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願いが叶うその時まで  作者: 緑樫
第一章 始まり
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準備期間5

 その日の訓練は走り込みや筋力トレーニングを休憩をはさみながら繰り返し、最後に木剣の素振りを行って終わりとなった。

 宿の自分たちの部屋に戻り、靴を脱いですぐさま俺たちは床に突っ伏した。木でできた床がひんやりとしていて非常に気持ちがいい。

「ぐぁぁ…」 「死ぬ…」 「部活かよ…」

 近くで俺と同じように突っ伏している春風、拓海、涼真は全身の疲労感と痛みでほとんど動けず、ひたすら呻き声を漏らしていた。

 今日のトレーニング。さすがにきついものがあった。それはみな同じようで部活などで定期的に運動をしている者はともかく、大学生となって授業、サークル、バイトと全力で運動をする機会が極端に少なくなった彼等には特に堪えただろう。

 惰性ではあったが、日々続けてきたトレーニングがなければ、俺ももっと悲惨なことになっていただろう。疲労困憊の体をなんとか起こし、壁に背をもたれさせながら彼等に話しかける。

「食事まで時間あるし、とりあえず風呂いかないか?」

「風呂か…入りたいのはやまやまなんだけど…」

「俺はもうダメみたいだ…先に行ってくれ…」

「玄治すごいね。あれだけ動いてまだ元気があるなんて…」

 3人とも床にうつ伏せになったまま覇気の全く籠っていない返事を返してくる。時折、全身をプルプルと震わせていた。

「本気で言ったわけじゃねぇよ。俺だってこうやって上体を起こすだけで限界だし」

「でもやっぱ玄治ってすごいね。走り込みの時だって途中からは1人で先頭走ってたし」

「お前ほんと運動に関しちゃマジでバケモンだよな。サークルでも1年の秋くらいには経験者たちと混ざって試合してたしよ」

「あー、まぁ日ごろの努力の賜物ってやつだよ」

 俺は昔から体を動かすことが好きだったし、俺の体自体もそれなりに高い運動能力をもとから備えていた。小学1年から中学2年の始めまで続けていたサッカーを止めてから高校卒業まではずっと帰宅部ではあったが、それでも筋力の維持を目的としたトレーニングはずっと続けていた。

 大学入学後、バドミントンサークルに入ってからはバドミントンにのめり込み、日々の日課のトレーニングをこなす傍ら、バドミントンの練習もしていた。俺たちが所属しているサークルは部活のようになにかしらの大会で好成績を残すために活動しているというよりは、初心者も交えて楽しくワイワイプレイすることをモットーとしており、本気でやらないというわけではないが高い意識を持って練習に励んでいるというわけでもなかった。

 そんな中俺1人だけが密かに本気で練習をしていれば、成長スピードが他のメンバーと一線を画していても不思議ではないだろう。

 この会話の後も、俺たちはとりとめのない話を食事の時間になるまでだらだらと続けた。



 この世界に来てから、ちょうど2週間が経過した。俺たちはこの2週間で基礎体力訓練や武器を用いた訓練以外にも、全員がそれぞれどんな魔法が使えるか調べた。ただ、調べるといっても特別な判別方法が確立されているわけではなく、炎、氷、水、雷、土、風、そして治癒のうちどれが使えるか実際にひたすら試しただけで、その際に使えた魔法以外の魔法が使えないと決まったわけではない。いくらか時間が経ってから実は他の魔法も使えました、なんて事例もいくつかあるらしい。また、黒竜封印を遂行するまでに何らかの特殊な魔法、基本的な7つの魔法以外が使えることが判明してもおかしくはないだろう。

 こうして判明した魔法適正を基に戦闘に自信のない者の内、後衛としての役割を担ってもらう人間を決定した。特に治癒魔法に関しては40人の内5人しか使える者がおらず、優先的に選ばれた。

 ちなみに俺が使えると分かった魔法は今のところ炎、氷、雷の3つだった。雷系の魔法に関しては標的との距離が離れれば離れるほど命中させるのが他の魔法よりも難しい反面、魔力強化として運用した場合、圧倒的な攻撃性能を発揮するらしい。

 前衛と後衛を分けた後は、前衛の人間は引き続き修練場で戦闘訓練を行い、後衛の人間はそれぞれ衛生兵たちと合流して治癒魔法の訓練をひたすら行ったり、攻撃魔法を扱う訓練を行った。

 そうして時間は過ぎていき、事前に通達されていた通り、今日で宿の無償滞在期間が終了した。

 これからは訓練を行うことで給料を頂けるようで、自分でお金を稼ぎ、適当な宿を探して生活をしていく必要がある。

 今までの宿では3食の食事等たくさんのサービスが提供されており、それが受けられなくなるのは残念ではあるが、他にもこの村にはいくらかグレードは下がるが泊まれる宿はあり、また自分で自由に使えるお金を得られるというのはこれからのための準備を整えられるということでもある。

 ジンガたちもこういったことを考えて俺たちへの待遇を考えてくれたのかもしれない。

 俺たちのような得体の知れないただの子供に対し、宿を無償で貸し与え、戦うための技術を授け、準備資金も支給する。少し異常な待遇であるようにも思え、一度それをジンガに尋ねてみたところ、黒竜は俺たちにこれだけの投資をしてもお釣りが出るくらい危険な存在らしい。

 過去、黒竜は1つの国を滅ぼしかけ、2つの国を戦争直前まで追い込んだという。

 これだけの被害を世界各地にばらまくような存在なら、俺たちに対する今までの好待遇にも納得できる。

 今日も俺は訓練のために修練場へ足を運ぶ。最初の頃にあったような兵士たちからの無言の圧力も今はもうない。それは俺たちの存在に慣れたというのと、努力と実力をそれなりに認められたということでもあるだろう。

 2週間という短い期間ではあったが俺たちの身体能力は飛躍的に上がった。訓練に参加してまだ間もない頃、訓練用に貸し出されている金属剣を試しに使わせてもらったことがあったが、その時は両手でもまともに扱うことができず、試し切り用に用意された直径20センチ強の丸太に10センチにも満たない程度の切込みを入れるので精一杯だったが、今では片手で振るえるようになり、両手持ちでなら同じ丸太を1撃で真っ二つにできるようにまでなった。

 ここまでの成長速度は俺たちがいた世界ではまずあり得ない。高蔵院の資料にも記述があったが、おそらく食物や大気中に含まれる魔力が身体に何らかの影響を及ぼしているのだろう。訓練での疲労や筋肉へのダメージの回復も異常に速く、あれだけヘロヘロになっていても1晩眠ればほとんど全快まで回復していた。

 準備運動を一通りやり終え、修練場の端に設置してある訓練用装備保管庫に向かう。

 保管庫の管理を任されている人間から、長さ2メートルほどの槍を受け取ると、保管庫から少し離れた位置で感覚を確かめる。

 今まで剣のみ扱ってきたため、その重さや長さ、重心の位置の違いなどからバランスが取りづらく、剣とはまた違った扱いの難しさがあった。。加えてこの槍は平均的なものよりもかなり短い槍であり、比較的扱いは簡単なはずなのだが。

 日本の戦国時代では集団で4メートルを超える槍を装備し、その刺突攻撃で前方の敵を物量とリーチで押し潰すような戦法が用いられていたらしい。長大な槍であろうと刺突のみの集団攻撃であれば最低限の修練のみでも十分な威力を発揮することができる。

 単独戦闘で槍を用いるのはあまり実用的ではないかもしれない。少なくとも何年もの修練が許されるかどうかわからない現状では、剣の方の修練に力を注いだ方が効率的か。

 そう思い保管庫に行って剣と取り換えてこようとした時、

「なんだ、止めるのか?」

 背後からのしわがれた声が耳に届く。振り向くとそこには、ジンガの父親であるクザが右手に長大な槍を携えて立っていた。引き締まった身体とピンと伸びた背筋、そしてその纏う雰囲気からは彼が70歳を超えているとはとても思えない。

「はい。俺では扱えるようになるまでに時間がかかりすぎると思いましたので」

 クザの迫力に少し気圧されながらも落ち着いて答える。

「そう決めつけるにはまだ早かろう。…どれ相手をしてやる。構えよ」

 そう言ってクザは持っていた槍をゆったりと構える。彼の言葉に従いこちらも適当な構えをする。

「来い」

 クザは短くそう告げ、その場で止まったまま動こうとしない。俺が持っているのは訓練用とはいえ金属槍だ。まともに当たれば大けがは免れない。加えて人に武器を向けるのはこれが初めてだ。正直かなり気後れしてしまう。

 そうして俺が繰り出したのは、全力には程遠い突き。しかも相手の持つ槍に目掛けた一撃。踏み込みも甘く、ビビっているのがまるわかりだ。

 そんな俺の攻撃は槍を少し動かしただけで簡単に逸らされてしまう。

「遠慮などしなくてよい。…もう一度だ」

 クザは先程と同じように構え、俺の攻撃を待つ。

 彼の意図がイマイチ読めない。何かを俺に教えようとしているのか。それともただ練習台になってくれるつもりなのか。

 先程のような半端な攻撃ではやるだけ時間の無駄か。息を大きく吸い、そしてそれを全て吐き出して気持ちを入れ替える。

「ッ!」

 一呼吸おいた後、俺は全力の突きをクザの胴体目掛けて繰り出す。そんな俺の攻撃を彼はいとも簡単にいなして見せた。俺は勢いを殺しきれず、少しつんのめるようにして前身してから体勢を立て直し、クザに正対する。彼は既に先程と同じ構えで俺を見ていた。

「攻撃を止めるな」

 そんな彼の言葉に即時に反応し、今度はいなされることを念頭に置いた突き攻撃を放つ。その攻撃をクザは先程と同様にいなす。

 それからはひたすら俺の連続攻撃が続いた。刺突や横薙ぎなど俺が今槍を使ってできるあらゆる攻撃をクザに対して行う。クザはそれらを全てを簡単に捌き切る。

 彼に攻撃を当てるにはその動きをしっかりと見て把握し、だいたいの予測を立てる必要がある。また、直線的な攻撃ばかりでもいけない。緩急なども織り交ぜた攻撃をしていく。

 しかし、クザのその軽やかな足捌きと巧みな槍捌きによって俺の攻撃は一切届くことはなかった。

「ハァ…ハァ…」

 意地になってなんとか構えを維持はしているものの、幾度となく攻撃を繰り返したことにより息が上がってしまっていた俺とは対照的に、クザは涼しい顔でこちらを見据えている。

 大きく深呼吸をしてなんとか息を整えると、クザはそれを見計らったかのように

「今度はこちらからいくぞ」

 と静かに一言告げると彼は突きを繰り出してくる。

 それをなんとか捌くと、クザは次々と攻撃を放ってくる。一撃一撃が重く、鋭い。

 手を抜いてくれていることはなんとなく感じ取れるが、そんな攻撃でも俺にとってはただただ脅威でしかなかった。

(さすがにスパルタすぎねぇか!?)

 クザの持つ槍は訓練用のものではない普通の金属槍。

 下手をすれば死にかねない。そんな恐怖から俺はひたすら防御に徹する。

 一撃受けるたびに精神が摩耗していく。折れてしまえば確実な死が待っている。そんな予感がある。折れるわけにはいかない。

「…このくらいか…」

 何度クザの攻撃を凌いだ頃だっただろうか。彼は攻撃を止め構えを解き、どこかへ歩いていく。

 やっと終わりか。そう思い、一度膝に手をついたものの、耐え切れず四つん這いになり荒い息を繰り返す。

 全身を包む疲労感。肉体的な疲れはそれほどでもない。削られ続けた精神が休養を欲していた。

 ポタポタと汗が地面に落ちる。極度の緊張状態にあったためか全身がビショビショだった。

「お……か?」

 近くで修練に励んでいた春風たちが駆け寄ってきて何かを言っている。絶え間なく拍動する鼓動がうるさすぎるせいだろうか。彼らの声が聞き取りづらい。

 彼らに対し、俺は呻くような返事しか返せなかった。

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