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第80話 テロと随方毘尼

作者: 山中幸盛

 時が経つのは早いもので、幸盛の三人目の孫の桃太郎は高校二年生だ。居間でマッサージチェアに身を任せてテレビを見ていると、自爆テロのニュースが流れた。今回はパリの地下鉄車輌内で婦人が身体に巻き付けていた爆弾が爆発し、多数の死者と負傷者を出したと報道されている。

 ソファに寝そべってスマホをいじりながらそのニュースを小耳に挟んだ桃太郎が、スマホから眼を離して言った。

「ねえ、おじいちゃん、また自爆テロだよ。なんで自分の命を失ってまでしてこんなことができるの?」

 幸盛はしめたと思った。この好機を逃してはならぬ。

「マホメットだって平和な社会を望んでいたに違いないが、イスラム社会には『人の命は山よりも重いが、あだ討ちのための自分の命は羽根よりも軽い』ということわざがあるらしい。しかし、このことわざにしても、コーランのどの記述から出たものか怪しいもんだ。人は皆それぞれに、自分に都合が良いように解釈したがるもんだからな」

「おじいちゃん古過ぎ、今はマホメットとは呼ばずにムハンマドというんだよ。それにしても、何のあだ討ちか知らないけど、宗教は怖いよ」

 と言って桃太郎は再びスマホをいじり始める。幸盛は一族全員に日蓮仏法の偉大さを伝えてからでないと死んでも死にきれないと願っているので、大きくうなずく。

「その通り、間違った宗教ほど怖いものはない」

 と幸盛は語気を強めるが、桃太郎はスマホから眼を離そうとしない。幸盛はかまわずに続ける。

「間違った宗教というのは、命を粗末にする宗教だ。その点日蓮仏法は、人間の生命ほど尊いものはないといっている。どんな人間にも『仏性』があって、敵も味方もなく平等だというんだ、画期的な教えだと思わないか?」 

「まあね」

 と軽くいなし、何度も聞かされて耳にタコができている桃太郎はゲームを続ける。幸盛も近い将来にきっと桃太郎も信仰に目覚める時がくると信じ、糠に釘、馬の耳に『妙法』かもしれないが話を続ける。

「宗教が原理主義、教条主義に陥ってしまうと独善的になり、必ず争い事が生じる。人間も、また宗教も、社会、時代と共に生きている。そして、宗教の創始者も、その社会、その時代のなかで教えを説いてきた。したがって、教えには、不変の法理とともに、国や地域の文化・習慣等の違い、また時代の変化によって、柔軟な対応が求められる可変的な部分とがある。その点、仏法は、『随方毘尼ずいほうびに』という考え方に立っている。仏法の本義に違わない限り、各地域の文化、風俗、習慣や、時代の風習に随うべきだというものだ」

 桃太郎はうんともすんとも言わないが、幸盛はかまわずに桃太郎の心の『耳』に語りかける。

「それは、社会、時代の違い、変化に対応することの大切さを示すだけでなく、文化などの差異を、むしろ積極的に尊重していくことを教えている。この『随方毘尼』という視座を欠落させたものが、原理主義、教条主義だ。自分たちの宗教の教えをはじめ、文化、風俗、習慣などを、ことごとく『絶対善』であるとし、多様性や変化を受け入れようとしない在り方だ。それは、結局、自分たちと異なるものを、一方的に『悪』と断じて、差別、排斥していくことになる。だから宗教は、両刃の剣となるという認識を忘れてはならない。本来、宗教は、人間の幸福のために、社会の繁栄のために、世界の平和のためにこそある。人間の生命を『手段』にする宗教なんて本末転倒も甚だしい。だから、宗教の在り方を問い続けていく作業が必要となる。自らの不断の改革、向上があってこそ、宗教は社会改革の偉大な力となるからだ。ただ拝んでさえいれば平和がやってくるというものではない」

 桃太郎が顔を上げた。

「それでおじいちゃんは、八十歳を過ぎているのにしょっちゅう出かけて行くし、売れない文章を性懲りも無く書いているんだね」

「それがおじいちゃんにできる精一杯のことだからな。この地球上には、思想・宗教、国家、民族、様々な面で異なる人間同士が住んでいる。その差異にこだわって、人を分断、差別、排斥していく思想、生き方こそが、争いを生み、平和を破壊し、人類を不幸にする元凶であり、魔性の発想だ。今こそ、その魔性に抗する、人間は同じ地球民族であるとの『地球民族主義』という、人類結合の思想が必要な時なんだ」

「でもさ、具体的には何をどうすればいいの? 絵に描いた餅はどんなに美味そうに描いても食べられないから、結局は餓死しちゃうんじゃないの?」

 幸盛は相好を崩した。

「うまいことをいうじゃないか。その通りだ、あらゆる差異を払った『人間』『生命』という、この普遍の共通項に立脚した対話を押し進めるしかない。対話こそが、相互不信から相互理解へ、分断から結合へ、反目から友情へと大きく舵を切る平和創造の力となる。おじいちゃんはもう先が見えてきた。桃太郎君、後は頼んだよ」

「わかった。そのうち気が向いたら考えてみるよ。だからおじいちゃん、とりあえず、このゲームのアイテムが欲しいんで、一万円くらい投資してくれる?」



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