第59話 修学旅行の夜的な
鍋はあっという間に無くなった。恐るべし、笹神家の料理。
「明日、学校普通にあるし今日はお開きにするわよ?」
「そっか……、学校」
姫子さんに言われなければ完全に忘れていた。
最近、非日常すぎてたけど俺の日常あったんだ。
「ううぅ、お休みしたい」
「遠山でも、そういう事思うんだな」
「当たり前でしょ?」
学校とか好きそうなのに、と思ったが、そうだ……遠山は笑顔に疲れたからって変顔とかしだすやつだからな。
それに俺達の学年の中じゃ先輩に負けず劣らず結構な人気があるらしいし、そこも憂鬱要素なのかもな。
「だったら尚更、ズル休みは許さないわよ~? ほらほら、退散!」
姫子さんが皆を急かす。しかし、直は片付けを手伝う等とやりもしない事を言って部屋に留まっていた。
「……お前帰らないの?」
皆がそれぞれの部屋に戻った後、俺は片付けをしながら溜め息をつく。
「帰ってもいいけど、たまには親友の相手をしてやろうかと思ってさー」
「いらねー……」
「って、ちょっと扱い酷すぎ無い!?」
「普通だろ」
片付けしないなら帰れよ、と心の中で思いつつ最後の皿をキッチンへ持っていく。
ソファーに腰掛けている直の隣に腰を下ろすと、また溜め息をついた。
「……で、あるんだろ? 何か」
「こ、虹波君するどーい!」
声をワントーン程上げ、程良い気持ち悪さで俺をチラ見する。
しかし直後、直は黙りすっと立ち上がると真剣な顔をした。
「俺、花音ちゃんが好きだ」
「……っ、修学旅行の夜かよ」
予想の斜め上を行くとは、勢い余って前に乗り出してしまった。
てっきりまたデスタルとか人間殲滅の事とか――……。
「はっ……駄目だな、俺。まだこの日常が信じられないみたいだ」
「そんなに向こう凄かったのか?」
一先ず落ち着き直はソファーに座る。
「凄かった……と思う。だって、戦いだぞ? 無理だろ、ふつー」
「でも、お前は行ってきた。んで、帰ってきた。だろ?」
直はいつも俺が欲しい答えをくれる。肯定して欲しい時には肯定してくれるし、反対して欲しい時には反対してくれる。
何故かこの笹神兄弟は本当の本当に俺の事を理解してしまっているのだ。
「まぁ、俺の事は良いや。で、遠山だっけ? 可愛い、って言ってたもんな。初対面の時」
「んー、まぁ、可愛いんだけど、可愛くないじゃん? てか、虹波と同じで俺の扱いひでぇじゃん? 可愛くない所が可愛いというか、だからつまり俺が言ってるのは……顔じゃないんだよ!!」
良く分からなくて、は?、という顔を向ける。でも、直が遠山を本気で好きなのかもしれない、という誠意の様なものは伝わった。
「虹波は花音ちゃんじゃなくて、星灯先輩が好きなんだよな!!」
そうでなくては困る、とでも言いたげな緊迫感に二三度首を縦に振った。
はたと気づく。
遠山への好意を否定した結果、先輩への好意を認めてないか――!?
いや、先輩を嫌いだと言う事は断じてないが、こういう事じゃない! 好き……とか、そういうんじゃない、はすだ。
悶々とした考えがみるみる溢れ出る。
「なぁ、直。俺って……星灯先輩の事好きなのかな?」
「知らねーけど、俺がお前の本心知ってたら気持ち悪いだろ?」
そりゃ、ごもっとも。
「じゃあ、逆に聞くけどお前は何で遠山なんだ? 先輩の事も可愛いって騒いでたよな、最初の頃」
意外にもすぐに答えが返ってきた。
「分かんねー。でも、はっきり分かる! 俺が好きなのは星灯先輩じゃない、花音ちゃんだ」
「そんなんで良いのかよ」
「……虹波って変な所で真面目だよなー。良いか、こういうのは理屈じゃないんだよ。頭じゃなくて、心が先なんだよ。分かるか?」
直は偉そうにべらべらと恋について語る。
――心が先か……。
「じゃあ、お前は遠山に告白でもするのか?」
「……いや、しないな」
「何で!」
直の事だから、決めたらそのまま真っ直ぐに突っ走るんだと思った。迅速果断、有言実行。ここで踏み留まる理由が分からない。俺は直の言葉を待った。
「……まぁ、焦るなよ……って話なんだわ。まだタイミング違うだろうよ。我慢できるかは分かんねーけど」
「色々あるんだな」
「お前は少しは焦ろよ? 星灯先輩がどれだけ校内で人気者だと思ってる? 同じ部活、寮ってだけで奇跡的なんだぞ! なのにお前ときたら……。先輩に彼氏が出来ても俺、知らねー!!」
確かに星灯先輩は人気だけど、先輩が誰かと付き合うね。
――ん……?
急に息苦しくなるような心臓の違和感。
まさか俺、嫌なのか?
先輩は誰のものでも無い。先輩は先輩だ。それだから、誰かと付き合うなら俺とは無関係。
「ったく、ちゃんと考えろよ。後悔しないように。虹波、鈍感なんだから」
苦笑い混じりに、じゃあ今日は帰るわ、と言い席を立つ。
「そうだ、言い忘れてた。人間殲滅、止めてくれてありがとな」
満面の笑み。まさか、直に礼を言われる日が来るとは。少々面食らう。
常日頃の直なら逆にお礼を求める方だからな。
「止めた訳じゃないよ。いつかはまた同じような事が起こる。絶対に対立する運命なんだ」
「そんな運命、変えてやれぃ!」
「言うよなぁ、直のくせに」
上っ面だけ見て頭を捻るより、本質をしっかり捉えてる気がする。
対立するなら、その運命をまた壊せば良い。単純だけど、見えなかった答え。
「じゃあな。また明日」
「おー」
本当、タイミング良いんだよなぁ。
閉まったドアを見つめながら呟く。
「――ありがとな。……ふわぁあ、寝よ」
その日の夜はなかなか寝付けなかった。今までの事、これからの事、今日を区切りとせずにいつを区切りとするだろうか。
これから始まる未来、俺は誰と一緒に――誰の為に過ごすんだろう。
「んー……」
目覚まし時計の鳴り響く部屋の中、睡魔と暖かい布団の力は強大で俺はついに目覚まし時計を止めることは無かった。
「虹波! 何、穏やかに寝てるのよ、学校だってば!!」
「姫子さん……どうして」
寝起きの声帯すら覚束無い状況で薄らと目を開ける。
「どうせあんた、二度寝とかするでしょう? 思惑阻止よ!」
嗚呼、また鍵閉め忘れた……。
いつもと同様、インターホンも押さずにずかずかと入ってきたのだろう。
「……今度から鍵は絶対確認だな」
「何か言った?」
狂気に満ちた顔は止めてください、と首を全力で横に振った。
しぶしぶ、体を起こす。
「うぅぅ、さっむ!」
そういえば、もう秋なんだった。朝方はやっぱり冷える。どうりで布団の威力が強大なわけだ。
「ほら、ちゃんと準備するのよ?」
「はいはい」
姫子さんが部屋を出る間際、小さな声で「おかえり」と言っていたのを聞いた。
「……そこは行ってらっしゃいだろ?」
照れ隠しにそんな独り言を呟いてみたりしながらも、支度を進める。
前髪の長さがそれなりになってきた。あの時、切りすぎてからどれ程の時間が経ったのかが伺えた。制服は夏服から冬服に変わり、季節はまた秋から冬へと移行する。
「そろそろ行くか。――いってきます」
乱雑に鞄を取り肩に掛けると扉を閉めた音が耳元で響いた。