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願いが叶うその時まで  作者: 緑樫
第一章 始まり
23/36

戦いの後

 これからの新環境での自身の身の振り方をボーっと考える。

 あそこには俺を知っている者はほとんどいない。いや、俺のことを真の意味で知っている人間などそもそもいないか。

 まぁ良い実験場として、色々試してみるのがいいだろう。

 現代の人間である俺には、まだこの後にも何十年も人生が残っている。それだけの長い年月を、平穏無事に生きられるのなら、3年くらい犠牲にしたとしても構わない。

 この社会において、俺みたいなのが少しでも順応できるように。

 パチパチと炎が燃え上がっている。

 誰かがすすり泣く声と、大切な誰かに別れを告げる声が微かに響いてくる。

 1つの遺体が、火の中へとゆっくり運ばれていく。

 火の中に置かれた遺体の上から大量の枯れ草を被せ、それにも火が燃え移る。

 白み始めた空にゆらゆらと立ち昇る煙を、この場に立っている全員が祈るように眺めていた。




「牛人たちの治療をしてくださったとお聞きしました。本当にありがとうございました」

 俺たちのもとを訪問した鍛冶師の男は、開口一番、感謝の言葉を述べると直立姿勢から頭を深々と下げた。

 あの戦争から数日、寂しさの増した衛士隊の業務はしばらく休みとなり、俺たち衛士隊に所属していた人間は、それぞれ思い思いに過ごしていた。

 宿の食堂でいつもの4人が集まり、ゆったりと談笑をしていた折、宿の従業員の人から、とある人物が俺たちを訪ねてきたという旨を聞き、エントランスホールまでやってくると、その一角にある来客用に設置された小さめの机の周りの椅子の1つに腰掛けていたのが、両腕をなくした痛ましい姿ながらも、爽やかな笑顔を浮かべた鍛冶師の男であった。

 頭を上げた鍛冶師の男は、俺たちに着席するよう促してくる。それに会釈をしながら、俺たちはそれぞれ椅子に腰かけると、鍛冶師の男も続いて椅子に腰を下ろす。

「えーと、治療したといってもそもそも俺たちが怪我の原因ですよ?それにそれ以上のことだって…」

 牛人たちの治療を頼んだ張本人である春風が、困惑した様子で返答を返した。

「はい、それは分かっています。ですがそれは戦争を始めると決めた彼らも覚悟していたこと。最悪死んでしまうことだって承知の上で彼らは戦っていました。ですがあなた方は、敵であるはずの彼らに対しても出来る限り犠牲が生まれないよう尽力してくださった。友人たちの命を尊いものと考えてくださった方々に感謝するのは当然のことです」

「牛人たちに怒りや憎しみといったものはないんですか?今回俺たちは、夜襲によって戦闘員、非戦闘の区別なくその命を奪いました。自分たちが生き残るためとはいえ、それらはあきらかに非道な行為です。それなのに感謝だなんて…」

「…彼らの間で、とある取り決めがあるのです。それは他者の命を奪うこともある者として、命を奪う時は必ず真正面から相手に相対すること、そしてそんな相手に敗北し、仲間が命を落とすことになろうと、他の者は絶対に報復を行わないということ。今回の戦いにおいて、夜襲という行為によって多くの同胞が命を落としたことに彼らは酷く憤っていました。しかしそれとは別に、真正面からの戦いにて敗北した同胞たち、殺されても仕方のない者たちの命を救ったことに驚きと、そして感謝も示していました」

 微笑みを浮かべた鍛冶師の男の柔らかな口調に、俺は少し居心地の悪さを覚える。ただ、席を立つのも、それはそれで面倒そうだ。彼の話が早いところ終わってくれるのを祈るしかない。

「それと同時に気付いたのです。人間は、自分たちを脅かすだけの存在ではないと。彼らは既に痛みと人間の可能性を知っています。そして村の人間は痛みのみを知っている状態ですから、村の人間にも牛人たちの可能性を理解させることができれば、あとはお互いに歩み寄るだけ。あなた方の尽力によって、村の人間と牛人の関係性は何歩も前に進むことができました。本当に、本当にありがとうございました」

 椅子に座ったまま、鍛冶師の男は再び深く頭を下げる。

 そんな彼の真摯な姿を目の当たりにした春風たちは、未だ困惑の色が表情に僅かに滲んでいた。

「あの、頭を上げてください。俺たちはただ自分たちのために行動しただけです。そこまで感謝をされるような謂れはありません」

「いえ、それでもあなた方は私の恩人だ。…あぁそうだ!私に何かお礼をさせて頂けないでしょうか」

「お礼、ですか…」

 春風は更に困惑の色を強くする。拓海と涼真も表情は変わらず。

 貰える物ならおとなしく貰っておけばいいと思うのだが。

 優しい男たちのことだ。誰かを故意に傷つけたという事実が、胸のつかえとなっているのかもしれない。

 ただ、我の強い鍛冶師の男相手、しかも随分と興奮しているとなれば、お礼の受け取りを断るのは骨が折れそうだな。

「…わかりました。ありがたく頂戴します」

 仕方ないといった様子で承諾する春風。

「よかった。今から少しお時間はありますでしょうか。私の家までご足労頂きたいのですが」

 鍛冶師の男の言葉を受け、俺たちは少し顔を見合わせる。

 俺は特に問題ないと春風に軽く頷いて見せる。他の2人も特にこの後予定があるわけではないらしい。

 春風は4人の総意を以て、鍛冶師の男の申し出を受け入れる返答を返した。

「それでは早速向かいましょう」

 鍛冶師の男は椅子から立ち上がると、宿の扉の方へと向かう。

 それに続くように俺たちも腰を上げて入口の方へと足を向けた。

 俺たちがついてきていることを一度振り向いて確認した鍛冶師の男は、前に向き直し、扉を開けて街中をどんどんと歩いていく。

 その後に付いていく俺たち。

 俺以外の3人はやはり気が進まないようで、しきりに顔を見合わせながら、どうやり過ごすかなどを相談していた。

 しばらく歩くと鍛冶師の男の家、この間鍛冶師の男ととある衛士の男が口論していた場所のすぐ隣に辿り着く。

「申し訳ありません。どなたか開けてくださいませんか」

 扉のまえまで来ると、鍛冶師の男は申し訳なさそうに眉を下げてそう話しかけてくる。

「あぁ、すいません」

 春風が慌てて扉を開けると、鍛冶師の男はお礼の言葉を告げながら、家の中へと足を踏み入れていった。

 その後、2人の様子を眺めていた俺たち3人の方を一瞥した春風は、俺たちが春風が家に入るのを待つ気であるのを察してすぐさま中へ入っていく。

 それに続いて俺たち3人もそれぞれ家の中へと立ち入る。

 中の様子は以前とほとんど変わりなく、展示された数々の装備には少し埃が被っているように見えた。

「さて、腕を失った鍛冶師に用意できるものといえば、やはりここにあるような既製品たちくらいのものですが、どうぞお好きな物を、いくらでも持って行ってください」

 俺たちの方へ振り向きそう告げる鍛冶師の男。

「いやあの、いくらでもって、それはさすがに…」

「遠慮なさらなくて結構ですよ。本来なら装備の修繕もさせてもらいたいところなんですが、こんな状態ではそれもできませんから。せめてこれくらいは」

 鍛冶師の男にとって、ここら一帯に飾られた装備品は腕を失った今では特に貴重な収入源のはず。

 春風たちにとってあまりよく知らない人間の事と言えど、お人好しである彼らには、つい気になってしまうのだろう。

 その後もお互いの妥協点を探り合い続ける2人。

「大きなお世話かもしれませんが、ここにある装備を俺たちが貰っていった場合、あなたはどう生活していくつもりなんですか」

「ハハ、そのあたりは心配なさらなくても大丈夫ですよ。確かにこの形ではもう鎚は持てず、鍛冶師は続けられないでしょう。ただ私にはまだ火の魔術がありましてね。この村の熟練の使い手たちとも引けを取らないくらいの技量はありますから、収入面に関しては特に問題はないんですよ」

 火の魔術。この村では様々な場所で光源として用いられる他、多くの場面で重宝されるため、高い技能を持つ術者はそれだけで貴重な人材として扱われる。

 彼の言うことが真実であれば、この村での就職口には困らないだろう。

 春風は口ごもってしまう。1度お礼を受け取ると言った以上、彼に受け取らないという選択肢はない。

 ふと春風が俺の方に視線を向けたと思うと、すぐに鍛冶師の男の方へと向き直る。

「…では、槍を1つ頂けませんか」

「ええ、構いませんよ。どれでも持って行ってください」

 安堵するように微笑む鍛冶師の男。

「玄治、槍がかなり壊れてたろ。好きなの探してきなよ」

 春風は眉尻を下げたまま俺の方に顔を向けてそう告げる。

 なるほど、俺に押し付ける腹か。

 意地でも鍛冶師の男からのお礼を自らが受け取るつもりはないらしい。

 しかしながら俺にとっては有難い提案だった。特に断る理由もない。

「わかった」

 俺はこの場にあるいくつかの槍を物色し始めた。

 重さ、長さ、重心の位置など、できるなら今まで使っていた槍とほとんど変わらないものが良かったが、さすがに全ての要素において全く同じものというのはやはりなく、一番差異の少ないものを選び、手に持って春風たちのもとに戻る。

「他はどれに致します?」

 鍛冶師の問いを受け、春風が俺たち3人の方に顔を向け、俺たちそれぞれの表情を確認するように視線を送ってくる。

「…いえ、もうこれ以上は。彼以外は特に破損してしまった装備などもありませんし、あまりにたくさん頂いても、持ち運びが大変ですから」

「そうなんですか?予備で1つ2つ持っていても罰は当たらないと思いますよ?」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 少し悲しそうな表情をする鍛冶師の男の発言に対し、春風は首を横に振る。

「そうですか…」

「…それでは、俺たちはこれで失礼しますね」

「また後で入用になった時は、この家を訪ねてくださ来てください。売却はせずにとっておきますので」

「はい、ありがとうございます」

 春風は鍛冶師の男に一礼し、踵を返してさっき入って来た入口の方へと足を向けた。

 俺たち3人も、ひとます鍛冶師の男に一礼して春風の後に続く。そのまま家の扉を抜け、ガシャリと背後で扉が閉まった。

 全員で顔を見合わせるようにした後、俺たちは宿に向けて歩き出した。




 宿の食堂で、4人が再び顔を突き合わせた。

 みんな少し安堵した表情、リラックスした姿勢で椅子に腰かけていた。

「やっぱ気ぃ引けるよなぁ」

「…うん。大丈夫だって言われても、あの腕がどうしても気になるよね」

「あの人にとって、牛人たちは仲間だったんだろ。なんであんな笑っていられんだ?」

「あの人は、牛人と村の人間同士が手を取り合って暮らすことを夢見ていたみたいだった。そのために犠牲が出てしまうことは元から覚悟していたってことなのかな」

「…鍛冶師の人、最後までこの戦争に反対しててさ。戦いが始まる前に会議あっただろ?それが終わってすぐに、村長の家に1人で乗り込んで来たんだ。ただその時は村長に捕まって手錠をかけられて、そのまま村長の家に監禁されるみたいだった。でもあの人は戦場に来た。多分の手錠を火の魔術を使って焼き壊したんだと思う。腕に接している手錠なんか燃やしたら一緒に腕も燃えるのは当然のこと。やっぱり覚悟はあったんだとは思うよ」

 その後も鍛冶師の男から感じられた強さについて、3人は自身の所感も交えながら話し合いを続けた。

 そんな様子を俺は黙って眺め続けた。

「…そういや玄治、お前今日なんか静かだな」

 3人の注目が俺に集まる。ここらが潮時か。痛い所を突かれる前にさっさと去るとしよう。

「あぁ、悪い。俺もう部屋戻るわ」

「あ、あぁそうか。じゃまたな」

 俺はそう言うと立ち上がり、食堂を後にした。

 自室に戻ってきた俺は、備え付けの椅子に腰かける。

「……」

 鍛冶師の男の覚悟。

 自身の両腕を焼き焦がした際には凄まじい程の苦痛が伴ったことだろう。

 鍛冶師という職を失うリスクも考えなかったとは思えない。

 そして何の装備もせずに戦場の真っ只中へと走ってきた彼の姿は、あの場にいた全員の心を動かし、実際に戦争を止めた。

 そしてこれからも、彼はきっと進み続ける。

 それだけの覚悟の奥には、確固たる所以が必ずあるはずだ。

 そういう類の覚悟は、今は難しいだろうがきっと春風たちなら辿り着けるだろう。

 そうなった時にはもう、俺はお払い箱かもしれない。

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