第2話
農作業を終えた僕は、荷馬車に乗って近くの村に向かっていた。空からの移動手段もない訳では無いが、できる限り使いたくない。人は地面にしっかり足をつけて歩くべきだと思うからだ。地面が空中に浮き上がることに関してはなんにも問題は無い。僕の中のこだわりなんてそんなもんだ。そもそも、荷馬車に乗ってる時点で足は地面についてなどいない。
雲一つ無い空は、真夏の太陽が照らし出す日差しを妨げまいと全力でフォローしている。ほんと、こういう時の麦わら帽子は素晴らしい。額の汗を首にかけたタオルで拭いながら、村まであと数キロの所にある修道院に寄り道をした。
「おじゃまするよ」
ノックなどせずいきなり扉を開けると、修道女達は礼拝の最中だったようで皆驚いた様子でこちらを見ていた。
「おじゃましましたー」
そのまま扉を閉め、すぐさま積荷の野菜を箱ごと複数まとめて浮かせ、扉の前に積み重ねる。そのまま流れるように荷馬車に乗り込んだ。礼拝中に邪魔をすると、シスター・エーリカがうるさいのだ。ドンドンと扉を開けようとする音を尻目に、僕は急いで馬を走らせた。急げ、愛馬タップファーちゃん。村についたら美味しいお水をたらふく飲ませてあげよう。
「シャルロッテ!待ちなさい!」
裏口から出てきたのか、遠くでエーリカの声が聞こえた気がした。が、荷馬車の走る音でかき消されて聞こえなかった。そういうことにしておこう。
去年村人達が僕のために作ってくれた馬小屋にタップを誘導し、広場にある井戸から水を汲みタップの元へ運んだ。この村は井戸を中心に約30棟の家から出来ている小さな村だ。普段は老人や女子供だけで、男達はもっと大きな街に出稼ぎに出ているのが常である。
「やぁロッテ。元気でやってるみたいね」
タップの毛をブラッシングしていると、1人の少女が声をかけてきた。
「やぁ、ミアじゃないか。春ぶりだな」
ミアはこの村に住む村長の娘だ。村長とは言っても例に漏れず出稼ぎに行っており、彼もミアも特別偉いなどということは無い。物事を決める集まりでの進行役や、村全体を中立の立場で見れるからと選ばれただけらしい。歳は私と同じで、20歳になる。所謂幼なじみというやつだ。
「そのそばかすを見ると、相変わらず働き者のようだ」
「もちろんよ。これは私の努力の証だもの。あなたとは違うのよ」
「あはは、間違いないね」
彼女は、僕の力のことを知っている。ほとんど苦労もなく農業をしている僕を知っているが、それに対して悪く言ったことは1度もない。羨ましいとはよく言われるが。それに彼女は彼女で、僕にはできない仕事をしている。
「今日は帰るの?昨日狩った鹿の肉があるからご馳走するわよ」
「それはありがたい。実は明日ルンフェンに行くから、今日は君の家に泊めてもらおうと思っていたんだ」
彼女はこの村の女性5人からなる狩人のリーダーだ。女性というだけでも珍しいが、彼女達は男顔負けの凄腕ハンターである。鹿や猪、さらには熊に至るまで、彼女達に狩れない動物はいない。逆に僕は昔から、動物を殺すということが出来ない。だってかわいそうじゃないか。肉は好きだ、だっておいしいし。
「ならちょうど良かったわね。それじゃあ、早速野菜をみんなに配りましょう。1人より2人の方が早く終わるわ」
ミアは、荷馬車に積まれた大量の野菜を見ながら言った。
「助かるよ、ミア」
「気にしないで、友達でしょ?」
まったく、出来た女性だよ。ミアの助けを借り、僕達は全ての家に採れたての野菜を配って回った。