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家族

よそはよそ、うちはうち

作者: 白藤結

 きゃー、という可愛らしい完成が聞こえて、私はそちらを見る。私の住むマンションの近所にある公園で、小さな子供たちが滑り台に登ったり、ブランコを漕いだりしていた。

 その愛らしい姿に、自然と笑みが零れる。子供は可愛い。欲しいな、という気持ちが湧くが、私はそれを押し込んだ。

 子供はいらない。そう言い聞かせる。




 私は愛を知らない子供だった。私の家族は、ごっこ遊びだった。

 夫のことは好きだ。愛してる。けれど私は家族の愛し方を知らないから、子供をちゃんと愛せるのかは分からなかった。

 だから子供はいらない。我が子を愛せなくて、悲しませたくないから。






「あら、お久しぶりですね」


「お久しぶりです」


 ベンチで座って娘を見守っていると、同じマンションに住む奥さんが、息子を連れてやって来た。彼女は息子に「遊んでいらっしゃい」と声をかけて、私の隣に立つ。彼は公園の中へ一目散に駆けていった。

 子供たちが遊具で遊び、親たちがそれを見守る。


「今日はどちらへ?」


 奥さんが訊く。その目はずっと公園を見ていた。


「すぐそこのスーパーへ。トイレットペーパーが無くなってしまって」


「まぁ、そうなのですか。分かりますわぁ。トイレットペーパーって重いので、どうしても買うのを先延ばしにしがちですよねぇ」


 そう言って奥さんは可愛らしく笑う。つられて私も笑顔になる。


「それにしても、変わるものですねぇ」


 奥さんが唐突に呟いた。


「何がでしょう?」


「ほら、私たちの子供の頃ってよく両親に遊んでもらったじゃない? けど今は、子供たち同士で遊ばせて、親はそれを見守ったり、親同士で談笑したりしてるじゃない?」


 そうだっけ? と思い、幼い頃の記憶を掘り起こす。確かにそんなこともあった気もするし、なかったような気もする。

 ああ、だけど、自転車を補助輪なしで乗れるようになるのは、両親も手伝ってくれた記憶がある。それで盛大にこけたから、よく覚えている。

 あの頃は、両親の愛を一身に受けていた。


「確かに、そうですね」


「でしょう? 確かに子供同士で仲を深めるのも重要ですし、私たち母親も忙しいので休みたいのも分かるんですが、たまに不安になるんですよねぇ」


 奥さんは息子を見ながら語る。

 息子は友達と一緒に遊具に登って遊んでいる。母親のことも気にせずに。


「もしかしたら、子供は愛されていないと勘違いしてしまうかもしれないって。私たちは──少なくとも私は子供を愛してますけど、こうして一人で遊ばせていると、愛がちゃんと伝わっていないのかもしれない。そう考えてしまうんです」


 その言葉に、私はどう返事をしていいのか分からなかった。

 だって、彼女の話の中に出てくる『子供』は、私と同じだったから。

 そんな私が、「そんなことないと思います」などと言えるわけがない。だからと言って、「そうですね」などと肯定したらどうだろう? 奥さんはそう返事されるのを望んでいない。


「……ほら見て」


 奥さんはそう言って、公園を、正しくはその中にいる一人の母親を見ていた。彼女はスマホを見ている。アプリで遊んでいるようだった。


「ずっと子供の世話をして気を張っていろ、なんて言わないわ。だけど、ああして子供を見もしないのは、どうかと思うのよ。あの方も子供が好きなんでしょうけど、あのままだと、子供は愛されている自覚が芽生えないのではないと思うのよね」


 奥さんはそう言い、顔を俯かせた。けれどすぐに彼女は顔を上げ、笑顔を作る。


「私も人のこと言えないわね。ということで失礼します」


「……ええ、ではまたお会いしましょう」


「はい」


 奥さんは笑顔で、息子の元へと駆け寄って行った。






 「よそはよそ、うちはうち」

 子供の頃に、よく言われた言葉。耳にしたことがなくとも、おそらく殆どの人がその言葉を、漫画などで見たことがあろう。

 家族の形もそうだ。

 世の中には、様々な家族の形がある。少し考えれば分かることだ。人は皆違うから、子供の愛し方も、伴侶の愛し方も、人の数だけある。


 私が理想とした家族は、互いに愛し、愛され、それを皆が自覚している、とても幸せな家族。

 私の家族はそうではなかった。だからと言って私が愛されていなかった訳ではない。

 両親は私を愛した。彼らなりに。

 父は私たちのことを「家族ごっこ」だと言った。それは、父も私と同じように、理想の家族のイメージを抱き、私たちがそれと乖離していただけだ。ただ、それだけのこと。


 そんな小さなことに振り回されてきたのだ、と思うと、乾いた笑みが出る。だって、本来なら少し考えれば分かることなのに、それから目を背けてきたのは私だ。

 優柔不断だという自覚はある。私は責任を負いたくないのだ。だから、子供を作りたくない、という言い訳に、「家族ごっこ」を使った。

 最低だ。夫の思いを無視して、子供を作らずにいて、結局得たものは何もない。




 私は公園から目を離し、スーパーへと向かう。

 今夜、夫に子供が欲しい、と言おう。もしかしたら、両親と同じように、上手く愛せないかもしれない。ちゃんと愛を伝えれないかもしれない。

 けれど、愛してる。その事実がある限り、きっと大丈夫。



「ねぇ、あなた──」


 その晩、私がそのことを伝えると、夫は優しく笑った。

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