第6話 こいつはやっぱり最高だ
直には、どう説明したものか……。
俺は頭の中で、少しシミュレーションをする。
そして、用も済んだのに部屋にいては申し訳ないので一先ず、今日はもう自分の部屋に戻ることにした。
軽く先輩と挨拶を交わし、自分の部屋へと向かった。
「……と、その前に直の所行くか」
俺は独りでに呟くと、掴みかけたドアノブを離し、隣の部屋のドアノブへと手を伸ばす。
直の部屋は俺や先輩とは違い、一階なので、ドアを開けてすぐ階段という事は無い。インターホンを押さずにづかずかと部屋の中へ入っていくと、ソファーに座りテレビを見る直の姿が目に入る。
「おっす」
「あ? うわっ! ……虹波? インターホンぐらい押せよっ!」
「っお前にだけは言われたくねぇ!」
直はテレビの電源を切ると、
「はぁぁ。……夕飯、食べてけよ」
しかし、俺は直の反応が見たかったので、敢えてここは断ることにした。
「いや、断る」
「はぁ? ここは、断らないだろぉ!? 普通」
思わず俺は吹き出した。
期待どおりというか、こいつはやっぱり最高だ。
「うそうそ、食べるよ」
「さっき、姫子姉が来て鍋置いてってさぁ。この時期に鍋だぜ? いや、でも、クーラーの効いた部屋で熱々のものを食べるって案外良いかもな。姫子姉、鍋ごと置いてったから一人じゃ食い切んねーよ」
「確かに、真夏に鍋はな……姫子さんのセンスを疑うよ」
笹神家では毎晩夕食を交代交代で作るらしく、このイネベテブルタウン来てからも兄弟の間でそれは続いているらしい。そして、今日は姉の姫子さんが担当……と言う事だろう。
直は台所から湯気の立つ鍋を持ってくると、ソファーの前にある黒ベースの机の上にゆっくりと置いた。俺は自分の部屋の様に机の前に座り、食器を要求した。すると、こいつっ……という目で睨まれたが、何だかんだ優しいやつだ、箸から小皿までちゃんと用意してくれた。
「で、結局何しに来たんだよ?」
ようやく机の前に腰を下ろした直は、小皿に鍋をよそりながら話を振った。
「いや、実は今日星灯先輩に放課後呼び出されてさ」
直の動きが止まる。
なんだ、その表情は!と言いたくなる様な笑いと悲しみの混ざった表情でこちらを見る。
「え? え……え、じゃあ、担任に呼び出されたのは?」
冷静を装い、直が問う。
「あれ、嘘」
「……こ、この、裏切り者がぁぁぁぁ」
そう叫び思い切りよく立ち上がった直は鼻水を啜りながら、瞳を潤わせている。
直につられ俺も立ち上がると、言い聞かせるように
「だが、聞け! 先輩な、今この寮に居るんだ」
「な、なんだと!?」
しばらく、呆気に取られていた直はふとした拍子に足の力が抜け、はぁぁと床にしゃがみ込んだ。
「でも、何で?」
やっぱそうなるよな。
俺は先輩と俺との関係や俺すらまだ理解に苦しむデスタルの話をこいつに話すべきかどうか迷った。
話したところで心配をかけるだけ……まぁ、そうだよな。
「……さぁ。俺もそこまでは」
「まぁ、これから一緒に住めるんだしいっか」
直につられ、腰を下ろすと部活の事が頭に浮かんだ。
「それと、もう一つあるんだけど」
俺がにやりと気持ちの悪い笑みを浮かべると直は頭にはてなマークを浮かべ俺の言葉を待った。
「先輩、部活に入ってなかったらしくて明日から貢奉部に入部するって言ってた」
「虹波。俺、今程貢奉部に入って良かったと思った事は無い」
……確かに。こればかりは直と同感だ。
小皿に入れた白菜を箸で掴みながら二、三度首を縦に振る。
そこから、俺たちはたわいもない会話をぐだぐだと話し、気が付くと時刻は夜の十時を回っていた。次の日が休日ならこのまま駄べっていても良いかもしれないが、一週間はまだ始まったばかりだ。
それに、俺はともかく直は毎朝ランニングしているのでこんなに長居してはこいつの睡眠時間を削る事になる。こいつをその方法でいじめるのは良いが、昼食のパンを買って来て貰っている身としては自重しなくてはならない。だったら、学食でも食べれば良いじゃん!と思うかもしれないが我光涼高校にそんなものを求めてはいけない。ほんっとに、不味いのだ。あれは不味い。誰があんなものを好んで食べると言うのだろう。あれを食べるぐらいなら食べない方がまだましだ。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「ふわぁぁ、そうだな。俺も眠くなってきた」
そんな直を横目に俺は扉を開け玄関へと向かった。じゃーな、と軽く手を振り、背を向ける。
外に出ると、星は出ていないものの月は出ていた。雲の流れが早い。夏の夜空を感じる。
「……まぁ、なるようになるか」
昨日の夜を思い出しながら、遠い空に向かって俺は呟いた。