表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
取材奇譚  作者: 西澤 創
1.導入
1/1

常連の特典

初投稿です。

拙筆ですが、お付き合いいただけると幸いです。

投稿ペースは未定です。

 月と聞いて何を思い浮かべるだろう。

 大きさ、形、色といった見た目を形容するだろうか。

 愛を伝える言葉に例えるだろうか。

 その在り方に畏怖を抱くのだろうか。


 ラテン語で"luna"と表記され、"狂気"の語源にもなっているそれが、過去にどのような認識を持たれていたか何となく理解できる。

 周期的な月の満ち欠けに何を思ったのか、突如として赤い月が昇ったことを不吉の前兆と感じたのか、今となっては理由を知ることはできないだろうが、変わらず昇る太陽よりは衝撃的であったに違いない。

 太陽を意味する"sol"を語源とする単語には、太陽や日光に関する単語ばかりで、月と太陽は必ずしも同列で語られるものではなかったのではないかと考察できる。

 星座にしてもロマンチックだと一言で表すには奥が深い。

 占星術でも有名な黄道十二星座は、古代メソポタミアには作られていたと言うし、星座にまつわる神話にはギリシャ神話も含まれている。

 とある文豪は愛を伝える異国語を、月が綺麗ですね、と意訳したと伝えられているし、航海術としても、天体の位置を把握することは現在地や方角を知る術となる。 


「と、脱線したなぁ……冷めてる」


 ペンから手を離し、休憩とばかりにコーヒーを啜る。

 次の小説を書くにあたってネタ出しをしていたはずが、思考に没頭していたようだ。メモ帳に視線を落とすと、思考していた後半の内容が全く書かれていない。

 冷めてしまって美味しくなくなったコーヒーを飲み干し、次の注文を考える。


「カフェインばかり摂るのもまずいし……そろそろ昼食にしてもいい時間か」


 時計を見ると短針が十一を通り過ぎ、長針が八に迫ろうとしている。


「マスター!注文いいかな?」


 頼むものは決まったと、少し離れたカウンターの奥にいる喫茶店のマスターに声を掛ける。

 彼が頷くのを確認してから注文を声にだした。


「Aランチをドリンクなしで」


 この喫茶店では食べ物のメニューが少ない。あまり多くても大変だろうが。

 モーニングは一種類で毎日同じもので、ランチはAとBの二種類。他には通常メニューに何も載っていない。カウンターに置かれているブラックボードに当日出せるものが二品ほど書かれているくらいだ。

 テーブルの上を占拠していた筆記具やメモ帳、資料をカバンに仕舞い席を立ち、カウンターへ向かう。ランチはカウンターで、と決めているためだ。

 カウンター席に座り、セルフサービスの水を飲みながら店内を眺める。


「休日の割に人がいない……というかいつも客がいないような?静かでいいけど」


 今の店内にいる客は自分だけだ。

 マスターが調理する音が心地良い。


「おまたせしました。Aランチです」

「いただきます」


 Aランチはパン系、Bランチはパスタ系と決まっているが、詳しい内容までは店内のどこにも出されていない。ただ、食べれない物がある場合は注文時に自己申告するように、とメニューに書いてある。

 今日のAランチはたまご、厚切りのハム、ツナ、野菜の四種類のサンドイッチのようだ。

 無言で手にとって食べる。美味しいものを口にしたときには思わず感想が出ることはあるが、食事の間は食事に集中するのが礼儀だと思っている。ただし、誰かと食事に来ているのであれば別である。

 黙々とサンドイッチを食べていき、食べ終わりに水を一口飲み、食事終わりの挨拶はせずに手だけ合わせる。


「マスター、ごちそうさま」

「おそまつさま。こちら食後のコーヒーです」


 カフェインを控えようと思っていたのにコーヒーが来てしまった。

 次は注文するときに断っておこうと心に決めつつ、ふと気になったことを聞いてみることにした。


「マスターはさ、注文を取る時と持ってくる時、会計のときは丁寧語なのに会話となると少し砕けた言葉遣いになるね」

「前にも他の常連の子に同じこと言われたよ」

「無意識?」

「接客のほうは意識して丁寧にしてる。会話まで丁寧語を使うと話しづらいだろう?」

「そうかも」


 ランチのときにカウンターへ移動するのは、ランチ後にこうやって会話をするためだ。それだけで気分転換になるし、面白い話が聞ければネタにすることもできる。もちろん、本人に許可をもらっての話になるが。


「ん?他の常連?」

「そ、"他の"常連。君も立派な常連だろう?」


 先程のやり取りで引っかかった言葉を口にすると、嬉しい言葉が返ってきた。

 常連、それは甘美な響きである。憧れを抱いていたと言ってもいい。

 常連を自称するのと、店側の人間から常連と認識されるのでは天と地ほどの差がある。


「そんなにうれしいことかい?」

「かなり」


 顔がにやけているのがわかる。このままだらしない顔でいるのも恥ずかしいので、両手で頬を揉むようにしてごまかす。


「では、そんな常連さんに質問だけど」

「なんでしょう?」


 名前を聞かれるのかな、と期待した。勝手な思い込みだが、常連とは名前で呼ばれてこそだというものがあったからだ。

 だが、続く言葉に期待は裏切られることになる。


「探偵の真似事に興味はあるかい?」

「……へ?」


その返事は相当間抜けだったと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ