に戸惑っている。その間も、光は強さを増していく。


 視界が暗転した。

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