第45話 隠された真実は絆を壊す
この前、地下牢へ来た時には気がつかなかったが、ここには誰も捕らえられていなかった。いつかは捕らえられていたかもしれない人も、きっとすぐに処刑されたのだろう。
「あっちも、上手く切り抜けられましたかね?」
『皆、強いから、大丈夫だよ』
先輩の「大丈夫だよ」が俺に安心感を与える。
「はい」
嬉しさをこぼした様に言うと、俺は少し笑みをのせた。
冷たい足音を響かせながら、先輩は前に進む。すると、ランプの光とはまた違う光が見えてきた。
「あの光は……!」
先輩を探しにここに来た時の事だった。確か、ここを進んで広場に……。
『もう少しで広場だね。広場の奥に上へ向かう階段があるはずだから』
「よぉ、星灯。どうやら、私の勘は当たったみたいだな」
「ちぇー。てっきり、真正面から来ると思ってたのに。これで、優希の勝ちだね」
眩しさに一度は閉じてしまった、瞳を開くとそこには待ち構えていた様に優希さんと楓がいた。
『……優希さん』
「私を倒せよ、星灯。でなきゃ、王達のいるあそこには辿りつけないぞ」
「星灯が優希を? 無理だよー、だって……ねぇ、クスクス」
楓は何が言いたいのだろう?可笑しそうに笑う彼の様子がとても不愉快だった。先輩の元クロス。なのにどうして、そんなに、先輩を馬鹿に出来る?
「……どうしてっ」
『優希さん。もう、私は迷いません。優希さんを倒して、人間殲滅を止めてみせますよ』
意外にも力強い声で先輩は言い切った。
「ほぉう、そうか。じゃあ、やって見せろ! クロスエンフォース!」
優希さんも戦う準備が出来たようで、空に舞う。両手を前に出し、指で作った三角形を俺たちに向ける。
「……私はお前が嫌いになったよ。大嫌いだ、星灯」
攻撃を出す直前、優希さんは消え入りそうな声でそう呟く。表情は光の反射で見えない。
言葉を理解する間もなく、攻撃は先輩に向かう。
『……どう、して?』
先輩はただただ、そう言いその場を動こうとしない。
いや、動けなかったんだ。でも、このままじゃっ……。
「先輩! よけて!!!」
”右上”
『……っ! はぁはぁはぁ。ご、ごめんね』
「しっかりして下さい! 俺がついてますから。だから……一緒に頑張って上へ!」
『うん、大丈夫。私がやらなきゃならないんだもんね』
先輩にとって優希さんは家族だったかもしれない。だからこそ、優希さんも王達から助けないと。
刹那、俺と先輩は宙を舞った。その後、大きな音をたて、壁に背中から直撃。
「休んでる暇何て無いぞ?」
『……ゲホ……ゲホッ、ゲホッ……はぁはぁ、はぁ』
先輩がお腹に手を当てる。優希さんが、蹴りを入れたのだ。そのスピード故、先輩は防御出来なかったみたいだ。
「お前、私と戦った事無いだろ?」
『当たり前です』
先輩も分からない様子だったが、俺にも優希さんが、何を言いたいのか理解出来なかった。カッカッカッ、と早足で近づき、先輩の胸ぐらを掴む。
『……っ苦し……』
「星灯先輩!」
「そういう所が本当ムカつくんだよ! 感情見せないで、涼しい顔で、ちゃっかりクロスプリンセスになって!! それで、今はなんだ!? 人間殲滅を阻止? 笑わせるなぁ!!」
言葉を吐き捨て、そのまま先輩を突き飛ばす様に胸ぐらから手を離した。
『……優希さん……』
ぎゅっと目を閉じ、苦しげな声を出した先輩。そして、両腕を前に出し、指で三角形を作った。
”炎”
「……ふはははは……。遅い、遅いんだよ」
悲しそうにそう笑う優希さんはその次にまた何か言おうとしてまた口を閉じた。
『そんな、どうして! 今のを避けるなんて……』
先輩が言いたい事は良く分かる。今の攻撃はかなり、俊敏さに長けていた。先輩以上の実力ならともかく――相手は優希さんだ。なのに、どうして?
「おうおう。私もびっくりだ。まさか、王達がそんな嘘をついていたとはな」
『え?』
「さっき聞いたんだよ。真実ってやつをな」
苛立ちを隠さずにその顔に笑顔をのせた優希さんはそのまま続けた。
「お前、本当はクロスプリンセスじゃないらしいぞ?」
『でもっ! 私はあの人に勝って……』
「ああ、お前は確かに前クロスプリンセスに勝った。けどなぁ、私も一応勝ってるんだぞ?」
先輩が後ずさりし、足が重い音を立てる。
『じゃあ、優希さんが本当のクロスプリンセスだって言うんですか? ……分かりません。何がどうなってるんですか?』
とても不安気な声だった。けれど、俺は声を掛けることも、どうすることも出来ない。俺が先輩を心配すれば、彼女はきっと俺に気を使う。心配をかけまいと。
俺は心の中で、何度も言った。
ずっと、先輩の味方ですから。大丈夫ですから。俺も一緒に戦いますから。ずっと、傍にいますから。
「私はただ単に、星灯が先にあいつに勝ったからクロスプリンセスの座を手にした――そう思ってたんだよ。でも、違った……違ったんだよ!」
そして、優希さんは燃えるような赤い髪を右手で握り締めると、
「お前は中のそれを恐れられていたんだ」
中のそれ――、きっと月灯の事だろう。
「裏切らないように、黒の名寄星灯が敵にならないように――、それで王達はお前をクロスプリンセスにしたんだとよ。私という存在を無視して。……そうだ、星灯がいなければ私はあの場所にいた。お前が私の野望を、夢を、……何もかも奪ったんだ。なぁ、星灯?」
俺は優希さんがクロスプリンセスに何を望み、何を夢見ていたのかは知らない。先輩だってもしかしたら知らないかもしれない。
けれど、知らなかった、では駄目なのだ。星灯先輩のせいで、優希さんが何かしら傷つくような思いをしてしまった。そこが問題なのだ。
どうしてだよ……。優希さんも星灯先輩の事、大切に思ってる筈なのに。どうしてデスタルの王は――この二人を選んだんだ!!
――――星灯先輩は何も言わず震えた呼吸をしていた。ただ、ぽた、ぽた、と静かな涙を流しながら。
そして、
『……優希……お姉ちゃん』
気付けば俺は白い空間の中では無く、外にいた。……いや、強制的に外に出されていた――。