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ヒテイ

作者: アキ

 ―死にたくなったら死んでも良いんだよーその言葉が僕を救った。死ぬのではなく生きる勇気を僕にくれた。


「はあ…」

溜息と同時に目覚める六時十三分。

 「はあ…」

また大きな溜息をつく、と同時にピッピッピと無機質な電子音が響く。その頭の痛くなるような音を止め支度を始める六時十五分。

 鏡に映る自分を見てまた溜息をつく。何度洗おうと笑い方を忘れたような無表情は変わらない。光を失った目に輝きは見つけられない。笑おうとしてもどうしても不自然になる。

 家族が食べた朝食の匂いだけで胸やけがする六時三十分。「朝食をちゃんと摂りなさい」の声を無視する。今の僕に何かを食べることなど出来るわけがない。水を飲むことすら辛いのだから。かつてしっかり食べられていた時が嘘みたいだ。

 赤のネクタイが目立つ制服を身に纏い左手に青い時計をつけて家を出る六時四十五分。目立つ赤と青は光のない僕の顔には似合わないな。

 K電鉄U線O駅に六時五十二分。二番ホームから六時五十八分発の電車に乗る。

 U線終点C駅に七時二十八分。そこで三番ホームから六番ホームへ移動。N線に乗り換える。N線は少し混んでいて座れっこない。短時間だから構わないが出来れば座りたいものだ。

 七時三十七分。C駅から一つ、S駅で降りる。そこから少し眩しいが南東、H電鉄Y線Y駅へ向かう。

 七時四十二分、Y駅に着き、一番ホーム七時四十八分発の電車で四つ、T駅に八時六分。階段を上がり改札を出る。

 駅から出ると車や横断歩道、人の声など様々な音が混ざり合う。八時八分に信号がかわり人の波が動き出す。僕もその中に混じって南へ向かう。学校へは少し人気のない,いや目立つ赤のネクタイの生徒しか通らない道を通る。

「おはようございまあす」

後ろからもう関わりがなくなったはずの後輩Mの声がする八時十分。

「おはよ」

僕の無愛想な声が彼女に届いているのかは分からないが、彼女は僕を追い抜き前の方にいる友達の方へ駆けていく。無口だったⅯがこんなに変わるとは思っていなかった。

 八時十八分。校門をくぐる。この頃には汗が雨のように滴り落ちる。それでも長袖、その袖をまくらない僕は奇妙に映るのだろう。一部の人は僕の方を見ながらヒソヒソ話している。そんなことを気にしていられるような余裕は僕にはない。気にしないことにする。だが、自分が暑がりで汗っかきなことだけは恨まれる。

 八時二十三分。教室に荷物を置き、タオルを持ちトイレへ行く。そこで人がいないことを確認し、制服を緩め、汗を拭う。

 八時二十三分。着席して八時三十分の朝礼を待つ。

 八時四十五分から授業が始まる。

 十二時三十五分に四限目が終わり昼休み。義務感で食べる昼食は味がしない。それでも無理に胃に流し込む。それが終わっても何かをするのではなくただぼーっと窓の外を眺めている。それくらいしか出来ることがない。何をする気にもなれない。たった一人の世界で時間が過ぎるのを待っている。うるさいくらいに元気な蝉の声が余計に夏を感じさせる。

 十三時二十分に昼休みが終わりまた授業。いっそのことずっと授業で休み時間がない方が楽なのではないかとさえ思ってしまう。

 十五時十分に六限目が終わる。

 十五時二十分まで終礼。部活をしていない僕は家へと帰る。学校で自習などをするべきなのだろうが、学校に留まっていたくない。友達を待ったりもしないからいつも一番に教室を出て、いつも一番に駅に着く。

 家に着くのは十六時五十七分。少しだけ勉強をするが全く身が入らない。

 十九時頃に両親が帰宅する。

 十九時三十分頃から家族そろっての夕食。一時のことを思えば会話は減り、食欲はかなり落ちている。形だけと無理に胃へと味のしない食べ物を詰め込む。

 二十時十五分頃から風呂に入る。そこでは鏡に映る表情のない自分の顔、露わになった手首に群がる痛々しい無数の傷が嫌でも目に入る。それを見てまた大きな溜息が出る。

 二十一時頃から二十三時三十分頃までは自由な時間とし、二十三時四十分には横になる。そのまま様々なことを考え、おもいを巡らせているうちに眠ってしまう。

「はあ…」

溜息と同時に目覚める六時十三分。

「はあ…」

また大きな溜息をつく、と同時にピッピッピと無機質な電子音が響く。その頭の痛くなるような音を止め支度を始める六時十五分。

 その繰り返しで日々の時間が流れていく。もういつのまにか僕の人生は十八年、この高校生活も三年目、最後の夏を迎えていた。


 そう、僕は高校三年生。世の高三生と呼ばれる人達は自分の人生を大きく変える受験の前でピリピリしているのだろう。しかし僕が通うこのS高校は大学附属。いわゆるエスカレーター方式で大学は保証されている。夢のない僕にとっては進路を考える必要もなくある意味正解の選択だったのだろう。そんな環境にいる僕自身も、僕の周りも誰一人としてピリピリしていない。幸か不幸か何も刺激のない平和な時間が流れている。


「はあ…」

二十一時二十三分。大きな溜息と同時につぶやく

「死にたい」

もう何度口にしたか分からない。本当に死にたいわけではない。ただそれが今の僕の気持ちに一番近い。それ以外に形容しようがない。

『生きる意味』『死にたい 理由』『自殺 方法』『自傷 ダメ 理由』『生きる希望』

そんな言葉で埋めつくされた検索履歴。

 また無意識にカッターを腕に当てている。

 流れる血を見て少しほほ笑む。僕も生きている。血は生暖かい。舐めると少し鉄のような味がする。そして痛い。

 僕はこの痛みがほしいんだ。痛みを感じることで今生きていることを確かめる。いっそのこと感情のないロボットのようになってしまえば楽なのだろうか。心を殺し、毎日同じ時間に同じことをして生きていく。そうしてみたいけど少し怖い。やり方も分からない。僕に己を殺す勇気はない。自分を偽り今を生きる。それが正しい「生き方」だろうか。殺せたら楽なのだろうか。せめてこんな僕でも生きている中で忘れそうになる人間らしさを、生きていることを忘れないようにするために、確かめるために痛みがほしい。これが僕が見つけた僕なりの「生きる方法」。死ぬ勇気もなければ死ぬことは許されない現代の臆病者が救われる唯一の方法。


「その傷、どうしたの」

「なにか悩みでもあるの」

 「ちょっと話し合おうか」

―うるさい。

「受験のプレッシャーは分かるけど…。自分を傷つけるのは良くないよ」

「話してみてよ。そうしたら楽になるからさ。ね?」

―黙れ。僕の気も知らないで。どいつもこいつもうっとしいんだよ。関わるな。無責任な優しさでこれ以上僕を傷付けるな。事務的な綺麗事なんていらないんだよ。

 ふとした瞬間に頭をよぎるこのやり取り、この感情。あの時何も言えなかった自分が嫌になる。昨日のことのように頭の中で再生されるのにもう三年も前のこととなる。忘れたくても忘れられない。

 あの頃の僕は悩みはほとんど無かった。皆は受験の悩みもあっただろう。本来僕も一つや二つは悩みを持っておくべきだったのだろうか。しかし僕はそんなことはなかった。受験への不安はない。夢もなくただぼーっと日々生活している。S高校の受験も僕の意思じゃない。周りからの勧めで決めただけだ。やりたいことが分からない僕にほかに考える材料がなかった。しかし元から僅かな友達さえも夢を語り、それの実現のために皆受験、塾勉強とどんどん僕から離れていく。自傷の傷を見られた時からは誰も僕に関わってこようとしなくなった。彼らを信じて打ち明けたのに信じただけ無駄だった。否定されて一人ぼっちになってしまった。学校の授業ではやりたくもない自習の時間が増えている。一人ぼっちの心で静かな場所。何も誰かに話せるような悩みはない。夢もない。そうなるとどうしても僕の生きる意味や希望について、また死について考えてしまう。何のために生きるのか、いやそもそも僕は今生きているのかさえ分からない。そんなことを考えれば考えるほどわけが分からなくなっていく。そんな僕を人は中二病だと言う。「死にたい」は一時の気の迷いだと言う。別にそれでも構わない。何とでも言えば良いさ。僕はただ生きている証がほしい。夢がほしい。そのおもいが僕の「死にたい」と自傷という行為となった。優しささえも嫌になる僕は最低だなあ。そうおもうから余計に自分が嫌になる。自傷にためらいがなくなっていく。

もう聞き飽きた

「そんなことないよ」。

どうせ僕なんて生きているだけ無駄なんだ。そう自暴自棄になってきた。人は決まって「そんなことないよ」と言うが、どう「そんなことがない」のか説明してくれよ。「生きる」絶望を知らない者の言葉など、僕の心に届くはずがない。とりあえず生きてはおくから僕にいつか納得のいく説明をしてくれよ。無責任なことは言わないでくれよ。これ以上一人ぼっちになりたくない。人任せ過ぎるか。変に高いプライドが口に出させてくれないが。

 僕は自傷を悪いこととは思わない。僕が「僕」でい続けるためには必要なことだから。しかし人はそれを否定する。傷を見せればあんなことを言う。僕が「死にたい」なんて言えば説教、悩み相談を持ちかける。必ず「止めろ」と言う。別に良いじゃないか。何も迷惑かけていないじゃないか。自己満足のための綺麗事に片付けるなよ。人を信用した僕が馬鹿だった。傷を見せた僕が馬鹿だった。そうおもってしまう。彼らは自分が僕の負担となり、僕を追い詰め、僕が「死にたい」と思う原因の一つとなっているとは知らないだろうな。夢にも思わないだろうな。まあ、僕は良くも悪くも人から期待されているのだろう。止めてくれよ。僕にはそんな期待になんて応えられない。完璧な人間なんていないってことくらい分かっているけど、僕は期待されると完璧を目指してしまう。完璧を求め続けると僕が壊れていってしまう。でも完璧でない自分なんて大嫌い。期待されればされるほど僕は自分が大嫌いになっていく。「死にたい」気持ちが大きくなる。

 さて、そんな事があり僕は傷を人から隠すようになった。どんなに暑い日でも汗が雨のように流れようとも長袖を着る。決して袖をまくらない。傷は絶対に見せない。たとえそれがどんなに奇妙に映ろうと、それが原因で嫌われることになろうともだ。あんな目に合うよりは何倍もマシだから。それでも「一人じゃない」と信じていたくて、否定されたくなくて、自傷は止めるべきなのかとも悩む。悩んだって仕方がない。僕に自傷は必要だから。止めたくても止められない。でも信じていたい「一人じゃない」。自分勝手なのは知っている。だから言葉には出来ない。それでも形にするため左手に青い時計をつけるようになった。時計ならば校則にも問題ないから。

 この頃から僕は人を信じるのが怖くなった。自分が信じろと言ったから信用したのに結局は裏切られる。ヒテイされる。僕の普通はどうやら「普通」ではないらしい。僕はヒテイされたくない。それでも信じてはいたい。分かっている。ヒテイされるのは仕方ないと。僕の本音が、心が矛盾していて笑えるな。こんな自分は殺したいほど大嫌い。

 正確には高校入学後、僕が傷を完璧に隠すようになってから一度だけ人に見られた。あれは忘れもしない三年前、一年生の七月十二日八時二十五分。いつものようにトイレで制服を緩め汗を拭っていた。この頃にはもうこの時間にこのトイレを使う生徒がいないことも分かっていた。故に警戒心が薄れてきてしまい事件が起きた。当時のクラスメイトAだ。彼がトイレに来た。あまりに突然で、全く予想していない偶然と不幸が重なった出来事だった。Aの視線は露わになった腕の無数の傷に釘付けで僕の焦りと絶望の表情など見えてすらいないようだ。そんなAを見ている僕も身体が固まって動かない。

「お前…そのき…」

沈黙を破ったのはAだった。Aの声で我に返った僕はその言葉を聞き終わる前に、いやその言葉を遮るように傷を隠し、彼に背を向けた。僕の背中は僅かに震えていた。

 しばらく、いや僕には長く感じたが実際はほんの二、三秒の静寂の後、Aが口を開いた

「ごめん。その、えっと…。じゃ」

Aは用も足さず逃げるように出て行った。その声から彼の動揺が汲み取れた。八時二十六分になる瞬間だった。

 その後、少し放心していた。が三十秒後、僕に恐怖に似た恐怖とは言い難い何とも形容出来ない感情が湧き出てきた。

「死にたい」

震えて声にならない声で、儚くか細い聞き取れないであろう声ではあったが僕の口からは自然と、でも確かにその言葉が出た。

―何か言われるのではないか。彼はこの傷に何をおもったのだろう。彼に次はどんな顔を向ければ良いんだ。ほかの人に今頃話しているのではないか。またあれを繰り返すのか。そんなの嫌だ。―

 次々と湧き上がる。あの頃の記憶が蘇る。八時二十七分。そろそろ教室へ戻らなくては。震える手で制服を正す。十分前のベタベタしたのとは違う冷たいさらさらした汗が背中を流れている。

 八時二十八分。トイレを出て教室に向かう。一歩を踏み出す。そのたびに確実に教室が近くなるのを、胸の鼓動が速まるのを感じながら。それでも時間がないから歩みは止められない。また一歩、また一歩と進んで行く。

 八時二十九分。ついに教室に着いた。教室の一番奥、自分の席へ向かう。横目で少しAを見たがAは僕の方を見ようともしない。不自然なくらいに目を背けている。いつものAとは何かが違うように感じた。いつもは気にならないクラスメイトの話し声や視線がとても気になる。

 十二時三十五分。四限目が終わり昼休み。義務感で食べる昼食は味がしない。正直、ただでさえ食べにくいのに周りの視線や話し声が気になってなかなか手が動かない。食べ切るまでにいつもの倍の時間がかかり、十二時五十五分となっていた。そこからいつも通り窓の外を眺めてぼーっとしていても気が休まらない。胸の鼓動は誰かに聞こえるのではないかと心配になるほど大きくて速かった。

 十五時二十分。終礼が終わる。いつもなら教室を一番に出るのは僕だ。しかしこの日、一番に教室を出たのはAだ。偶然と信じていたいAの珍しい行動に戸惑いつつも僕にはAを引き止める勇気はなく、僕も帰ることにした。正門から僕とは反対方向へ進むAの背中を何度も振り返り、見ながら。

その夜、また腕を切る。いつもは生きるためだから浅いが、この日初めて死ぬために腕を切った。この時の傷は今もくっきり痕になって残っている。簡単には死ねないな。

 あの日以来、Aは僕と目を合わせない。僕を避けるようになった。クラスの中心的な存在で誰とでも仲良く出来るAにさえ避けられるようになってしまった僕はクラスの輪からは離れてしまったがそれはそれで良い。そこまで人と群れたいとは思わないから。


「はあ…」

また溜息をつく。こんなことを思い出しているうちにすっかりと血は乾いてしまっている二十一時四十分。痛みもほとんど引いている。傷を洗い簡単に消毒をする。床に落ちた血をふき取り、血のついたティッシュは誰にもばれないように色のついた袋に入れておく二十一時四十五分。誰かにばれると面倒だから隠すけど本当は隠す意味さえ分からない。

 ふと見てみると机の隅で携帯が光っている。あわてて見たが、迷惑メールが来ていただけだ。

「はあ…」

溜息と同時に携帯をしまう二十一時五十分。溜息をつくと幸せが逃げていくとよく言うが、僕は逃げてほしくないような幸せを知らないからそんな言葉で僕の溜息は止められない。

 終わっていない課題に手を付ける。そんなに難しいわけではない。しかしやる気がどうも出なくて手がなかなか進まない。溜息ばかりが生産される。

 二十二時二十分。何とか課題を終わらせる。溜息ばかりの生産で効率が悪いことが分かっているからこそ達成感は欠片もない。明日の用意をしていると明日を生きる自信もないくせに明日のことを考えている自分に向けて自然と涙が零れる。無理に笑おうとするとやはり不自然になる。何故涙が出るのか、何故上手く笑えないのか僕にも分からない。分かったところでどうってことでもないが。それでも知りたいような知るのが怖いような、そんな自分が何故かかなしくて、悔しくて意味もなく、理由も分からないまま泣きたくなる二十二時三十三分。

 湧き上がる感情「死にたい」の正体が知りたくて、僕の心に説明をつけたくて携帯を出す二十二時四十五分。科学の発達とはすごいもので最近の携帯―スマートフォンーはメールや電話はもちろん、インターネットにも繋がるので調べ物やゲーム、現在地さえ分かってしまう。それが今日の犯罪にも利用されているので賛否両論あるだろう。もっとも、僕はゲームはしないし、友達もいないためメールも電話も滅多に来ない。たまに来るのは迷惑メールや間違い電話ばかりだ。そんな僕もインターネットは大いに活用している。「困ったらインターネット」今の若者の悪い癖とは思いながらも調べずにはいられない。

 また検索する『死にたい 理由』。

 何度検索しようと変わらない。もう見慣れたこの画面。トップページは「こころの電話」続いて自殺防止団体のサイト。うつ病のことや精神科の病院。死んではいけないと諭しているようなブログ。「死にたくなったら読む名言」など「死んではいけない。生きろ」と主張するサイトが並ぶ。僕はそんな言葉ほしくない。

『生きる 意味』『死 意味』『生きる 理由』『生きる 希望 ない』『人生 終了』どんな言葉で検索しても変わらない。上から下まで「死んではいけない。生きろ」と主張するサイトが並ぶ。

「はあ…」

僕がほしいのはそういうものじゃない。彼らの主張には納得できない。溜息と同時に目を画面から外す。自然と腕に目がいく。

『自傷 意味』『自傷 ダメ 理由』

再び画面に文字を打つ。これも同じ。上から下まで僕には納得できない理由で自傷を止める。僕はこんなのほしくない。

 どんな言葉で検索しても僕の求めている答えは出てこない。僕の感情なんて分からない。そんなこととっくに分かっている。四年間、幾度となく検索しているのだから。それでも調べないではいられない。どうしても答えが、説明がほしい。そんなおもいは叶わず二十三時二十八分、今夜も答えが出ないまま携帯をしまう。

「はあ…」

二十三時四十分。横になり溜息をつく。毎日毎日変わりばえのない日々。僕はこのままで良いのだろうか。変化はほしいが行動を起こす勇気はない。このまま明日、目覚めなければ良いのにな。

「はあ…」

溜息と同時に目覚める六時十三分。

「はあ…」

また大きな溜息をつく、と同時にピッピッピと無機質な電子音が響く。その頭の痛くなるような音を止め支度を始める六時十五分。

 昨日が過去となりまた新しい一日が始まる。しかし何も変わらない。毎日毎日同じことの繰り返し。

 傷が治り、新たな傷ができ、また治る。もう痕となって消えなくなった。手首に白い筋が増えていく。だんだん治るのも遅くなってきた。でも止めようとは思わない。僕が生きている証だから。僕が「僕」でい続けるためには必要なことだから。


 時は流れ風が冷たくなってきて、長袖の人が増えてきた。ほとんど出なくなった。毎日毎日同じことの繰り返し。

「はあ…」

二十一時二十三分。大きな溜息と同時につぶやく

「死にたい」

もう何度口にしたか分からない。本当に死にたいわけではない。それでも口から出てしまう。この虚無感が僕にそう言わせている。本音であって本音でない。そう表現するしかないこの気持ち、分かる人はいるのだろうか。

『生きる意味』『死にたい 理由』『自殺 方法』『自傷 ダメ 理由』『生きる希望』そんな言葉で埋めつくされた検索履歴。

 また無意識にカッターを腕に当てている。

 流れる血を見て少しほほ笑む。僕も生きている。血は生暖かい。舐めると少し鉄のような味がする。そして痛い。

 僕はこの痛みがほしいんだ。痛みを感じることで今生きていることを確かめる。感情のないロボットのように毎日同じ時間に同じことをして生きている中で忘れそうになる人間らしさを、生きていることを忘れないようにするために。

 傷が治り、新たな傷ができ、また治る。もう痕となって消えなくなった。手首に白い筋が増えていく。だんだん治るのも遅くなってきた。でも止めようとは思わない。僕が生きている証だから。「僕」が「僕」でい続ける「僕」のためだから。大嫌いな自分を大切になんて出来るわけない。


 徒に時は流れ、吐く息が白くなり霜柱が立っている。嫌になるほど毎日同じことの繰り返し。

「はあ…」

また溜息をつく。いつのまにかすっかりと血は乾いてしまっている二十二時四十分。痛みもほとんど引いている。傷を洗い簡単に消毒をする。床に落ちた血をふき取り、血のついたティッシュは誰にもばれないように色のついた袋に入れておく。また捨てなくちゃいけないくらい中身がいっぱいになっていた。誰かにばれると面倒だから隠すけど本当は隠す意味さえ分からない。

「はあ…」

溜息と同時に終わっていない課題に手を付ける。そんなに難しいわけではない。しかしやる気がどうも出なくて手がなかなか進まない。溜息ばかりが生産される。溜息をつくと幸せが逃げていくとよく言うが、僕は逃げてほしくないような幸せを知らないからそんな言葉で僕の溜息は止められない。

 二十二時二十分。何とか課題を終わらせる。溜息ばかりの生産で効率が悪いことが分かっているからこそ達成感は欠片もない。明日の用意をしていると明日を生きる自信もないくせに明日のことを考えている自分に向けて自然と涙が零れる。無理に笑おうとするとやはり不自然になる。何故涙が出るのか、何故上手く笑えないのか僕にも分からない。分かったところでどうってことでもないが。それでも知りたいような知るのが怖いような、そんな自分が何故かかなしくて、悔しくて意味もなく、理由も分からないまま泣きたくなる二十二時三十三分。

 湧き上がる感情「死にたい」の正体が知りたくて、僕の心に説明をつけたくて携帯を出す二十二時四十五分。

 また検索する『死にたい 理由』。

 何度検索しようと変わらない。もう見慣れたこの画面。トップページは「こころの電話」続いて自殺防止団体のサイト。うつ病のことや精神科の病院。死んではいけないと諭しているようなブログ。「死にたくなったら読む名言」など「死んではいけない。生きろ」と主張するサイトが並ぶ。僕はそんな言葉ほしくない。

『生きる 意味』『死 意味』『生きる 理由』『生きる 希望 ない』『人生 終了』どんな言葉で検索しても変わらない。上から下まで「死んではいけない。生きろ」と主張するサイトが並ぶ。

「はあ…」

僕がほしいのはそういうものじゃない。彼らの主張には納得できない。溜息と同時に目を画面から外す。自然と腕に目がいく。

『自傷 意味』『自傷 ダメ 理由』

再び画面に文字を打つ。これも同じ。上から下まで僕には納得できない理由で自傷を止める。僕はこんなのほしくない。

 どんな言葉で検索しても僕の求めている答えは出てこない。僕の感情なんて分からない。そんなこととっくに分かっている。四年間、幾度となく検索しているのだから。それでも調べないではいられない。


 『自殺 方法』

幾度となく繰り返した検索。見慣れないページが目に留まる「期待はしない」と自分に言い聞かせながらも内心期待して読んでみる。また傷つくだけかもしれない恐怖よりも好奇心が、わずかな希望を信じていたい僕の心が勝っていた。

 ―死んではダメ。自傷はダメ。じゃあどうやって生きていけば良いのか、そんな君に。結論から言うと死にたくなったら死んでも良いんだよー

 そんな言葉から始まる文章。初めて死にたい気持ち、自傷を止めずに「死にたい」は「生きたい」の裏返しと主張している文章だ。

 これだ。これが僕がほしかった言葉。僕が求めていた答え。僕は僕の勝手にして良いんだと教えてくれた。

 何度も何度も繰り返し読み気が付けば二十三時四十八分。携帯をしまい横になる。毎日毎日変わりばえのない日々。僕はこのままで良いのだろうか。良いんだよ。死にたくなったら死んだって。それも一つの選択肢。このまま目覚めなければ良いのにな。

「はあ…」

溜息と同時に目覚める六時十三分。

「はあ…」

また大きな溜息をつく、と同時にピッピッピと無機質な電子音が響く。その頭の痛くなるような音を止め支度を始める六時十五分。

 鏡に映る自分を見てまた溜息をつく。笑い方を忘れたような無表情だが少し顔色が良い気がする。視界が明るいだけだろうか。相変わらず光のない目で笑おうとするとやはり不自然となるのは変わらないが。

 家族の食べた朝食の匂いだけで胸やけがする六時三十分。「ちゃんと朝食を摂りなさい」の声を無視する。今の僕に何かを食べることなど出来るわけがない。水を飲むことすら辛いのだから。かつてしっかり食べられていた時が嘘みたいだ。

 赤のネクタイが目立つ制服を身に纏い左手に青い時計と母の黒のヘアゴムをつけて家を出る六時四十五分。相変わらず光のない顔に赤と青は似合わない。昨日までためらっていたはずの黒のヘアゴムが何故か誇らしい。

 K電鉄U線O駅に六時五十二分。二番ホームから六時五十八分発の電車に乗る。

 U線終点C駅に七時二十八分。そこで三番ホームから六番ホームへ移動。N線に乗り換える。N線は少し混んでいて座れっこない。短時間だから構わないが出来れば座りたいものだ。

 七時三十七分。C駅から一つ、S駅で降りる。そこから南東、H電鉄Y線Y駅へ向かう。

 七時四十二分、Y駅に着き、一番ホーム七時四十八分発の電車で四つ、T駅に八時六分。階段を上がり改札を出る。

 駅から出ると車や横断歩道、人の声など様々な音が混ざり合う。八時八分に信号が変わり人の波が動き出す。僕もその中に混じって南へ向かう。学校へは少し人気のない、いや目立つ赤のネクタイの生徒しか通らない道を通る。

「おはようございまあす」

後ろからもう関わりがなくなったはずの後輩Mの声がする八時十分。

「おはよ」

僕の無愛想だがいつもより大きい気がする声が彼女に届いているかは分からないが、彼女は僕を追い抜き前の方にいる友達の方へ駆けていく。無口だったⅯがこんなに変わるとは思っていなかった。僕もあれくらい変わりたかった。友達をたくさん作りたかった。卒業を目前に控えてそんなおもいが、後悔が初めて生まれる。高校生活の最初で最後の希望かもしれない。もう叶わないが。少しMが羨ましく思えるな。涙で滲んできたがⅯの跳ねるポニーテールが楽しそうだ。

 八時十八分。校門をくぐる。

 八時二十三分。着席して八時三十分の朝礼を待つ。

 八時四十五分から授業が始まる。

 十二時三十五分に四限目が終わり昼休み。義務感で食べる昼食は味がしない。それでも無理に胃に流し込む。それが終わっても何かをするのではなくただぼーっと窓の外を眺めている。それくらいしか出来ることがない。何をする気にもなれない。たった一人で世界で時間が過ぎるのを待っている。クラスメイトの笑い声が楽しそうだ。僕の息で暖められて窓ガラスが少し曇る。

 十三時二十分に昼休みが終わりまた授業。いっそのことずっと授業で休み時間がない方が楽なのではないかとさえ思ってしまう。

 十五時十分に六限目が終わる。

 十五時二十分まで終礼。部活をしていない僕は家へと帰る。学校で自習などをするべきなのだろうが、学校に留まっていたくない。友達を待ったりもしないからいつも一番に教室を出て、いつも一番に駅に着く。

 家に着くのは十六時五十七分。少しだけ勉強をするが全く身が入らない。

 十九時頃に両親が帰宅する。

 十九時三十分頃から家族そろっての夕食。一時のことを思えば会話は減り、食欲はかなり落ちている。形だけ無理に胃へと味のしない食べ物を詰め込む。

 二十時十五分頃から風呂に入る。そこでは鏡に映る表情のない自分の顔、露わになった手首に群がる痛々しい無数の傷が嫌でも目に入る。それを見てまた大きな溜息が出る。

「はあ…」

 二十一時二十三分。大きな溜息と同時につぶやく

「死にたい」

もう何度口にしたか分からない。本当に死にたいわけではない。ただそれが今の僕の気持ちに一番近い。それ以外に形容しようがない。

 また無意識にカッターを腕に当てている。

 流れる血を見て少しほほ笑む。僕は生きている。血は生暖かい。舐めると少し鉄のような味がする。そして痛い。

 僕はこの痛みがほしいんだ。痛みを感じることで今生きていることを確かめる。いっそのこと感情のないロボットのようになってしまえば楽なのだろうか。心を殺し、毎日同じ時間に同じことをして生きていく。そうしてみたいけど少し怖い。やり方も分からない。僕は現代の臆病者。自分を殺す勇気などない。正しい「生き方」なんて分からない。そんな中で忘れそうになる人間らしさを、生きていることを忘れないようにするために傷つける。僕が「僕」でい続けるためには必要だから。

「死にたい」は「生きたい」の裏返し。死にたくなったらいつでも死んで良いんだよ。

「はあ…」

また溜息をつく。いつのまにかすっかりと血は乾いてしまっている二十一時三十分。痛みもほとんど引いている。傷を洗い簡単に消毒をする。自然と溢れた涙と床に落ちた血をふき取り、血と涙で汚れたティッシュは誰にもばれないように色のついた袋に入れておく二十一時四十五分。本当は隠す意味なんてないけれど、面倒だから、もう繰り返したくないから隠しておく。

 机の隅で携帯が光っている。あわてて見たが、迷惑メールが来ていただけだ。いまだに来るはずのない旧友からの連絡を待っているだなんて笑えるな。

「はあ…」

溜息と同時に携帯をしまう二十一時五十分。溜息をつくと幸せが逃げていくとよく言うが僕は逃げてほしくないような幸せを知らないからそんな言葉で僕の溜息は止められない。

 終わっていない課題に手を付ける。そんなに難しいわけではない。しかしやる気がどうも出なくて手がなかなか進まない。溜息ばかりが生産される。

 二十二時二十分。何とか課題を終わらせる。溜息ばかりの生産で効率が悪いことが分かっているからこそ達成感など欠片もない。明日の用意をしていると明日を生きる自信もないくせに明日のことを考えている自分に向けて自然と涙が零れる。無理に笑おうとするとやはり不自然になる。何故涙が出るのか、何故上手く笑えないのか僕にも分からない。分かったところでどうってことでもないが。それでも知りたいような知るのが怖いような、そんな自分が何故かかなしくて、悔しくて意味もなく、理由も分からないまま泣きたくなる二十二時三十三分。

 湧き上がる感情「死にたい」の正体が知りたくて、僕の心に説明をつけたくて、あの言葉をもう一度読みたくて携帯を出す二十二時四十五分。

 四年間、幾度となく検索した『自殺 方法』

 もう見慣れたこの画面。ただ一つ、僕を救ったまだ見新しいページを迷わず開く。

 ―死んではダメ。自傷はダメ。じゃあどうやって生きていけば良いのか、そんな君に。結論から言うと死にたくなったら死ねば良い。切りたくなったら切っても良いんだよー

 そんな言葉から始まる文章。何度も何度も繰り返す。「死にたい」は「生きたい」の裏返し。読めば読むほどに湧き上がる感情「生きたい」。こんな感情初めてだ。

 気が付けば二十三時二十八分。携帯をしまい、零れた涙を拭いながら自然とほほ笑む。

「はあ…」

二十三時四十分。横になり溜息をつく。毎日毎日変わりばえのない日々。僕はこのままで良いのだろうか。良いんだよ。死にたくなったら死んだって。それも一つの選択肢。溜息で逃げていってほしくないほどの幸せを知ってみたいような気もするけれど、このまま目覚めなければ良いのにな。

「はあ…」

溜息と同時に目覚める六時十三分。

「はあ…」

また大きな溜息をつく、と同時にピッピッピと無機質な電子音が響く。その頭の痛くなるような音を止め支度を始める六時十五分。

 その繰り返しで日々の時間が流れていく。

 傷が治り、新たな傷ができ、また治る。もう痕となって消えなくなった。手首に白い筋が増えていく。だんだん治るのも遅くなってきた。でも止めようとは思わない。僕が「僕」でい続けるためには必要なことだから。止めようとしても止められない。僕が生きている証だから。

 僕の勝手を許してほしい。ただそのおもいだけでこっそりと母から黒のヘアゴムを一本貰う。髪をくくれるはずのない短髪の僕がヘアゴムを持つなど奇妙に映るだろう。別にそれでも構わない。僕は僕の勝手にする。お願いだから否定しないで。これが僕の「生きる方法」だから。自傷なしで生きるなんて出来ないから。

 本当に死にたくなったら死んでも良い。それも一つの選択肢。でも僕の「死にたい」はまだ「生きたい」の裏返し。もう少しだけ生きてみよう。

 また無意識にカッターを腕に当てている。

 毎日毎日嫌になるほど同じことの繰り返し。それでも僕は一人じゃない。今日も左手に青い時計と黒のヘアゴムをつけておく。

こんな僕は変ですか。ヒテイされなきゃダメですか。ヒテイされたくないとおもっても良いですか。普通って何ですか。僕の普通は「普通」とは違いますか。僕は「僕」でいても良いですか。心を守って良いですか。僕の幸せを信じても良いですか。辛いことから逃げて、幸せになっても良いですか。もう苦しみたくない。僕の勝手にして良いですか。こんな僕でも許されますか。きっと良いよね。だって僕は「僕」だから。これは僕の人生だから。生きているだけで偉いよね。生きているだけで頑張っているんだから。生きているだけで満点だよね。

 誰か僕のヒテイに気付いてほしいけど別に気付かれなくても構わない。青い時計をしている僕は一人じゃない。そう思えるようになったから。黒のヘアゴムをつける僕は「僕」の勝手にする。生きるための自傷を止める気はない。僕はこの左手に誓う。僕は「僕」をヒテイしない。誰もヒテイしないしさせないと。

 またつぶやく

「死にたい」

 毎日毎日同じことの繰り返し。


 もう少しで僕の高校生活は終わる。こんな僕でも未来の希望は捨てなくても良いのかな。同じ事の繰り返しではなくなっても「死にたい」は、自傷は消えないのだろうな。でもそれで構わない。僕は僕の傷を受け入れる。僕は僕自身もヒテイしない。僕はもう一人じゃない。僕は「僕」だ。僕の「生き方」だ。

もっと早く知りたかったこの言葉。でも今知れて良かった。僕は生きる。死にたいけど生きる。矛盾しているのは分かっている。僕が死にたいのは変わらない。でも生きたいんだ。矛盾を抱えて生きるなんて怒られてしまうかな。こんな自分が大嫌いだけど愛おしい。こんな僕でも許されますか。生きていても良いですか。

 僕の「生き方」はヒテイされるだろう。ヒテイしたければすれば良いさ。僕は僕が大嫌いだけど僕を大切にしてやりたい。そう思えるようになった。「生きたい」って感情が芽生えた。この芽を大きく育てたい。だから僕は「僕」でいる。これから無理をしない生き方を学べば良いさ。

 夢はないし、表情はまだ戻らない。でも焦らずゆっくり探していきたい。空っぽでやみしかなかった僕に一筋の希望の光が見えたのだから。この光は消したくない。こんな僕に誰か無理をしない生き方を教えてください。僕一人では見つけられないから。現代の臆病者のわがままにもう少しだけ付き合ってください。

 僕はどこまでもわがままだなあ。こんな僕は嫌いだけど、嫌いじゃないな。これが僕の物差し。僕の世界。


 青いブレスレットと黒いブレスレットがほしいな。学校の休みの日や卒業後に左手につけられるように。


 ―死にたくなったら死んでも良いんだよーその言葉が僕を救った。死ぬのではなく生きる勇気を僕にくれた。


 「はあ…」

溜息と同時に目覚める六時十三分。また目覚めてしまったや。そうだよね。簡単には死ねないか。また新しい一日の始まりか。

 「はあ…」

また大きな溜息をつく。

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