第55話 何度、希望が見えなくなっても
深夜は神綺の作り出した空間の中で俯かせていた顔を上げた。
「深夜さん……、分かりました。クロスリリース。すいません、僕ちょっと……」
「おっと……」
力を使い切り再び気を失った神綺を優希が支える。それと同時に、こちらの世界に戻ってきた深夜はゆっくりと瞳を開く。
「……貴方は、確か」
見覚えのある顔に優希は言葉を濁らせる。
「私も貴方の事は知っているわ。彼から少し話を聞いていたから。優希さん……よね」
「そうだが……えっと貴方は?」
「深夜。前々々回目ぐらいのクロスプリンセス……だったのかしらね」
それを聞いて優希は納得した。
だから、見た事があったのか。
「優希ー? そこの人はもう任せて。こっちの彼女はもう優希に任せるから!」
「分かった。じゃあ、楓、神綺を頼む」
「はいはい、そっちも無理しないでね」
菫花はゆっくりと立ち上がり、
「あの二人だけで、三人の王の相手は……無理なのですよ」
深夜が菫花に駆け寄り、彼女を支える。
もちろん、このまま名寄星灯と菅原虹波を放っておくわけにもいかない。
彼らは、菫花、優帆、優希、深夜の四人で王達と二人の待つ最上階へと向かった。
☆☆☆
「星灯! 菅原虹波!」
俺と先輩を呼ぶ声がし、俺は入口を振り返った。菫花の声がし、優希さんと母さんに支えられるようにして、そこに立っていた。
「なっ、優希……裏切ったな!!」
「優希さん……」
王の憎しみに満ちた、低い声の横で先輩の優しい声が響く。
「神綺様は……戦闘不可能なのです。だから、私しは――」
神綺が? ――戦闘不可能……。
「心配するな、楓がついてる」
優希さんは俺と先輩の事を察したのか、そう言った。
先輩のいる所には母さんと菫花が付き、俺の方には優希さんが付く。
「……例えここでどんなに戦いをしようと、無駄じゃと何度言わせる?」
一行に進まない戦い、いくら戦っても平行線のまま。
でも、まだ試していない。その機械に俺がグラムで触れる。それだけを思って走り出した。
「おい、何をするつもりだ?」
後ろから優希さんが追いかけてきて、小声で問う。
「あの四角い機械……何だか怪しいんですよ。もしあれが、空間を歪める程の力を持つなら無効化しなきゃいけないですから!」
「よし、じゃあ私があいつを引きつける。行け」
優希さんは足を止め、王達の方を振り向く。
俺はそのままその場を走りきり、四角い機械へと向かった。
四角い機械はそう大きくは無く、腰まである高さの正方形だ。全体的に黒く、無数の文字が彫り込まれている。
俺が手を触れると、その文字は青い光を放つ。
「――、それに触るでない!!」
戦いの最中、聞こえてくる王の声を振り切りながら俺は魔剣を抜いた。
そして、そのまま思い切り振り下ろす。
ガッ――というノイズ音がする。しかし、文字は青く光り続けている。
もしかして、もう無効化されているのか?
「菅原虹波! そんな簡単な訳が無いだろ、よく考えろ!」
四角い機械の前で何もしなくなった俺に、優希さんがにが苦しい表情で叫ぶ。
でも、確かにそうだ。
それにまだ文字は青く光っているし、無効化されていないのだろう。
触れるだけじゃ、ダメだったのか? それとも、元々魔剣が効かないのか――。
「……どうすれば……?」
もう一度、魔剣を振り下ろす。
無効化された形跡は全く無い。
この場には、爆発音や叫び声が響き渡る。
皆に時間を作ってもらってるのに、どうして――!
魔剣が効かない事に苛立ちを覚える。
「菅原虹波!!」
すると、戦っていた筈の菫花が後ろから声を掛けてきた。
どうやら気がついた事があったらしく、戦いを他の二人に任せてまでこちらに来たようなのだ。
「……はぁ、菅原虹波、中心となる核を、核を探すのです。そこを破壊すれば全て止まるはずなのですよ!」
それだけ、伝え菫花は去っていった。
俺は菫花の言っていた事を考える。
中心の核……か。
早速、四方八方から四角い機械を見てみるのだがそれらしきものは見当たらない。
探すんだ。菫花が言うんだから間違いない!
「……くそっ」
何度、周りを見てみても核の様なものは見つからない。
外側に無いとなれば、内側なのかもしれない。
そう思い、どこか開けられそうな所を探す。
聞こえてくる様々な音が俺を焦らせる。
「どこだよ……!」
横や後ろを手で伝らせると、手の感触に違和感を覚える。
どうやら奥に押せる様だ。
押してみようと、指に力を込めた時だった。
「……準備が整ったようだ」
一人の王が呟く。
そして――地面がまるで地震のような振動を与えた。
「なんだ……この揺れ?」
階が高いだけに物凄い揺れだ。
天井から、何かが崩れるような嫌な音がする。
「……こうなれば、ここを破壊するのみ」
「ふぉっふぉ。そうじゃな」
「では、我々は行くか」
王達の意味深な会話が、この地震のような振動と関係があるのは明らかだった。
一体何をしたというのだろう。
「おい、逃げるなよ!」
「そうなのです、どこに行くのですか!?」
戦いを辞め、そそくさと何処かへ行こうとする王達に菫花や優希さんが声を張り上げる。
「もう、ここにいても意味は無いからな」
「どうせ人間殲滅を止めることは出来まい。準備は完了した」
「そうだな。それに、ここも時期に崩れる。何も出来ないのだ。……せいぜい、早めにここを去る事だな」
止める間もなく王達は去っていく。
止まない振動。それに王達の言葉。
――準備は完了した? 一体、何がどうなってるんだ!
「はっ、まだ下に神綺様がいらっしゃるのですよ!!」
「か、楓もだ。……行くぞ、現クロスプリンセス!」
時期に崩れるこの場所から二人を避難させるべく、菫花と優希さんは下へと向かった。
「虹波君! どう、大丈夫?」
先輩が俺の側へと歩み寄る。
「それが……、……いや、まだ時間はある!」
俺はさっき押そうとした、ボタンの様なものに手を伸ばした。
押すと、機械音と共に四角い機械が上下に開く。
「やっぱり……」
「あーー、ちょっと待って!!」
横に居たのは星灯先輩では無く、月灯だった。
「月灯!?」
「うーん、これは……まずい」
いつもの不気味な程の笑みすら浮かべず、真剣な眼差しでその機械を撫でる。
「強力な力だ。それに、準備は既に完了している」
「だから、一体どういう事なんです! このグラムでも――どうにもならないんですか!?」
こんな事、月灯に問い詰めるべきでない事は分かっている。しかし、慌てずにはいられなかった。
ここまでして、人間殲滅を止められなかったら……俺はその事にとてつもなく怯えていた。
「君のグラムで止めることは出来るかもしれないけど、……何て言うかよく分からないんだよ。複雑な力と力がここに加わってて、いくらグラムでも、無効化出来る力の量には限度があると思うんだよ。だから――」
「……じゃあ、準備っていうのは?」
「多分もう、いつでも人間殲滅は可能だよ」
と言うことは、いつでも大開放は意図的に起こせるという事。
そんなの……勝てっこないだろ。
「君は諦めるの?」
「……諦める?」
そんなのは駄目だ。駄目に決まっている。
だって、向こうの世界にはあいつらがいるんだ。約束だってしてきた。
直、遠山、姫子さん、美乃里先生……。
「っ、諦めるとか、出来るわけないじゃないですか!!」
俺は魔剣を抜いた。そして、核と思われる中心部に向かって思い切り振り下ろす。
「――はあぁぁ!!」
頼む、頼むから……あいつらを守りたいんだ!