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勇者の日常

作者: 瀬口恭介

 彼、ニトは生まれて此の方街から出たことがない。

 箱入り息子なのか? という疑問も生まれるだろうが、ニトの家は一般家庭だ。

 そう、単純に引きこもりなのだ。

 実家に住んでいるのでお金の心配もない。


 ニトはまだ18歳、働く先はいくらでもある。

 しかしニトは働かなかった。

 お店の手伝いや、掃除の仕事などを試したことがあったが、長くて三日もったくらいである。


 そんな彼は今、勇者選抜の会場で立ち尽くしていた。


「どうしてこうなった」


 それは遡ること一日前。


* * *


 今日も今日とて惰眠を貪るニトを、母は心配していた。

 この子は親がいなくなったらどうするのだろう。

 そう思った親は父親に母親、ニトの三人で家族会議を始めた。


「働け」

「やだ」


 直球勝負を申し込んできた父親にニトは敬遠で答えた。

 すると父親はとんでもないことを言い出した。


「明日お城で勇者選抜が行われると聞いた、そこに行って勇者になるんだ」

「はぁ? 俺が? なれる訳ねぇだろ」

「確かに俺もお前は勇者になれないと思っている、だがな、可能性はある」

「勇者選抜に可能性もクソもあるか」


* * *


 だいぶ省いたが、ニトはこんな感じで強引に勇者選抜に参加することになったのだ、可哀想に。

 そしてニトは今、城の中庭に集められた有力者たちと一緒に王様を待っている。


「勇者って、どうやって決めるんだ」


 ニトはそう呟く、この男は一般常識を何も知らない。

 街から出たことがないのに勇者になろうとすること自体おかしいだろう。


 ニトが立ち尽くしていると、王国兵士たちが中庭に集まった人達になにやら紙のようなものを配りだした。


「どうぞ」

「あ、どうも」


 ニトも流れで受け取る。

 ふたつ折りになった紙を見てみると、文字が書かれていた。


『まだ開けないでね』


「え、なにこれ」


 困惑していると、わああぁぁぁ!! っと歓声が鳴り響いた。

 どうやら王様が出てきたようだ。


「こほん、えー、王だ」

「だろうな」

「えー、みんな、紙は持ったな? じゃあカウントダウンで開けろよ? ごー!」


 ニトさらに困惑。

 この国ではこのくらいのノリが普通だから慣れようね。


 よーん、さーん、と周りの人たちも大声でカウントダウンをしている。


「にいいい! いいいいいち! 開けろォ!」


 集められた人たちは一斉に紙を開ける。

 お城に似つかわしくないべりっという音が鳴り、静寂に包まれる。


 ニトはわけもわからずその光景を見守っていた。


「ちくしょう……あ、どうした、お前も開けろよ」


 隣にいた金髪の男の手にはハズレと書かれた紙が握られている。


「勇者ってこうやって決めるの!?」


 まあどうせ自分も外れているだろうと考えたニトは、バリッと紙を開いた。


『あたり』


 物語の展開的にあたるのは確実なのに。


「なんでさ!」

「おい……おいおいおいすげぇじゃねぇか! 勇者の誕生だァァ!」

「おいやめろ目立たせるな!」


 騒いでいることに気づいた兵士が、ニトに近づいてくる。


「君が勇者だね?」

「ち、違います」

「来なさい」


 兵士はニトの腕をつかみ、強引に城の中へ引きずっていく。

 反抗するも、クソニートなので力が足りない。


「暴力反対! お巡りさん助けて!」

「そいつお巡りさんだぞ」

「いやあああああああああああああああ!」


 名前も知らない金髪の男に裏切られたニトは、抵抗するのをやめ、大人しく兵士について行くのだった。


* * *


 ニトが連れていかれた場所は、なんと玉座の目の前だった。

 ニトの背後には兵士が二人槍を持ってスタンバイしている。

 断ったら殺すぜって空気だ。


「ふむ、君が選ばれし勇者か」

「この決め方よくないと思います」

「歓迎しよう、私が王様のキングだ」

「そのまんまの名前ですね、話聞いてください」


 王様にはきっとニトが喜んでいるように見えるのだろう、話が噛み合っていない。

 まるでいうセリフが決まっているNPCのようだ。


「勇者、というものは魔王を倒すための存在だ」

「あくまでもこっちは無視するのか」

「だがな、私はもっと自由でいいと思ったのだよ。君には自由に冒険をしてもらって、時間をかけて魔王を倒してくれればそれでいい」

「魔王は倒さなきゃダメなのね」

「私からの贈り物だ、これを受け取ったらもう自由に行動していいからな」


 王様は玉座の横に置いてあった宝箱をニトの目の前に置いた。

 ニトは恐る恐る宝箱を開ける。


「ひのきのぼうと、50G、勇者の腕輪だ」

「なめとんのか」

「この勇者の腕輪だがな、とても凄いんだ、つけてみたまえ」

「自由じゃなかったのか」


 ニトは言いながら腕輪をつける。

 ……? 特に何も変わらないような気がするが。


「どうだ、これが腕輪の効果だ」


 王様が喋り出した瞬間、王様の頭上に青い半透明のウィンドウが現れた。

 そしてそのウィンドウには王様の発した言葉と同じ文字が書かれている。

 要するにゲーム画面だ、RPGでよくある機能がニトの身体に内蔵されたのだ。


「なんじゃそりゃ!」


 ニトの視界の端に

『所持金:50G』

 と書かれている、ニトはやっぱり50Gしか貰ってないのだ。

 哀れニト、強く生きろ。


「お前は誰なんだよ! 強く生きろ? やかましいわ!」

「そういえば腕輪をつけると神様の声が聞こえると聞いたことがある、私には聞こえなかったがな」

「え、神? この声神なの? 腕輪つけたあたりからナレーションしてるやつが神なの?」


 神だよ。

 あとその腕輪は勇者がつけると外れないから気をつけてね。


「俺は勇者じゃねぇよ!?」


 あの紙を受け取った時点で勇者なんだよ、諦めて事実を受け入れろ。

 戦場で死に晒せ。


「急に辛辣になりましたね!?」


 あとさっき受け取ったひのきのぼうと50Gがなくなってると思うけど、君のストレージに入っただけだから心配しないでね。

 念じれば出てくるから。


「それだけ便利だなおい」


 あとこれから先君が何度も事件に巻き込まれると思う、がんばれニート、負けるなニート。


「うるせぇ! 伸ばしたら無職みたいじゃねぇか! 事件って、どうせ悪の大魔王と戦ったり俺の勇者の力が覚醒したりするんだろ!?」


 たぶんこれ書いてる人はそんな展開は書かないと思うよ。

それに、これを見ている人もそんな展開は望んでないよ。

 もっとこう、ふわっとした日常が続くよ。


「誰だよ書いてる人、てか見られてんのかよ誰だよ見てる人。そして展開は決まってるのかよ」

「ふむ、一人で叫ばれると迷惑だな、城の外に連れて行け」

「はっ!」

「嫌だ! やめろォ! 死にたくない! 死にたくなーい!」


 まるで麻雀で負けた時のような叫び声だ。

 採血しましょうね。


「さあ行け勇者よ! この世の平和のために!」


 そうだ! 行くのだ勇者ニートよ! 剣を持ち、鎧を着て王国の奴隷となれ!


「嫌だァァァーーー!」


 こうしてニトの冒険が始まった。


「始まらねぇよ!」


 始まらなかった。

〜完〜

なにこれ

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― 新着の感想 ―
[良い点]  メタい。でもそれがいい。ギャグは配分が難しいのにきれいにまとまってると思います。やりますねぇ。  でも、長編になったら読みたくはないかな(誉め言葉)  短編だからこその面白さですね。
2018/02/12 23:07 退会済み
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