思考の谷
「最近凄く鬱気味で、自傷したくなります」
僕が暗い声で近況を報告すると、先生は
「もう虐待されてるんだから、これ以上自分で自分を虐待しちゃ駄目だよ」
と言った。
僕には自傷行為が「自分への虐待」という考えがなかったので、少しびっくりした。
待合室では色々と思い出して泣きそうになっても、いざ診察室に入ると、まるですべてが他人事のように僕の心から遠ざかってしまう。
ついさっきまで堪えていた涙さえ、そんな事を微塵も感じさせない程に干からびる。
「離人感」というよりは、正確に報告しようとして客観的に一歩引いて考えてしまうのが原因ではないかと思うけれど、あるいは、まだ先生の前で猫をかぶってしまっているのかも知れない。
治療の為にも、先生の前で猫をかぶる必要はないのに、見捨てられるのが怖くて、つい「いい患者」を演じてしまう。
先生の言う事に従って、きちんと薬を決められたように飲み、自傷行為もしない。
精神的な激しい気分の浮き沈みもなく、穏やかに過ごす。
そんな、加療の必要すら感じさせないような患者を。
自傷行為はさておき、僕は処方薬の大量服用だけはした事がない。
よく言われる「地獄の胃洗浄」は味わいたくないし、何より薬が貰えなくなると困るからだ。
多分、僕は薬に依存している。
飲まないと不安になるし、飲み忘れると物凄く後悔する。
本当に効いているのかどうか分からない薬でも、減薬されるとがっかりするのは、投薬量がステータスだと心のどこかで思っているからかも知れない。
内側はぐちゃぐちゃなのに、それに気付かれて否定や拒絶されるのが怖くて平静を装うのは、染み付いてしまった無意識の癖だ。
どうしようもなくて自傷に走り、それを隠滅する為に無駄な労力を費やす。
僕はそんな生き方しか知らないし、それを誰かに理解してもらおうなんて事も考えていない。
だから「普通」と擦れ違うたびに、僕は僕が嫌いになっていく。