第5話
「ハルトムート、茶を用意してくれ」
一足先に店内へ入っていたミアと、カウンター越しに楽しそうに会話をしていたハルトムートに命令を出す。
「はい、ただいまお持ちします」
会話を中断し、テキパキと人数分のお茶の用意を始める。その間に僕は2人を奥へと案内した。それほど広くはないが、この店にも応接室はちゃんと作ってある。
「楽しそうに話をしていたのに、悪いことをしたな。俺たちなんかに気を使わなくてもよかったのに」
「そういうわけにはいかないよ。君たちは大切なお得意さまなんだ、何も出さないほどうちの店は腐っちゃいないさ。それに、彼も一端の商売人だ。仕事中に業務より自分の都合を優先するような人間じゃあない。さ、座ってくれ」
僕達がソファに腰掛けると同時に、ハルトムートが盆を持って入ってきた。失礼しますと一言告げてから、僕達の前にアイスティーを置いていく。
「安物ですまんね、どうぞ飲んでくれたまえ」
「これは紅茶じゃねぇか、こんなもん貴族達の飲み物だ。安物ったって、庶民がほいほいと買えるようなもんじゃないだろう」
「そんなことを気にする必要は無いさ。ほら、現に気にしてるのはトラウゴットだけだぞ?」
トラウゴットの隣で、まるで水でも飲むかのようにアイスティーで喉を潤すヴィクトアを見て僕は微笑む。決して余りの可愛さにヨダレなど垂らしていない、すんでの所でコップに口をつけたからね。しかし実際のところトラウゴットの言うとおり、ヴィクトアが飲んだコップ一杯の紅茶で成人男性の夕食分以上の価値がある。本来平民が普通の暮らしをしていたら、そうそう飲めるものではないのは確かである。僕自身はとりわけ紅茶という飲み物が好きというわけではないが、以前たまたま貰った紅茶をヴィクトアにごちそうしたらそれはもう大変喜んでくれたことがきっかけで、この店では基本的に常備をするようにしたというだけのことだ。個人的にはエールの方が何倍も美味いと思う。しかし僕は、その何億倍もヴィクトアの笑顔が好きなだけの淑女なのだ。
「そんなことより、本題に移ろう。なにか頼みがあるんだろう?」
「おう、そうだった。実は3日後、王都の第一騎兵隊の面々ががうちの店に来ることになっているんだ。それ自体はあらがたいんだが、ちとそこの隊長さんに面倒な注文をされてしまって困ってるんだ」
「第一騎兵隊の隊長、鬼神のテオか。また恐ろしい客が来たもんだ」
第一騎兵隊とは、王都の直属の騎士団の中でも最強の精鋭部隊だと言われている。そしてその部隊を率いる隊長テオは、まさにこの国最強の兵士だと言っても過言ではないと専らの噂だった。
「まったく。鬼神直々の頼みなんて、もはや命令と同じようなもんだ」
まったくその通りだな、と僕は笑った。ハルトムートがヴィクトアにお茶のお代わりと木苺のケーキを持ってきた。ヴィクトアの嬉しそうな顔を見てから、話を続ける。
「まあ彼は鬼神の通り名はあるが、中身は非常に紳士な人間だと聞くがね。まあそれは置いておいて、僕に頼みたいという彼の注文を聞かせてもらおうじゃないか」
「それが、熊、なんだ」
「…熊?」