独り
必死に手を伸ばした。
届いて欲しかったはずなのに。
届かない。
あと一歩なのに。
貴方に触れられない。
「庵ッ!」
今は時間が嫌に緩やかに感じた。
酷く真っ白で、白か黒しか分からない。
まるでモノクロの世界にはまってしまったんではないかと想った。
精一杯伸ばした手は、服を掠っただけで、身体には触れられなかった。
そして、地面に崩れ落ちた。
庵は酷く息苦しそうに、だがそれでも笑った。
「瑛・・泣かないで・・任務・・だっ・・たから・・・ね?」
庵は任務から帰ってきたばかりだ。
瑛はただ、庵の帰りを待っていたのだ。
自然に、涙は堰を切ったようにぼろぼろと零れだした。
「ごめっ・・すぐ・・止まる・・っ・からっ」
庵の大きな手は瑛が一番大好きなものだった。
その手が瑛を撫でている。
瑛は、必死で涙を止めようとしたが叶わなかった。
逆にあふれ出してしまう。
「泣き・・虫・・だね・・瑛・・は・・・」
庵はくすっと苦笑していた。
それでも構わなかった。
しかし、庵は少しずつ衰えて、酷く冷たくなっていく。
瑛は怖かった。
「瑛・・・」
「何?庵」
「私が死んだ後、瑛・・・宜しくね?・・・・」
「庵?・・庵?」
庵はとても安らかに目を閉じ、死んでいた。
手は酷く冷たい。
何とも言いがたい絶望や哀しみばかりが頭を過ぎる。
涙は出なかった。
止まってしまった。
無言で、頬を拭い、笑った。
「お休み・・・庵・・・・」
ただ虚ろな目は、庵を映してから、庵の身体をその場所に埋めた。
瑛は走る。
獣の如く、前を見据えて。
瑛は斬る。
庵の残した大切のものを抱えながら。
だが、その背中は孤独だった。
たった独り。
戦場にただ独り。