ダブルワーク
今のバイトを初めて九ヶ月、それなりに仕事もこなせるようになってきた矢先、またオヤジが仕事を辞めた。
仕事と言ってもパートなので、金額的には大したものではなかったが、相変わらず自分に甘い豆腐メンタルだ。
車のタイヤ交換の時に首と肩を痛め、そのせいで長時間下を向いて作業出来ない、というのが本人の弁だが、それ以前からちょくちょく職場の愚痴を言っていたので、これ幸いと仕事を辞めたのは明らかだ。
それを指摘すると逆ギレするから黙ってはいるが、俺のバイト代なんて微々たる金額、実際に家に入れてはいないが、月の食費がギリギリ払えるかどうかという程度。
仕方ないので、俺はダブルワークをするべく、またバイト探しの日々に逆戻りだ。
なるべく時給の高い場所で、自宅から徒歩で通える距離、となると大分限られてくる。
高望みなのは分かっているが、十円でも高い方が良い。
俺も色々と焦って悩んでいるのだが、今はタイミング悪く雑事が重なり、実際にダブルワークは出来そうに無いので、取りあえず調べるだけにしているが、本当は幾つか絞った先に連絡がしたい。
条件の良い所はすぐに人が埋まり、求人を止めてしまう。
偶然にも、今のバイト先に、実際にダブルワークをしている人がいるのだが、その人は俺が応募しようと思っている所で働いた事があるらしく、俺がダブルワークの件で上司に相談した時に、上司は凄く親身になって俺の話を聞いてくれ、わざわざその人に改めて確認までしてきてくれた。
ダブルワークをしている人曰わく、その職場は「店長とバトれるなら大丈夫」だそうだ。
なんとも不安を煽るアドバイスだったが、最初から分かっていれば怖さも半減する。
全国展開している所だし、障害者雇用枠があるようなので、拘束時間は当然、時給まで減ってしまうが、最悪そこに入り込めれば良いと思っている。
もう一つ、時給の良い派遣のバイトがあるのだが、すでに他の派遣会社に登録していて、そこから時々来る求人案内のメールが今となっては鬱陶しいので、出来れば派遣は避けたい。
けれど条件の良さに悩む。
オープニングスタッフなら、職場の雰囲気や仕事内容が分からないので、「すみません、合わないです」と辞めやすいかと思ったのだが、やはり世の中そんなに甘くはないだろうか。
基本的に、病院へ行く日以外に用事は無いのでシフトの融通が利く方ではあるが、今は演劇の練習で二月中旬頃まで週末にシフトが入れられない為、今月と来月はかなり稼ぎが減るだろう。
その演劇の練習というのも、台詞は当然ながら、ダンスまで覚えなければならないので、正直な所、しんどいと思う事も多い。
だが、好きで始めた事だ。
不満を言っても仕方ないし、贅沢な悩みという物か。
しかし、分かってはいるが、どうしても腹の虫が治まらない事もある。
脚本家が締切までに台本を完成させず、仕方ないので取りあえずダンスだけ先行で練習させたのだが、その時に一人だけダンスを免除された女性がいた。
何だか嫌な予感はしていたが、出来上がった台本では、やはりその女性がメインの話になっていた。
話全体の内容も薄っぺらくて、向こう側が透けて見えそうだ。
これで仕事をしていると言えるのか、更に給料を貰っているのかと思うと、同じ物書きとして苛立ちと溜息しか出てこない。
俺にコメディは書けないが、これのどこに笑いどころがあるのか、誰か教えて欲しい。
正直、俺はこの脚本家の書いたシナリオで笑った事は一度も無い。
夕方にバイト先の上司から連絡が来て、「日曜日って出られる?」と聞かれたのだが、演劇のダンスの練習の拘束時間が長く、最初は「途中で抜け出せばいいか」と思っていた練習日は、台詞と立ち位置を覚える事も考えると、朝から夕方まで丸一日使わなければならない事に気付いた。
来月のシフト申請時は休みを貰ったが、前回、つまり今月のシフト申請時は演劇の練習にこんなに時間がかかると思っていなかったので、五時半からなら出勤可能だと申告してしまっている。
どうしようか悩んでいると、何故か母が「あんたはお金欲しいんだもんね」とキレた。
俺が少ないバイト代の九割は貯金していて、ほとんど使っていないという事を知らないから、逆にこういうケチ臭い事が言えるんだと思う。
上司には申し訳なく思いつつ、「すみません。シフト申請した時は五時半からなら大丈夫とお伝えしたと思うんですが、無理そうです」と断りの返事をした。
バイトと演劇の両立さえ出来ない俺がダブルワークなんて、やはり無謀なのだろうか。
それでも、少しでも稼いで親を黙らせたい。
「稼ぐ時間があれば部屋を片付けろ」と言われるのは明白だが、幾らか家に入れれば少しは小言が減るだろう。
そんな事を考えながら、俺は退屈な台本を開いた。