第46話 先輩の為に出来る事
その瞬間には理解が出来なかった。
「星灯先輩!」
とりあえず、先輩に状況を確認しないと、等と思い後ろを振り向く。
「……やぁ。君と私の約束は果たす事すら許されなかったようだね」
漆黒の瞳。深くて吸い込まれそうな程の黒髪。月灯は困ったように笑っていた。
「これって!!」
「うん……。これはかなり、まずい事になった。星灯は自分から……君を追い出してまでも、自分の中にとどまる事を選んだみたいなんだよね」
とりあえず君はこれを、と言い月灯は魔剣――グラムを俺に手渡した。
「黒い……名寄星灯」
流石の優希さんもこの状況は予想していなかったのか、ギリィ、と悔しそうな表情を見せる。
月灯だったら、確かに優希さんの言葉にも惑わされる事も無いし、星灯先輩よりも攻撃の威力何かも断然に高い。けど……良いのか、それで?
「……ははは! まぁ、良いさ。お手並み拝見といこうかぁ?」
☆☆☆
嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――。
何も見たくない。
何も聞きたくない。
私は弱い。
それでいい。こんなの――もう嫌だ。こんな思いを私に、優希さんにさせるぐらいなら、ずっと、ずっと、ここにいたい――。
知らなかった。私のせいだったなんて。
そもそも、人間殲滅だって引き金を引かせてしまったのは私。私さえいなければ、傷つく人も、戦う人も――みんなみんな……私のせいだ。
☆☆☆
「私は戦いたくないんだけど、あっちその気ならしょうがないよね♪」
強い相手と戦う事が至福の月灯には、この状況は理想的だろう。
「今の状況を楽しまないでくださいよ!」
と、釘を刺す。
「大体、優希さん……何であんな事言ったんです?」
「あぁ、それは私も思ったよ!!」
俺がため息まじりに問うと、何の風の吹き回しなのか、月灯が同意する。
「何でって、お前達は馬鹿なのか? 星灯が敵だからだよ。私はどんな手を使っても星灯を倒す。まぁ……黒いのが出てきたのは予想外だがな」
「嫌だなぁ。彼は馬鹿でも、私は馬鹿じゃない」
俺の事をさらっと、馬鹿にしながら、月灯は続けた。
「君、私が君に対して何を思っていると考えてる?」
「はぁ? 何が言いたい!?」
すると、月灯は今度は俺の方に体を向け、腕をぎゅっと掴んだかと思うと自分の前に俺の体を置いた。
「……え?」
「少なくとも、馬鹿な彼でも分かっている事だよ」
顔には楽しそうな笑みをのせ、深い黒髪を手で払うと、
「――君からは殺気が感じられない。……それどころか、敵意すらもね。あはは、そうか! 君は星灯と、戦いたくないんだよね?」
そう、それは俺も感じていた。いや、最初はそう信じていた。きっと、本当は戦いたくないんだって。けれど、途中からそれは俺の妄想では無く真実へと変わった。
優希さんは星灯先輩を倒そうとしていない。俺は思った。きっと、優希さんは星灯先輩を止めようとしているんだ。
少し考えれば分かる事だ。優希さんは星灯先輩を大切に思っている。現に、向こうの世界では優希さんはこう言っていたじゃないか。
――”星灯は妹みたいな存在だったよ”
優希さんは月灯の問いに対して、何も反応しなかった。
「黙ってるって、イコール肯定だと私は思うんだけどな?」
「はっ……星灯の顔して、あいつが言わなそうな事さらっと言いやがる……」
「まっ、私は星灯じゃないからね」
嫌な空気が流れ、優希さんが目の色を取り戻すのが分かった。
はっ……駄目だ……そっちは……。その目を黒が覆っていると分かった時にはもう遅い。
優希さんは、月灯と戦うつもりだ。
「星灯じゃない、お前だ。私はお前を許さない。……お前にその意志が無かろうと、私の夢を希望を壊した! それは変わらない事実だ。ここで、私に倒されろ!!!」
「ふぅん、戦うんだ。圧倒的な力の差なのに!」
月灯が何を考えているのか、また俺は分からなくなった。
楽しさを抑えられない、というような彼女の表情はまるで本当に――。
「月灯!」
「ごめんね♪」
「うわぁ!」
月灯が指を軽く鳴らしたのと同時に俺は、なにやら見えない壁に隔てられた。
……これ、もしかしてフィールド?
どうやら、俺はフィールドの壁に四方八方を塞がれ、閉じ込められた様だ。
「月灯! ……っ、出してください!!」
見えない壁を握りしめた拳で叩くも、彼女は笑一つこぼさず告げた。
「君はしっかり、見ておくと良いよ」
「そ、そんな。星灯先輩が望まない様な事をどうして。……先輩、先輩……先輩。……情けないな、何も出来ないのかよ!! 俺!」
助けてもらうだけ助けてもらっていざ先輩が苦しんでいる時、手を差しのべられないなんて、流石にかっこつかない……よな。
今度は俺の番だ。
目の前で戦っている二人は真剣そのものだ。どちらかが、倒されるまで終わらない。
人間殲滅を止めるためにここに来た。もう誰も傷つかない様に、理不尽な運命と戦うために、二度と大切なものを失わない様に。
どうにかして、止めないと……。
「そうだ!」
この壁のせいで、優希さんと月灯に手出しが出来ないとなれば、他に俺が介入できるもの。ーー星灯先輩の意識だ。
きっと、俺になら出来るはず。先輩の強い思いが俺に伝わるなら、逆だって!
「星灯先輩、俺の声が聞こえますか? どうして運命は俺たちにばかり逃げたくなるような現実を与えるんでしょうね。でも、俺は乗り越えられる人にしかそんな事は起きないんじゃないかって思うんですよ」
届け……!
「先輩が一人で、心細いなら……何が出来るか分からないけど俺が力になりますから。俺だけじゃないですよ? 星灯先輩にはきっと沢山の味方が居るじゃないですか!」
”……――――……”
「先輩!?」
まるでノイズの様なそれは確かに先輩の声だった。




