閑話 メニューは、オレが守る。
すみません。仕事が長引いてしまいました。
喫茶店に着いたら、挨拶とともに、お冷とおしぼりがくる。
そして、お客さんがおしぼりで手を拭いたり、お冷に口をつけたり、テレビを眺めたり。
一息ついてから、テーブルにあるメニュー表を開く。
注文したいものを決めたら、ウエイターなりウエイトレスなり店員さんを呼び、注文する。
オレの常識は間違いないはずだ。ちなみにタバコは吸わない。
この世界のテレビでも同じようなことをやっていた。
間違いはない。店によって変わりはあるだろうが、基本は変わらない、はずなのだ。
間違ってもお客さんが来た途端、
即座にあのまずい水(アルコール入り)を出してはいけない。
メニューを開く前に、「注文はアイスクリームですね」って決めてもいけない。
メニューの品書きに「スマイル100円(自動)」とかあっちゃいけない。
断言しよう。
アヤのウエイトレス業は、壊滅だ。
変身したままのオレのほうが、まだいいかもしれない。
外見は「いや、オレ大事故でこうなっちゃったんですよ」でいけばなんとかなるかもしれない。
と変な発想になってしまった。
「大丈夫だよ。来るのは基本的に知り合いとかだし」
「君は、知り合いにそういう態度なのか?」
いやー、サービス過剰かなー? ってはにかむ非常識系女子。
どこぞの特殊な喫茶店でしょうか?
冥土、いや、メイド喫茶とかツンデレ喫茶とかだったらいいのか?
行った事ないから分からないが、興味はあるが、そこじゃない。
「アヤくん、ではこの私が手本を見せよう」
地下から階段を上ってきたヒロシが、颯爽と現れた。
服装は、落ち着いた大人の男という感じの黒を基調とした、たぶん私服。
爽やかに登場して、その出で立ちは実にいい。
だが、中身が伴ってない。残念だ。
というか、変身スーツのままのオレにも服をくれ。
今のままだと、日本からのスーツかヒロシに貰った寝巻きしかない。
スーツを着ているままだといけないので、今は寝巻きのまま変身している。
早く普段着をくれ。
「じゃあ、ヒロユキ。客をやってくれ。テーブルに座ってくれ」
言われるまま、テーブルに座る。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお声掛けください」
と、お冷とお絞りをテーブルに静かに置かれる。
いや、静かどころか音を立てずに、だと。
盆を胸に抱くようにして、一礼。そして去っていく。
音を立てずに。
「では、注文の場面を頼む」
あれ? 突っ込むところがないぞ?
「あ、ああ。じゃあ、店員さん、お願いしまーす」
「かしこまりました。伺います」
音を立てずに姿勢よく颯爽と、参上。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?」
「はい、アイスコーヒーとチーズケーキ一つお願いします」
喫茶店のコーヒーの注文は無難だろう。
ケーキについては、一応軽食ということで注文される人もいるだろうからな。
メニューにケーキセットとかもつけておくべきだろうな。
「ありがとうございます。ではアイスコーヒーとチーズケーキですね」
「はい」
メモを簡単に取る。なんだろう、様になってる。
「では、少々お待ちください。……っとこんな感じだな」
アヤもぽかん。オレもぽかん。
こいつはあのヒロシか。あの、どうしようもなく、変態としか言いようのない。
「なんだ? 問題でもあったか」
行動がまともすぎるのが問題って、おかしいこともあるもんだ。
敬愛するヒロシを真似るのだ。アヤの接客能力もあがるだろう。
ドジとかの属性がなければ、立派なウエイトレスの完成だ。
あくまで普通の喫茶店を目指すのだ。キワモノ系は、社会のニーズを理解してからでいい。
「で、メニューというか料理はどうなんだ?」
「まだコーヒー豆しか届いてないぞ。ほれ」
指差したカウンター席の隅に、どこかの言葉が書かれた紙袋が10袋。
受け取ったのはアヤだ。置いたのもアヤだ。
で、そんなオレはいつものカウンター席で勉強に戻る。いつもの変身スーツで。
そういえば、この変身スーツの特徴の一つでインナーマッスルとか鍛えられるっていうのはいい。
運動不足も解消し、適度な筋肉も作ることが可能になっている。
汗とかも自動除菌とか浄化システムがあるし、適温適湿快適生活をも約束されたシステムも導入。
排出物については、緊急措置もあるようだが、それは利用してない。
あと風呂、食事については変身解除している。
人を、だめにするスーツかもしれないが、それはそれ。
「サンドイッチ用の食材とかも届くはずなんだが、まあ、仕方あるまい」
「冷蔵庫や食料保管庫については完璧なんだけどね」
そういうものは無駄に最新鋭というか、改造しすぎているみたいで、この変身スーツの理論である空間系の理論を組み合わせて、鮮度がまったく落ちない、とか、どれだけでも物が入るとか。
どこかのポケットや時間操作できるアイテムも真っ青な家電を作り上げていた。
その辺の家電の改造はアヤがやっていた。そっちは完璧なのに。
今のところ、アヤの改造したものが壊れるとか、危ない動きをした、というのはない。
アヤ自体が危ないのは、置いといて。
「コーヒーには自信があるのでな。担当する、というのも伊達ではないぞ」
いつの間にやら、読み途中の資料の隣に、ホットコーヒー。
嗅覚遮断はしていないので、実に目の覚める爽やかな香りが漂う。
認めよう。
ただの変態ではない、と。
時と場所が異なれば、ヒロシは有名な喫茶店のオーナーだっただろう。
いや、今、オーナーか。
ともかく、香りはいい。
問題は、味だ。これでアヤの二の舞を踏んだら、やはりこの二人は師弟だ。ダメ師弟。
首から上部分の変身を解除し、一口。
オレに砂糖など不要。無糖ブラック派だ。
変態的なエキセントリックもなければ、
摩訶不思議な味でもなく。
無糖のはずなのに、自然な甘みがある。
かといえば、コーヒー独特の苦味も残し、目を冴えさせる。
いや、目だけではない。頭も冴えていく感覚。
これは、あえて言わなければならないだろう。
「……うまい、な」
「いや、私の感覚ではまだまだだ。豆のブレンドや温度湿度の加減がまだ計算仕切れてないな」
……下手な研究より、コーヒーの研究したほうがいいんじゃないか?
って思えるほど、本当にうまい。どこぞのアンバサダーとか、職場にあったけど、それと比べたら、
このコーヒーに失礼だ。ってくらいうまい。
勉強捗りそうな気がしてきた。
ハカセ、あたしにもー! とせがんでいるアヤにはコーヒーを出さず、オレンジジュースを出していた。
聞けば、コーヒーを飲むと丸一日寝れないらしい。じゃあせがむなよ。
「よし、喫茶店についてだが、後は看板とメニューくらいだが、看板については注文済みだ」
デザインはアヤがやっていたが、その図面を一度、見せてはもらっている。
女性ゆえなのだろうか、かわいらしく丸文字みたいに『かるうまカフェ』となぜか2匹の猫のシルエットの前足が、その文字とじゃれているような感じになっていた。
猫は、関係ないと思うのだが、専門外なので気にしないほうがよさそうだ。
「あとはメニューだが、オーソドックスにコーヒーやソフトドリンク、サンドイッチやパフェのメニューにしてある」
ヒロシがメニュー表を開く。先ほど、オレがコーヒーなどを頼む演技をしたメニュー表は、何も書かれていない、いわば表だけのもの。
今、ヒロシが開いたものが、メニュー表の原案だ。
表面とあわせて、アイボリーの色に黒文字は、落ち着きを感じる。
金額も日本と変わらない。ホットで400円なら、よい価格設定ではないだろうか。
で、気になるのは。
「なんだか食事メニューが多くないか? お好み焼きとかラーメンとか。あとデザートになんで手作り饅頭
なんてあるんだ? まさか作るのは」
「ヒロユキだ」
「なんでオレなんだよ! そんな技術あるわけないだろうが!」
手作りの和菓子は職人芸だぞ。見せてもらったことはあるが、一朝一夕でできるものじゃない。
あれを直に見せてもらったときは、尊敬した。職人さんは、すごい、と。
それを、やれというのか?
そういう思いを込めて二人に目線をやる。
「私は無理だぞ」
「あたしも」
いや、アヤには期待してない。期待したら、負けだと思ってる。
デストロイクッキングをされたら、保健所がくる。営業停止処分確定。
「わかった。じゃあ、せめて中華系に」
「……もう分かった。メニュー表はオレがやる」
というかやらないと、オレの料理レパートリーは無限大に膨らむことになる。
一人暮らしの経験からある程度はうまく出来るし、アルバイトで和食やファミレスで調理や盛り付けまではやったことがある。簡単なものなら大丈夫、だろう。
本格的になったらもうアウトだが。
というわけで、オレの日常的な安全を守るため、メニュー表を作ることになった。
しかしながら、このメニュー表作り。
思ったより難航することになったのだ。
2日まるまるかかったのだ。
原因? わがままに付き合いたくもなかったが、あーだこーだと加筆しようとしてきたのだ。
まさか、そんなことで変身スーツの力が役に立つとは思わなかった。
喫茶店、開店まで残り12日のひと時--。
オレが、まだ、戦いを知らない日々の1コマ。
次の話から、少しずつ変身スーツのスキルを出してまとめて行こうと思います。
今のところ、日常的に役立つのしか出してませんね(汗




