第7話 遠山花音
朝。カーテンの隙間から差し込む光は少量なものの、その光の持つ熱量は相当だ。そして運悪く、その光は俺の顔面を直に照らし出している。あまりの眩しさと、顔に熱が加わった事で目を覚まさずを得なかった 俺は目覚まし時計で現在時刻を確認した。
六時半。
予定では目覚まし時計が七時に鳴りそれをびしっと止め起きるはずだったのだが、三十分も前に起きてしまっては何だか損をした気分になる。
もう少し寝れたのに、と。
だからと言って今から二度寝すれば、七時に起きられる自身もないため、のっそりと、ベットから出た。朝食をいつもよりゆっくり取り学校へ行く支度を済ませた。ゆっくり食べたとはいえ、時間は余る。
………暇だな。
ぼーっとしていたのだが、何だか時間を無駄にしている気分になったので直の携帯に一言入れ、先に学校に行く事にした。
学校に着くとまだ、人影は少なく校舎には部活の朝練をやる人達の声や音が響いていた。昇降口から教室棟に行くには一度外へ出る通路を通る。外に出た瞬間に蝉の鳴き声が耳に入る。額の汗を拭いながらふと、中庭の方を見ると校舎に背中を寄りかからせる美少女の姿が目に映った。………そう、美少女がいた。変顔をした美少女が。俺はあまりのシュールさに笑いを堪える事が出来ず遂に吹き出してしまった。
「……ふはっ! あははははは! ずげー変な顔!」
「……なっ………み、見られたぁぁ!」
暑さで火照っていた顔を更に赤らめその美少女は桃色の綺麗な瞳で、キッと、俺を睨みずんずんとこちらに近づいてくる。
藤色のストレートの髪は耳の高さで二つに結ばれ、前髪から顔に沿って垂らされた横髪は汗で重々しくぴたりと顔に吸い付いている。
「今、何も見てないわよね?」
「いや、あれは忘れられない………ぷっ、はははっ! あー、腹いてぇ」
腹を抱えて笑う俺を見た彼女は小さい唇を更にきゅっと締め眉を寄せた。
「あんた、どんだけ失礼なのよ! しかも、こんなに可愛い私を笑うなんて……名乗って、今すぐ!」
「一年の菅原虹波だけど。……俺、自分の事、自分で可愛いって言う女子初めて」
「自分を肯定してくれる人がいないなら自分で肯定するしかないじゃん……。はぁ、菅原ね……覚えておく」
何だか気になる発言をしていたが、一体この子は誰だ?という大きな疑問が頭を過ぎる。
「で、あんたは?」
「え、何?あぁ、何で変顔してたかって事? ずっと愛想笑いしてると顔が疲れるのよねー」
「いや、違う違う! あんたが誰かって聞いてんの」
すると彼女は、はぁ?、とかなり驚いた様子で俺の肩を両手で掴んだのだ。
「あんた、同学年で私の事知らないとか………本当にここの生徒?」
「え、有名人……とか?」
失礼な事をしてしまったかも、という思いが今更ながら俺の中に渦巻く。彼女との近すぎる距離に動揺を隠せないでいると、
「……遠山花音」
「あ、聞いたことある。クラスのやつらがいつも話題に……あれ、遠山って美乃里先生と同じ名字か」
「美乃里は私の叔母。てか……この学校のパンフレットにも乗ったし、勉強も学年トップなのに……顔、知らなかったんだ」
叔母っ!?まじか。
俺の肩を掴んでいた手をゆっくりと離し、遠山は呆れた表情ではぁ、と軽く息をついた。
「あ、花音! おはよー」
通路を歩いてきた、女子生徒がすれ違い際に遠山に声をかける。その瞬間何かに反応したかの様に彼女は笑顔を作り、明るく挨拶を返した。 しかし、女子生徒が去ったのを見ると遠山の顔から笑顔が瞬時に消え暗い影が覆う。
それを見た俺はさっき彼女が言っていた事をようやく理解する。変顔をしていた理由だ。
「完璧な作り笑い、お疲れ様です」
「そりゃどうも」
「でも、別に笑顔で挨拶しなくても良くないか?今のまんまでも俺は大丈夫だけど」
「菅原、あんた女子舐めてんの!」
人差し指を立て俺の胸にとんとんと当ててくる。
別に舐めていた訳では無いけども!一体なんなんだよ。
「女子は下らないことですぐ人を嫌うの。それで普段は無い団結力をここぞとばかりに発揮。その人を陥れる。それが女子の本性。私みたいな可愛い子がこの性格で過ごしたら直ぐ言われるわ。可愛いからって調子に乗ってる、生意気だって」
「何それ、女子怖い」
そうよ、と遠山は続けた。
「だから私はとりあえず笑っておく事にしたわ。でしゃばらず、自分の話はしないで相手の話を聞いてあげる。男子に興味無い振りして、女子の反感を抑える。そしたら、ほら、女子に嫌われない」
「遠山、お前頑張ってるんだな」
女子に嫌われたくないが為にそこまで出来るのか……と少し、関心までしてしまいそうだ。けれど、遠山は表情を曇らせ舌打ちをする。
「だけど居るのよ、空気の読めない男がっ! 私を見て、大体の男は最初に言うわ、可愛いって。何してくれてんの?女子に嫌われたらどうするの? そんなのは心ん中に留めとけよ! って思う。可愛いって思うのは仕方ないわよ、私可愛いもん。でも、女子に嫌われたら男子にも嫌われるのよ? 確実に!」
「女子ってそんな力持ってるんですか!? てか、あれだな。それってイコール全員に嫌われるって事だろ」
俺が言うと、遠山はうんざりした様に頷いた。
「全く、顔で人を判断すんなっての。可愛いから何?調子に乗ってる? 馬鹿じゃないの。皆、恋バナするくせに、私がすると皆、表情曇るってどう言う事!? 冗談じゃないわよ!」
エンジンが掛かったかのように女子を批判し始めた遠山を俺は宥める事しか出来ない。しかも、さっきから――時間がもういつもの時間帯なのだろう――通路を人が通るためその度に作り笑いを浮かべたり消したりして本当に忙しそうだ。しかし、本人は満足した様であがった息を整えると、
「私、誰かにこんな事言ったの初めて……何で、菅原にこんな事言えたんだろ?」
そうまじまじと見られても困るんだが……。
俺を上から下まで見直した彼女は続けた。
「うーん……そういえば、男子で外見について何も言ってないの菅原だけなのよね。だからかな?」
「他の奴ら、良く可愛い何て言えるよ……恥ずかしくないのかな?」
「うわ、清純」
「……なっ」
「赤くなっちゃって、可愛いっ」
何てやつだ。俺は極めて一般的だ。本人を目の前にして可愛い何て言えるかよ。確かに、可愛いと思う。けど、そんなん口にしたらこっちが恥ずかしくて死ぬわ!
「おっ! 虹波、まだこんな所にいたのか?」
この声は直だ。直なら可愛いって言いかねないな……なんて思っていたが時既に遅し。
「遠山花音! ……本物初めて見た。可愛い……。俺と付き合って下さい」
言ってしまった。嗚呼……。俺は頭を抑えた。あろう事か、付き合って下さい、とまで言うとは。
これは、怒るのか?と思ったのもつかの間。彼女はそんな俺の予想を裏切り、
「あ……えっと、ありがとう。でも私、菅原と付き合ってるから」
愛らしい笑顔で彼女はとんでもない事を口にした。
「はぁ!?」