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願いが叶うその時まで  作者: 緑樫
第一章 始まり
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初の実戦1

 戦闘訓練を始めてからちょうど1月が経ったころだった。

 

 遂に俺たちは実際に村の外に出て、実戦経験を積む初の機会を得た。


 村近くのとある森。住民の間では鉄木の森なんて呼ばれている場所だが、その名の通り、鉄木という鉄並みの強度を持つ木が数多く自生している森のことであり、鉄木は木材として村の建築物のほとんどに使用されている。


 この鉄木の伐採、運搬、加工等を生業としている人たちの護衛が今回の任務となるが、森の中には人を襲う恐れのある動物たちも生息しており、それらと交戦することが予想される。


 今俺たちは目的地へ彼等を護送している最中であった。


 森の中にできた作業場へと続く道を、大量の荷物を運んでいる作業員たちを中心としてそのすぐ傍を魔法を主体として戦うメンバーが囲み、その外側を近接武器主体で戦うメンバーが囲んで進んでいく。


「なんも出てこねぇなー」


 拓海が退屈そうにボヤいている。村から護送を開始して既に1時間ほどが経過しているが、今のところ敵の襲撃はない。


 正直、俺も少し肩透かしを食らったような感覚になっていた。


 村から出てからしばらくは、初の実戦に対する緊張感があったものの、この1時間ただただ歩いているだけ。そんな状況で緊張感を保ち続けるのは俺にも、そして他の者たちにも難しかった。


「…さすがにここまで何もないとねー」


 涼真も気が緩んでしまったようでのんびりとした声が聞こえてくる。


「油断したときが一番危ないんだぞー」


 2人にそう注意をするが、その言葉自体に既に緊張感が籠っていない。


「そう言う春風こそ気ぃ緩みまくってんじゃんか」


 案の定、俺も気が抜けていることは伝わってしまっていた。


「ハハ、バレたか」


「完全に隠す気なかったよね」


 そうして談笑しながらだらだらと歩いていると、道の両脇を埋め尽くしていた緑がだんだんと薄くなっていく。


「お?着いたんじゃねぇか?」


 随分と開けた場所に出た。


 木でできた小屋や作業台など林業に必要な設備や、切り出したままでほとんど加工されていない状態の材木が積んであるのが見える。


「結局行きの道では何も出てこなかったな…」


 敵と遭遇しないのは楽ではあるが、せっかくの実戦経験を積む機会が無駄になるのはそれはそれで残念だとも思う。今までの訓練の成果を試してみたかった。


 作業員たちが作業をしている間は警護と休憩を交代で行うことになっている。


 最初は俺は休憩する番だった。さっさと昼食を摂ってしまおう。


 そうして俺たちは作業員たちが作業を終えるまでの間、警護と休憩を何度も繰り返した。






 作業員たちが予定していた作業を全て終え、加工済みの木材などを大量に運んでいる帰り道。


 未だ敵とは1度も遭遇していない。


「なぁ春風、夕飯どうする?」


「あーそうだなぁ…」


 宿の食堂内にて振る舞われる日替わりの食事は、山菜や穀物を中心とした非常にヘルシーなもの。


 少々物足りなく感じることもあるが、味付けは和食と似た部分もあり親しみやすく、訓練漬けの日々の唯一の楽しみのようなものになっていた。


 今日は一体なんだろうか。肉類もいくらか増やしてくれることを微かに祈る。


 ちょっとした遠出の帰り道のときのような、そんな雰囲気が流れていた。


 しかし、そんな和やかなひと時は、木々の間から何匹もの中型犬ほどの大きさの白い狼、森狼が飛び出して来たことで一転。最悪の状況となった。


 一番近くにいた数人が攻撃をまともに食らってしまう。


 油断して完全に無防備だったからだろう。剣や盾を装備しているにも関わらず、構えることもできないまま森狼たちに押し倒される。


 必死にもがいてはいるものの、引き剥がすことができない。そんな彼等に更に1匹ずつ森狼が覆いかぶさっていく。


 その牙と爪が容赦なく襲い掛かり、段々と赤く染まっていく仲間の身体。


 急なこ出来事に頭が一瞬真っ白になる。


「ああああ!やめっ、やめてくれぇぇ!」


 傷つけられていく仲間の悲痛な叫びに、思考が回復する。それと同時にどっと押し寄せてくる焦燥感と後悔。


 彼等を早く助けなければいけないと、急いで剣を腰から引き抜く。しかし、押し倒されている彼等の元に行かせないよう、他の森狼たちが周りを囲み周囲を威嚇していた。


「くっそ、どけよ!」


 仲間の1人が森狼たちに向けてそう僅かに震えたような叫び声をあげた。明らかに腰が引けてしまっている。


 ただそれは彼だけではない。森狼たちを囲んでいる多くの仲間たちも同様であった。


 また、前衛の一部が一気に倒されてしまったために、魔術専門の後衛の人間がむき出しの状態になってしまっている。


 念のため護身用に剣を携えてはいるものの、戦闘訓練さえまともに受けていない彼女らではまずまとも立ち向かうことすらできないだろう。組敷かれた瞬間、ズタボロにされる姿が目に浮かぶ。


「拓海!涼真!ひとまず後衛のカバーに!」


 こちらの方が頭数は多い。前衛組で完全に取り囲んでしまえば物量で押していけるはずだ。


「あぁ!」 「わかった!」


 2人を引き連れて後衛たちと森狼の間に割り込んでいく。


 その後盾をしっかりと敵に向けて構え、そのままじりじりと距離を詰める。


 この間にも押し倒されたままの人たちの傷はどんどん増えていく。


 早く助けに行きたい。だが、森狼の方へ1歩近づく度に次の1歩がどんどん重くなっていく。


「ハァハァ…」


 特に激しい運動をしたわけでもないのに息苦しさを感じる。心臓の鼓動がうるさい。


 汗ばんでいく手のひら。剣や盾を滑って落としてしまわないように何度も握り直す。


 手足の震えが止まらない。口の中がカラカラに乾いていく。


「や、やめっ…。うっ…あああぁぁ…」


 前方の仲間から悲痛な叫び声が聞こえてくる。


 焦りと恐怖で頭がいっぱいになる。ほとんどパニックになる寸前だった。


 その時、視界の端に1人の男が見えた。


 右手に槍を左手に剣を持ち、睨み合いをしていた前衛たちの間を縫って前に出てくる。そうして左手に持った剣を1匹の森狼に投擲した。


 飛来する剣に怯む森狼。その隙をつき、槍でその胴体を刺し貫く。


 即座にその槍を身体から引き抜き、襲い掛かってくる他の森狼たちを槍で払い除け、体勢を崩した1匹に追撃を仕掛けていく。


 時には牽制を交えながらも、槍のそのリーチを活かした立ち回りで何匹もの森狼を相手取っている。

 

 玄治だった。


 彼は複数の敵に対して全く怯んだ様子を見せない。それどころかむしろ優勢であるようにさえ見える。


「春風!今だ!」


 見れば玄治の奮闘により、前方でこちらを睨んでいた森狼たちの一部が玄治の方に引き寄せられていて数が減っていた。攻撃を仕掛けるなら今しかない。


 既に拓海は森狼に向けて走り出しており、俺もそれに続いた。攻めあぐねていた他の仲間も一斉に攻勢に出る。


 盾を身体の前に構え森狼の1匹に肉薄していく。森狼は自身の不利を悟ったのか後退していった。倒れている仲間の上に乗っていた森狼たちも次々に飛び退き、森の方へと走っていく。


「後衛!怪我人を頼む!」


 負傷者たちを庇えるような位置取りまで来ると俺はそこで立ち止まる。今は退いていく森狼たちを追う必要はない。救護が最優先だ。


 拓海たちも同じ判断をしたのか同じように立ち止まる。


「追わなくていい!」


 一部、森の中まで敵を追っていこうとした人たちを立ち止まらせる。彼等もただ冷静さを欠いていただけのようで、ハッとして俺の指示に素直に従ってくれる。


 森狼たちは森の中から威嚇するようにこちらを睨んだまま少しずつ後退りをしていく。


 ひとまずはこのままでいいだろう。そのまま完全に逃げ去ってくれればこちらとしても助かるのだが。


 チラリと玄治の方を見ると未だ戦闘中ではあるようだが、彼の周りには既に力尽きている森狼たちが何匹も転がっていた。彼を囲んでいる敵もあと2匹といったところ。


 全員1人で倒したのだろうか。彼の戦闘能力に愕然とする。


 程なくしてその残りの2匹も倒してしまったようで、負傷者のカバーをしていた俺たちと合流した。


 さすがに無傷とはいかなかったようで、身体のあちこちに浅い切り傷ができている。


「大丈夫か?」


「あぁ、大したことない」


 特に自分のけがを気にすることもなく森の中にいる森狼たちを見据えている。


 立ち姿からはどこか貫禄のようなものを感じる。


 訓練した時間は俺もそう変わらない。それなのにこの違いは何だろうか。


 俺もこの1か月でそれなり強くなったと思っていた。


 だが、実際に戦いになればその実力差は歴然。加えて精神面での強さでも完敗だろう。


 彼は臆することなくあの森狼の群れに単身攻撃を仕掛けていた。今の俺にはそんな真似は絶対にできない。


 気づけば森狼たちの姿は既になかった。おそらくそのまま逃げていったのだろう。


 これでひとまず戦闘終了か。


 さて、負傷者たちはどうなったのだろうか。心配になり確認しに近づいていく。


「千尋、どんな感じ?」


 負傷者の治療にあたっていた千尋に話しかける。


 負傷者は見たところ4人。全員に治癒魔術が使える人間が治療を行っている。

 4人ともかなりの出血量だった。苦痛に顔を歪めている。


「4人とも急所は避けられてるし、傷もそこまで深くないから命の心配はないよ。私たちでも問題なく治せる。でも…」


「かなり時間がかかりそう?」


「うん。私たちじゃ相当かかると思う」


 あまりこの場に留まり続けるのは良くないかもしれない。


 先程逃げていった森狼たちが仲間を引き連れてもう一度襲ってくるかもしれないし、それとは別の敵と遭遇する可能性もある。


 負傷者を抱えた状態での戦闘はできる限り避けたかった。


「拓海、涼真、玄治、ちょっと来てくれないか」


 ひとまず3人を呼ぶ。


「けが人の移動の手助けをしてほしい。2人1組でいこう」


 3人とも俺の提案にすぐに賛同してくれる。あと4人。


「誰か!けが人の移動の手助けが必要なんだ!あと4人頼む!」


 周囲に対して助力を乞う。何人か手伝ってくれる気らしい人たちが急いで俺の周りに集まってきた。


「ここに長い時間留まるのはまずい。けが人の治療をしながら移動したいから2人1組であとの2人の手助けを頼みたい」


 俺の手早い説明にちゃんと頷いてくれる仲間たち。


「移動中もけがの治療は続けて」


 けが人たちは幸い意識を失ってはいない。それぞれ肩を貸したり、おぶったりするなどして一緒に移動をし始め、その後ろから治療魔術による治療を続けてもらう。


 けが人の補助をしていない人たちに敵の警戒をしつつ、俺たち40人はできる限りのスピードで村への帰り道を進んで行った。

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