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第61話 笹神直と遠山花音

「むっかつくなぁ……」


 菅原虹波の呟きに自信満々の笑みで返して見せる。

 席についた笹神直は携帯を取り出した。


「花音ちゃんと先輩に部活の連絡しねーとな」


 送信ボタンを押してすぐ、遠山花音からの返信が返ってきた。

 その内容に笹神直は邪念めいた表情を浮かべる。


「へっへ〜、良い事思いついた」


 ここは虹波の為に一肌脱ぐか! 等と少々いい気になり、菅原虹波に向かって声を上げた。


「虹波! 俺、部活遅れるから、ちょいと用事!」

「はぁ? 自分で言っておいてそれかよ……。まぁ、了解」


 しかし、この事が裏目に出るとは思ってもいなかったのだ。自分が陥れられる事になろうとは――。



 今頃、虹波と先輩は部室で二人っきりかな。

 放課後、笹神直は上機嫌で部室に向かっていた。五分程、時間を潰し後は部室の前で二人の会話を盗み聞きする算段なのだ。


「ん――? 花音ちゃん?」


 中庭に藤色の髪が揺れるのを見た。遠山花音は同級生である女子二人に呼び出されていたのだ。


「花音さぁ、最近付き合い悪くない?」

「別にあんたが男と遊ぼうが私達の事避けようが構わないけどさぁ……だったら、最初から友達面するなよって話じゃん」


 二人は止まることなく、彼女を罵倒する。笹神直にはそれが許せなかった。

 どうしてこんなにも彼女が責められているのか意味が分からない。


「違っ――、……あはは、ごめん、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ。最近、部活に入ったしちょっと忙しくて。でも、今度また二人が誘ってくれんなら遊び行くから! 絶対予定開ける!」


 図らずも、拳に力が入る。

 どうして笑う? どうしてそんなに無理をする?

 けれど笹神直は我慢した。今、飛び出してしまえば彼女の努力が無駄になると思ったから。


「……はぁ、本当、調子に乗るのもいい加減にしてよ? じゃね」


 最後の最後まで辛辣な言葉で、その二人は去っていった。

 遠山花音は思わずその場に膝を付く。恐怖と安堵が入り交じり、瞳には涙が浮かぶ。


「あ……ぁあ、あれだけ嫌われたくないって思ってたのにな。嫌われちゃっ……た」


 その瞬間、背後から歩み寄る気配に遠山花音は期待を込めて振り返った。


「なんだ……笹神か」

「花音ちゃん、嫌われるのがそんなに怖い? 俺達がいるのに」


 虹波だと思ったのだろう。彼は直感で分かった。ずっと見てきたのだ。親友を思い続ける遠山花音を。


「聞いてたの? ……笹神には分からないよ。私がどんな思いでっ……くっ、ほんっと何なのよ、あんた!!」

「そりゃ、分からないだろ。でも、無理してるのは分かるよ! だから言ってんだ。花音ちゃんは何をそんなに守ってるんだ? 無理する必要がどこにある!?」


 一刻も早くこの場から逃げ出したかったのだろう。遠山花音は彼を振り切って、駆け出した。

 そんな彼女の気持ちを理解しながらも、笹神直は追いかけない訳には行かなかった。

 ――言ってしまいたい、この気持ちを全部。

 しかし、それは出来なかった。 彼女を苦しめると分かっているから。菅原虹波との恋が結ばれないものだと分かっていても、彼はそれを応援したかったのだ。彼女にとって一番良い選択をさせてやりたい、その一心で。

 それは偽善者かもしれない。もしくは、ただの臆病者かもしれない。

 それでも、笹神直の決意は変わらない。

 それに彼女にはちゃんと自分の事を好きになって欲しいのだ。

 そこから、始められれば良い。だからタイミングを間違えるな、そう自分に言い聞かせた。


「花音ちゃん、待って!」


 必死でその場から、笹神直から逃げる彼女の背中に向かって叫ぶ。

 程なくして、追いつける距離になっていた。当たり前だ。彼は毎日、セントラルエリアまで走り込んでいるのだから。

 しかし、笹神直は急に足を止め顔色を変えた。


「……部室棟、」


 遠山花音は部室へと走っていったのだ。名寄星灯と菅原虹波のいる貢報部の部室へ。


 ――まずい、まずい、まずい、まずい!


 笹神直はこれ程までに自分の行動を後悔した事は無かった。

 もう手遅れだと分かりつつも、彼は貢報部の部室へと向かう。

 すると、そこにはドアノブに手を掛けたまま硬直する遠山花音の姿があった。


「つまりね――、やっぱり……ありがとう、かなぁ。へへっ」


 中から薄らと聞こえる名寄星灯の声。

 次の瞬間、笹神直をも身を固めた。


「……星灯先輩、俺……先輩の事大好きです」


 親友の恋を応援したのは自分だ。しかし、こんなのは望んでいない。焦らせすぎた。

 笹神直の心に後悔の念が渦巻く。


「私も貴方が好きです、虹波君――」


「ごめん、笹神。私、帰る」


 返事をする間もなく、遠山花音はその場から去っていく。

 笹神直は苦渋に顔をしかめた。


「なんつー、タイミングだ……」



 ☆☆☆



 ぼんやりとした意識の中、遠山花音はさっきの中庭で足を止めた。

 頭の中に部室前で聞いた会話がリピートされる。


「……知ってた。分かってた事じゃない。でも、キッついなー……うっ」


 流石に耐えられない。もう無理だ。

 彼女にとってこの日は色々ありすぎた。

 我慢も限界だった。


「私……何処に行けば良いの? 逃げたい、もう……どうして皆、私を否定するの?」


 腕がぐっと引っ張られ、少し痛みが走った。

 慌てて涙を拭う。笹神直だ。


「……何」

「失恋?」

「だったら何よ」


 これは完全に八つ当たりだ。さっきも彼に図星を刺され、今度は失恋現場を見られ彼女の笹神直に対する矛盾した怒りは頂点に達している。

 笹神直は少し困ったような表情で、口を開いた。


「……俺、ずっと花音ちゃんが失恋する日を待ってたよ」

「……っさ、最低」


 吐き捨てる様に遠山花音は言葉をぶつける。

 ――人の気持ちをなんだと思ってるのよ。


「報われないの分かるじゃん、あんなの」

「ねぇ、笹神に何が分かるのよ! 私の好きは届かなかった。好きな人が自分の事を好きじゃない。この意味分かる? どんだけ、苦しいか分かる?」


 分かってない 、他人なのだから当たり前だ。しかし分かった物言いで自分のそれを否定されるのはどうにも我慢ならない。

 しかし、笹神直は理解している。


「……っ分かるよ! 俺だって花音ちゃんの事……! い、いや違う、今のは……」

「え?」

「……っ言うつもり無かったけど、ごめん。好きだよ、花音ちゃん」


 優しさに満ちたその笑顔は彼女の胸を締め付けた。


「好きって……冗談何て言わないで――」


 冗談ではない、と思いたくなかった。

 でも、分かってしまう。笹神直の笑顔がそれを伝えていた。


「うっ……うぇっ……どうして……どうして今なのよ!」

「一生懸命で、何だかんだ他人思いで、ちゃんと自分と向き合って、全部――好きだよ」


 どんなに最悪なタイミングだろう、と彼は思う。けれど、今伝えずにいつこれらを伝えられるだろうか。

 遠山花音は涙ながらに言った。


「……何で、私なんて、最低で最悪で、良い所なんて一つも。それに、私は――……」

「大丈夫、待ってるから。今すぐ答えだされるのは俺もきついんだわ」

「うん。……ごめん、今は行って」


 今度は無理に追いかけたりしない。笹神直はその言葉に頷いて見せた。


「最後に! 一つだけ……、ありがとう! この世界に花音ちゃんが居てくれて良かった。だって、本当に俺は救われたんだ。花音ちゃんの頑張りとか、強さとか――俺の元気の源は花音ちゃんだった」


 その瞬間、お母さんとお父さんの言葉を彼が否定してくれた気がした。


 産まなきゃ良かった――


 この言葉がずっと響いていたのに。

 生まれてきてくれてありがとう、そう言ってくれたのだ。

 遠山花音はその場に崩れ落ちた。止めようと思っても、暖かい雫はどんどんと溢れてきて、どうする事も出来なかった。


 ――こんなの……こんなの、ずるいわよ。

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