第47話 世界はいつも敵になる
届い……た。届くんだ!
「そうですよ! 母さんだって、菫花だって、優帆だって、それに……あの世界に残ってるあいつらも! 皆、先輩の味方なんですよ?」
”――ごめ……ね――”
ごめんね?
ぎゅっ、と握りしめていた拳を再度握り返す。
「……先輩!!」
駄目だ、伝わらない。もう一度、頑張ろうと思える、その一歩を――俺は踏み出させてあげられない……。
「……っお願いです! 一緒に頑張らせてください!」
ぎゅっと目を閉じ思いを、伝わって欲しい、反れだけを願いながら、俺は叫んだ。
”……虹波君。私は――ちゃんと、強くなりたい”
先輩は泣いているのだろうか?
俺には分からない。ただ、先輩の声は微かに震えていた。
――そう、あの時と同じように。
あの夜、先輩と出会った夜。先輩は裏切りを目の前に、絶望の淵にいた。けれども強くあろうと、震える声で優希さんと楓を真っ直ぐ見つめる彼女に――確かに感動したんだ。
「俺も強くなりたいです。……先輩が不安にならないぐらい。俺はずっと、先輩の味方ですから。……絶対、これだけは変わりませんから!」
俺がもっと、先輩の話を聞いていれば良かったんだ、もっと強かったら――。
後悔ばかり、頭に浮かんで――いつもそうだ。そして、先輩の言葉とか笑顔に助けられる。
”でもね、虹波君。私……弱いんだ。味方が沢山いるかもしれない、でもそれ以上に私は恨まれている。……どれほど沢山の人の心を踏みにじったんだろう、傷つけたんだろう。考えると、私はどうしても……逃げたく……なっちゃうの”
こっちまで、心がずたずたになりそうだった。心臓をえぐられるようだ――。
「……良いじゃないですか。俺だって、どれだけ皆に心配を掛けて、傷付けて、心を踏みにじったか分からないですよ! でも、それを忘れずに覚えている事が前に進むって――」
最後まで言い終わること無く、俺は言葉を止めざるを得なかった。
月灯によって張られていたシールドの壁が解けたのだ。そして、状況が目を通り情報としてそれを伝える。
月灯の圧勝だ――。
「月灯! いくらなんでもやりすぎですよ」
「君達は甘いんだよ。星灯も……。いつだって、戦わない選択肢を探している。ここは戦いの場だよ」
月灯の言いたい事は分かる。戦うと決めたなら、尚更俺達は甘い考え方なのかもしれない。
でも、
「優希さん!」
俺は月灯の前を通り、横たわっている優希さんの傍へと駆け寄る。戦闘不能状態。意識はあるものの、体が言うことを聞かない――という様だった。
「……お前、ちょっと……手を貸せ」
睨みつける事も無く、ただ目的の為に彼女はそれを口にした。俺は優希さんが心の底では星灯先輩を大切にしている事を知っている。
だから、手を差し出した。
手を取り、やっとの事で立ち上がった優希さんは、月灯――いや、星灯先輩に向かって叫んだ。
「お前……何、逃げてるんだよ!! 弱いままっ……なのか? はぁはぁ、違うだろ! いつまで私を……お前の前に立たせる? 星灯……っ、行けえぇぇ!!!!!」
絹の様な黒髪は、透き通る様な銀髪に、漆黒の瞳は無色透明、色の無い瞳に。
「……先輩」
弱々しく、声にする。
そこには、涙を堪え、強い瞳でこちらを見る星灯先輩がいた。
「おい、お前……もう離せ。星灯と奴らの元へ、行け」
視線を下に落とし、静かな言葉で告げる。
俺はゆっくりと、手を離した。
「優希さんっ……! ごめんなさい、私……ずっと、ずっと、優希さんを苦しめてた。逃げ出しました。ちゃんと、向き合わなければいけなかったのに……!」
先輩は一歩一歩こちらに近づきながら、言葉を紡ぐ。そして、目の前に来ると足を止め、
「虹波君。優希さんを手当て出来る場所に連れて行って! 私はもう時間を無駄に出来ない」
「え、待ってください! 先輩……一人で行くつもりですか?」
無理だ、だって皆と合流すればまだ何とかなるものの、そこまで行くのにまだ敵がいないとも限らない。
「私の問題だから。私が原因ならそれを止めるのは私じゃないと……。心配しないで、虹波君」
「心配しますよ!! ――っ俺は先輩のクロスですよ?」
少し驚いた顔をした先輩はその後すぐ、困った様に笑みを浮かべた。
ふわり、とした感覚。先輩の両手が背中を包んだ。
「……お願い、虹波君。無茶はしないから。もし、駄目そうならあなたを必ず呼ぶよ?」
「――すぐ、戻ります」
「うん……ありがとう」
そうして、先輩は俺から離れ後ろ姿を見せた。
よし、俺も急がないとな。
優希さんに目を向けると、彼女は気を失っていた。とりあえず、背中に乗せる。
「っしょ、と。……菫花の家、借りるか」
しょうがない。俺はデスタルで彼女の家しか知らないのだから。
来た道を戻るだけだが、少し気がかりがあった。地下牢への入口を守る兵士を俺と星灯先輩は三人中一人しか倒していないのだ。一人は逃げ出したから良いものの、大丈夫だろうか?
不安を抱えながらも、暗い地下牢を戻る。
「……ん? お前は」
どうやら、気が付いたようだった。
「星灯先輩にあなたの手当てを頼まれました」
「はぁ? あいつ……何考えてんだよ」
「ま、先輩らしいじゃないですか」
「……ふっ、そうだな。なぁ、私の話……聞いてくれるか?」
力無い声で、そう言った優希さんは、俺の知る優希さんでは無かった。
でも、何となく……これが本当の優希さんなのかもしれない。
「私の前のクロス――あいつな、病気だったんだよ」
前のクロス――という言葉に、あの日の夜が思い出された。
”………それに、優希さんの前のクロスだって行くあてが”
確か先輩が自分のクロスがいるであろう優希さんが楓をクロスにしていた事に対してそう言ったんだ。
そして、
”それなら大丈夫だ。なんせ私が殺したからな”
優希さんはそう答えた。
何も言わない俺を見計らったのか、優希さんも何も言わず続けた。
「結構な、重病だったんだ。治す方法も無い、薬も無い――私とあいつは絶望したよ。でも、聞いたんだ。王達が万能薬を持っているっていう、噂を」
「万能薬……」
どんな病も直せる薬。いくら何でも、そんな薬があるとは思えない。
「馬鹿だろ? そんなのあるわけないのに。……でも、あの時の私らには信じるしか術は無かった。信じたかったんだ。どんなに、可能性が低かろうと」
何も言えなかった。……この事は星灯先輩は知っているんだろうか?
「だから、私はクロスプリンセスになる必要があった。普通の人間じゃまず、王達とは話せないからな」
「もしかして、優希さんの希望とか、野望って……」
「嗚呼。クロスプリンセスになって王達と交渉し、万能薬を手に入れる事だ。でも、知っての通り、私はなれなかった。なったのは星灯。そして、あいつは死んだ」
”それなら大丈夫だ。なんせ私が殺したからな”
私が殺した、その言葉は自分を責める言葉だったのだ。優希さんは自分のせいで、殺してしまったと、ずっと――。
「運命だったんだよ、きっと。あいつが死ぬのは決まっていた。……私は、万能薬の為に戦う事を選んだが、もっと二人で過ごす時間を選べば良かった。…………と、まぁ、私の後悔の話だ」
どうして、世界はいつも俺たちの敵になる?
皆、何もしてないじゃないか。運命、真実、乗り越えられる人にだけ与えられる試練――、嗚呼、俺はどれだけ弱いんだ。
もう、心が負けてしまいそうだ。