第8話 歓迎会
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て!今、遠山何て言った?そんな事を言ったら直に締め上げられるぞ、俺が!!
「………どうして、いつもお前なんだ! くそぉぉぉぉぉ!」
……あ、締め上げられなかった。
直は吐き捨てる様にそう叫ぶと教室棟へと駆けていった。一先ず良かったと思う。
だが、どういう事だ……。どうしてこうなった?え!?
「あの……遠山さん?」
「何?」
「何? じゃない! 付き合ってるとか何がどぉしたぁ!?」
「そのまんまの意味よ?」
「へ?」
それは……つまり?
「あんた、気に入った。私と付き合って! これで男子から言い寄られる事も無いし、こんな普通すぎる男と付き合ってるとなれば女子の反感も買わない。バッチグーよ!」
「どこがだぁ?」
俺には先輩が……。いや、付き合ってるわけじゃないけど……でも、秘密の関係って言うか……秘密の関係って何だ!?
とりあえず落ち着こう。そう、落ち着こう。
「何? 付き合ってる人でもいた?」
「いないけど――」
――キーンコーンカーンコーン
ホームルーム開始五分前を知らせる、チャイムが俺達の会話に割って入った。俺は「ちょっと考えさせて」とだけ言うと逃げるように教室へと向かった。
教室に着くと殆どの生徒が席に着いていた。一人だけ立っている状況が嫌だったため、早歩きで席へ足を進めたのだが、席に近づくと直の後ろ姿が目に映った。
まずは、こいつを何とかしないとか……。
席に着き鞄を横に掛けた後、直の肩をぽんぽんっ、と叩いた。ゆっくりと振り向いた直の表情は先輩に俺が呼び出された事を言った時とまるで同じで、悲しみと冷静を見せかける笑顔とが入り交じった何とも言えない気持ち悪い表情だった。
「さっきの事だけど」
「分かってる。だから、何も言うな……。でも、親友の初彼女を喜べない俺を……っ許せ!」
「……はぁ、付き合ってないよ。遠山、男に言い寄られるのが嫌だからそんな事言ったんだよ」
分かり易い奴め。口元が緩んでるんだよ。
「おお、そ、そっか。勘違いして、悪かったな」
「ああ」
でだ、遠山についてはどうするかな?まぁ、答えは決まってるんだが……。でも、遠山も遠山で色々あるらしいから付き合う以外で協力してやりたいとは思うけど。
俺は担任が教室に入ってきたのに気付かない程、考え込んでいた様で視線を窓の外から黒板の方へ移すと担任が朝の連絡をしていた。
本当、今年の夏は色々あるな……。
何やかんやでその放課後、先輩は貢奉部に顔を出した。入部届けを出してきたらしい。直は先輩の姿を見るなりお茶を出したり椅子を用意したりと良い所を見せようとしていた。
馬鹿で単純……でも真っ直ぐで……俺とは全然違う。
違う人間なんだから当たり前ではあるけど素直に羨ましいと思う。
「何か、虹波君元気無い?」
帰り道、先輩は口が止まらない直とは裏腹に何も話さない俺を気にかけ声を掛けた。
「そんな事ないですよ! ただ、直の元気さに圧倒されたというか、何というか」
「何だよ、虹波〜。俺に圧倒とか、らしくないなぁ」
「別に何時も通りだよ」
普段は軽く交わしてるだけで、交わしてなかったら圧倒されてるっての。
「今日は俺ん家に夕食、食べに来るか?」
「今日はって、昨日も行ったけどな」
何だか、気を使わせてしまったみたいだった。本当にそういうんじゃないと言うのに。
「なら、今日は姫子姉も呼んで先輩の歓迎会やるってのはどうよ!」
直にしては、良い考えだ。そう思い、同意の言葉を告げる。
「星灯先輩はどうっすか?」
念のため、先輩にも今夜大丈夫かどうか尋ねると、大丈夫だったようで嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。
寮に着くなり直は俺と先輩を自分の部屋に置き去りにし、姫子さんを呼びに行った。
「先輩、今日俺、告白っていうかノリで付き合おうって言われたんですけど、その気が無いならきちんと断るべきですよね?」
「うん。……その子を傷つけたくないの?」
「それもありますけど……、あいつが本気なのかどうかも……まぁ、断ることに変わりありませんけどね」
やっぱり、このまま有耶無耶にするよりはっきり言っておいた方が良いんだよな……。
俺は協力したいと思う反面で付き合う事を断らなければならない後ろめたさがあり、有耶無耶にしてしまおうか、と少し考えていた。でも、やっぱりそれは逃げる事だから。先輩に話した事でやる事は決まった。 明日にでも、話をしに行こう。
がちゃり、と玄関の扉が開く音がした。直が姫子さんを連れてきたのだろう。直は玄関から直ぐにあるリビングとを繋ぐ扉を勢い良く明け、
「夏と言えばカレーだろ!」
「これまた、暑いな」
「涼しい部屋にカレーなら文句ないだろ?」
「昨日も似たような事があった様な……」
直は手に持っていたカレー粉の箱をばーんと見せつける。聞くと、カレー粉だけ無かったらしく姫子さんの部屋から持ってきたのだと言う。 毎日交代で夕飯を作っているだけあって直の料理の腕もなかなかだ。
「昨日ぶりね、名寄……星灯ちゃん。……んー、でも本当、綺麗な髪してるね。羨ましぃ~!」
「姫子さんで宜しかったですか? ……そんなに私の髪は珍しいものですか?」
「珍しいってか、見とれちゃうんじゃないっすか? 綺麗すぎて」
俺が言うと先輩は難しそうな顔をして首を傾げた。
「虹波って、そういう事言えんのね。恥ずかしがって言わないかと思った」
面白がって姫子さんはからかったが、無意識だった。そう、俺は普段女の子の事何か褒められない。なのに、今……あれ?
「ふーん。無意識に言っちゃうほど、惚れ込んでんだ」
「違っ! そういうんじゃないですって!ね、先輩」
「あ、うん。多分?」
多分って、誤解を招くような事を!!
予想通り、姫子さんはさらににやにやと笑みを浮かべると「へ~」と頭を揺らした。
しばらくすると、直が調理を終え、皿に盛り付けた夏野菜カレーを人数分運んできた。
「俺、特製! 夏野菜カレーです!」
得意気にそう言うだけあって見た目も美味しそうだ。全員が座ったのを見ると姫子さんは、
「では、星灯ちゃんを歓迎して!」
しかし、失敗。普通なら皆揃って乾杯!とか、いただきますっ!とか、何とか言うのだろうが……俺たちは正に十人十色、「うぇーい」だの「いらっしゃい」だの「ふぉー!」だの、全員が別々の事を言った。
「っぷ、皆バラバラ! あははっ」
姫子さんだ。
本当、合わせたんじゃないかってぐらいだ。
そこから俺達はたわいもない会話で笑いをこぼし、直の作った夏カレーを口に運んだ。ネセシティタウンは誰もが寮に一人暮らしなため、こういう風な賑やかな食事というのはとても珍しいのだ。だからなのか、心無しか何時もより直の料理が美味しく感じられた。