3話 世界の現実、まずい水とともに。
この世界の説明です。変身なんてしません。
でも、次の話にも説明が続きます。
佐々山ヒロシの言うことは、まとめると簡単だった。
変身ヒーローになり、悪の組織を倒せ。
朝の特撮番組であれば、それでいいし、オレも問題はないと思う。
問題があるのは、そりゃとてつもなく多いが。
異世界に来ているということと、オレがヒーロー役をやるということ。
この2点が大迷惑だ。
オレのカバンを返せ。
ビルの非常階段を下りながら話を聞いていても、正直眉唾ものだ。
この世界は、日本ではなく。
だからと言って、日本の常識はほとんど通用する。
お金は違うが、よく似ている。ちなみに日本のお金は使えない、らしい。
ビルも鉄筋コンクリみたいだし。
コンビニもあるなら、警察だってある。
政治家もいるならホームレスだっている。
あの変身装置があるなら、少しぐらいは科学進歩があるのか、と思いきや。
車はガソリン車だし、バスや電車もある。
転送装置なんてなかった。ワープとかもない。
空飛ぶ車なんてない。
まるっきり、日本と変わらないじゃないか。
来た異世界は、なんら変わりませんでした。
ってなったら、誰だって落ち込む。
そんなことをヒロシに言うと、
「異世界からの人間は全員、それで落ち込むようだな」
「他の来訪者もいるのか!?」
同じ境遇の人間が集まれば、解決策ぐらいはあるだろう。
「その話は後だ……。っとラッキーだな。いや、ナビゲートされてたのか? まあいい。目的地はそこだ」
1階に着いてから、ついてこい、と手招きされる。
昼間なのに、人通りがまったくない。狭く、暗い道ならば当然なのかもしれないが……。
遠くから見た大通りには、歩く人や行き交う車は見えたから、人はいるのだろう。
歩くこと、5分。
「いらっしゃーい、ってハカセじゃーん」
カウベルの音と、ウエイトレスか? 緑のエプロンに普段着の若い女性。
長い黒髪を肩の辺りで結ぶあたり、清潔感というよりおしゃれだろう。
……ここは喫茶店か。客いないけど。大通りに面してないからか。
それにしてもガランとしすぎて、むしろ心配になる。この店の経営状態が。
だってカウンターの椅子とか机、新品みたいに綺麗過ぎる。
「アヤくん、ここではオーナーと呼びたまえ。ハカセも捨てがたいが、やはりオーナーが」
「あーい。……で、ああ、彼が予定通りの」
気の抜けた返事も気にはなるが。
この目。これは、値踏みされてるな。職場でもよく見られた光景というか感覚。
で、大体「怒らない人だから」ということで、……パシリにされるのさ、いつの間にやら。
「悪いけど、そういう目は好きじゃない」
アヤと言われた女性に、普通だったら出ない言葉が出た。
そして佐々山に顔を向ける。不機嫌そうな唸り声が聞こえたが、それは丁重に無視。
「こっちはそっちの予定も知らないから。佐々山ヒロシさん、でいいかな」
「ヒロシでいい、分かっている。……掛けて欲しい。長くなるからな」
アヤくん、水を。と伝え、佐々山はカウンターの椅子を引く。
仕方ない。オレも佐々山の隣の席の椅子を引くことにした。・
運ばれた透明なグラスに口をつける。
氷入りの水は、冷たくそして、
「……なんか、まずいような」
「む。ヒロユキもそう思うのか」
も、ということはヒロシも思っているわけで。
「え、あたし?」
オレたちの目線には、アヤ。この女、何をした。
ただの水にできる芸当じゃないぞ。
「ハカセが無事到着したからさ。ただの水っていうのもどうかと思って、アルコールを少々」
「「やめんかい」」
酒にはそれなりに飲めることは飲めるが、昼から飲むようなものじゃない。
ヒロシといい、この女といい。……ああ、類は友を呼ぶのか。
「まず、アヤくんの非礼は詫びよう。だが、この世界の現状では仕方ない、と思ってくれ」
「ん? いや、オレも気が立っていたようだし」
座ったままだが、アヤに向かい軽く頭を下げる。
だがアヤに、『さん』づけはいらないな。
アルコール入りの水、いや水割りのアルコールか。変なものを出した罪は、それなりにある。
呼び捨ては決定だ。
「へぇ……。異世界人にしてはなんか、まとも」
「そうだな、と、ヒロユキ。勘付いたかもしれないが」
感心するアヤをみて、ヒロシの言葉に続きそうな言葉を出してみる。
「ああ、異世界人ってのは基本、礼儀正しくないってことか。いや、ってよりは自分が選ばれた何者かって勘違いするやつが多いから、自分が偉いと勘違いする。自分勝手な傾向が顕著に出る、ってくらいか」
「おい。勘付きすぎるぞ。私の説明は」
ヒロシの言葉を聞くに、どうやら当たりか。
そもそもライトノベルや漫画、ゲームといったものは、――この年齢になるまでというか現時点でもだが、一通りは把握しているし、作品に関しても理解している。
それらの多くはやはり、異世界に転送されたあるいは転生した状態で、自分の持ったスキルを用いて世界を救うとか、そういうものだ。
それらに憧れているのなら、このシチュエーションは願ったり叶ったりだ。
あとは、何かしらの特別な能力があれば言うことはないだろう。
オレの場合は変身ヒーローだが。
「ともすると、世間一般には異世界人っていうのはあまりよく思われないだろうな」
「私の説明なしに理解された……だと」
「いや、場合によっては、この世界の人間と戦争する可能性が」
ありえるだろう。もし、特別なスキルが備わった異世界人が来たら。
日本に近い世界を持つヤマトだ。自分の好き放題にできるとしたら、やる人間はやる。
「いや、そこには至ってないから安心しろ。ただ、手前にはなるのかもしれんが」
「それって結構深刻では?」
「そうだな。だが、世間一般では異世界人は迫害される。理由はヒロユキの言うとおりだ。スキル、とやらについては超能力の類か? 確かに異世界人には持っているものもいると聞くが」
いや、だがしかし、とヒロシが呟く。
自分の世界に入りだしたようだ。あごに手をやりながら、いややはり、と呟いている。
「ハカセもだけど、ええと、ヒロユキ、だっけ。あなたも相当ね」
さんをつけろよ、この……。いやいや、まだ気が立っているようだ。
終始難しい顔をしていたアヤに顔を向けたら、この言われよう。
「相当、変人か?」
「なんでそんな着地点に? って、あたしの態度だけでそこまで考えられるのかなって」
「いや、あれだけ情報あれば十分だよ。これ以上は推測になるから言いにくいけどね」
目線、言動、今までの行動。
言語化された情報だけでなく、非言語の情報も組み合わせた上での最適解を出しただけだ。
職場では、それに自分で先読みして行動したり、場合によっては準備したりしてたし。
じゃないと、残業がエンドレスになってしまう。
「っと! つい思考のラビリンスに。すまないなヒロユキ」
「抜け出せたようで何より。で、迫害って」
「言葉通りだ。基本的に人権はない。隔離される、……独房にな」
「そりゃ、異世界人同士で結託されればたまったもんじゃないだろうし、そもそも世界の侵略者に人権認める社会っていうのも、甘さ通り越して虫歯になるぞ。ああ、だから対抗組織が出てくるのか。戦争を仕掛けようとしているのは、その過激派グループということか」
そこまで言うと、ヒロシが笑った。悪い笑顔だ。口元が歪んでるぞ。
「いいや。組織は一つで、そこが過激派でもある」
「その組織に追われていたのが、ヒロシ。お前ということは、お前も元組織の一員ってことになるが」
「ああ、だが私は異世界人ではなく生粋のヤマト人だ」
ん? この点には不審な点がある。
なぜ、ヒロシはその組織にいたのか、という部分だ。
生粋のヤマト人なら、敵対する対象である異世界人の組織に属することは極めて難しい。
この世界の人間と異世界の人間は互いに憎みあっていると言っても過言じゃない。
そもそも悪いのは異世界の人間のほうのようだが。
そんな異世界の人間に組するのは、ヒロシにとってどれだけのメリットがあろうが、デメリットのほうが大きすぎる。
この考えはあくまでヒロシの話が本当なら、という仮定に基づくが。
「ふっ。そう不審がるな。私は、戦争をしたくないだけだ」
「悪いがそれはメリットにはならないぞ」
「言い方を変えよう。組織を潰したいのさ」
怪しさは満点に近い。
だが、言っていることは間違いではないと思う。
そもそも、与えられた情報がダウトである可能性も否定できない。
ヒロシとアヤは仲間だ。打ち合わせていることもある。
考えを変えよう。
オレを騙す必要はあるのか。
そのメリットは?
戦闘する駒。消費されるのはこのユナイドライバーか。
だが、オレが裏切る可能性は想定しないのか?
変身して逃げ出さないとでも?
いや、変身できなくする機構が存在する可能性は高い。
……情報が足りなさ過ぎる。
グラスの水割りが、氷を転がす音が聞こえた。
次の話には変身させます(予定)が、理由がしょうもない(確定)。
ただ話が長くなったら変身できるかどうか分かりません(ぇ