第3話
「おまたせ」
テーブルついた僕の目の前に、ミアの手料理が並べられていく。鹿肉のシチュー、焼きたてのバターロール、それとサラダ。
「君の手料理も久しぶりだな、いやあ楽しみだよ」
ぼくにとって食事というのは、干し肉を齧ったり野菜や果物を洗ってそのままかじりついたり、適当に鍋に入れてスープにするくらいのものだ。
「あなたは本当に料理しないものね。少しくらい覚えないとお嫁に行けないわよ」
「僕は結婚なんてしないしいいのさ。別に料理が出来なくて困ったことなんて、まぁそんなに無いし」
とは言ったものの、正直なところ、いつも同じだと味に飽きがくる。単に栄養を補給するためとはいえ、やはりそれなりに変化がないとどうしても物足りなくなってしまうものだ。
「神よ。罪無き動物達の命を奪い、こうして食にありつく我々をお許しください。罪無き動物達に感謝を。神に感謝を」
僕は彼女のお祈りを、ただ黙って待つ。この国では国民の殆どがこうやって食事の前に祈りを捧げる習慣を持つ。一つの大きな宗教が国に強く根付いている証拠だろう。僕はそれを否定も肯定もしない。故に、僕自身はその祈りを捧げたこともない。それは僕の母も同様であった。
「さぁ食べましょう、いただきます」
「うん、いただきます」
彼女の作るシチューは絶品である。スプーンで一口すするだけで、頬がとろけそうになった。
「さすがミア、すごく美味しいよ。僕が男だったら君を決してほっとかないのにな」
「ふふ、ありがとう。私もあなたの事好きよ、友達としてね」
食事をしながら、僕達は取り留めのない話に花を咲かせた。この村は山奥にあり、それほど日々に大きな変化などない。僕も彼女も、基本的には農業や狩りをするだけの毎日である。そんな話題の乏しい毎日の中でも楽しく会話ができるのは、僕達が仲のいい友人であるという証拠なのだろうと思う。
「ねえロッテ、ルンフェンにはどのくらい滞在するの?」
食べ終えた食器を洗いながら、ミアが尋ねる。
「まあ二、三日ってところかな。里芋の苗とか、何か面白そうな野菜の種でもあれば注文したり。あとはうちの店の確認するくらいで、それほどやることは無いよ」
ルンフェンとは、この村から荷馬車で半日ほどにある商業の町だ。この国でも特に栄えているこの町は、王都への道が舗装整備されており、何かと都合のいい。此処いらの村の男達は、大半がその町に出稼ぎに行っている。しかしそのせいで、基本的にこの山や麓の村々では恒常的に人手不足となっている。実の所僕は、この辺り一帯の村が課せられている食糧の献上を肩代わりしていた。別に誰かに言われたからでは無い、というのは少し嘘になるが、基本的には自発的にやっているから半分は本当ということにしておいてくれ。そしてその食糧を備蓄しておく倉庫と、残った食糧などを売る目的のために、僕はルンフェンに自分の店を設けていた。
「それなら、私も一緒に連れて行ってもらえないかしら」
「それは構わないが…。ああそうか、ハルトムートに会いに行きたいんだね」
「ちがっ、くはないけど。干し肉とか毛皮を売ったり、銃弾や日用品を買いに行きたいのよ。そっちはそのついでよ、ついで」
ハルトムートとは僕の店で働いている僕達と同い年の青年だ。元々は修道院に居た孤児だったのだが、責任感が強く口も達者だったため、僕が店の従業員としてスカウトした。彼には商人の才がある。ちなみに、ミアはハルトムートと恋仲である。ああ先に言っておくが、ハルトムートもちゃんとミアの事が好きだ。めんどくさい三角関係とかではないので、変な期待はしないでもらいたい。
「くくく。素直だな、ミアは。僕は構わないよ、その代わり明日の朝には出発だからね、弁当を準備してくれると助かる。ハルトムートの分も含めて3つ頼むよ」
「ありがとう、ロッテ。お弁当は腕によりをかけて作るわね」
そう言ってからミアは、食後のワインを持ってきた。本当に出来た女性だ、気が利くし肝も座っている。もしかしたら、近いうちに僕の店で働くことになるかもしれない。その時は雇い主として、大いに祝福しないといけないな。
僕達はしばしの談笑の後、各々の寝室に入った。山から降りる際はいつも必ず泊めてもらうため、完全に僕専用となったこの部屋。しかし、彼女がいなくなったら少し借りにくくなってしまうな。珍しくセンチメンタルな気分になりながら、僕は静かに眠りについた。