第44話 月灯との約束
地下牢へ続く階段前には、三人程の兵がいた。やはり、こちらの守備は薄めだ。
「うっはー、やっぱこっち人薄いな〜」
「つ、月灯!?」
透き通る銀髪の髪は、闇の奥底の様な漆黒に変わっていた。
「うん、そうだよ?」
「そうだよって……。どうして、出てきたんです?」
真っ黒い瞳を微笑ませる月灯。その姿は、やはり少し不気味だった。
「一つ、君に聞いといて貰いたい事があってね! 嗚呼、今、星灯はこの話を聞けないようになってるから大丈夫だよ」
どういう仕組みでそうなっているのか、とかもう色々と理解しようとしたら負けな事が沢山ある為、俺は敢えて突っ込まない。
「何ですか?」
「星灯より、私の方が強い。それに、王達も星灯じゃなくて――」
人差し指を唇にあて、潜めた声で「――私を恐れている」、そう言った。
確かに、そうだ。正確には王達が恐れているのは星灯先輩ではなく、月灯の方だ。だから、月灯じゃない、星灯先輩はさほど脅威にはならない――。
俺は何も言わずに、頷く。
「星灯はきっと、一人で抱え込もうとするだろうねぇ。なるべく、君の精神力を使わないように、私に迷惑を掛けないように……ってさ」
「あ……」
先輩はそういう人だ。
と、そこで風が止んだ。月灯は不気味な笑みを消し、真剣な表情を見せた。
「だから、君の判断で良い。星灯が無理してるように感じたら、私を呼んで」
「分かった」
再び風が吹き、月灯は口元を綻ばせた。
「ありがとう」
その笑顔は、優しさに溢れていた。
「じゃあ、私は戻るねぇ。星灯には秘密だよ♪」
そう言ったと思うと、月灯は姿を消す。その代わりに星灯先輩が瞼を開く。艶やかな長い銀髪を靡かせながら、
「あれ……虹波君? どうしたの?」
「いえ」
「そう? ……じゃなくて、虹波君! 早く最上階へ向かわないと!」
「はい! 行きましょう」
先輩は躊躇うこと無く、道ど真ん中を走る。俺もその後に続いたのだが……――、
「先輩、どうして隠れないんです?」
「……ど、どうせ見つかるかなって」
「それ嘘ですよね!?」
「ごめんね、虹波君。……ま、間違えちゃった」
「せんぱぁい!」
まぁ、あながち……どうせ見つかるっていうのは、そうかもしれない。
「何だ、お前ら!? と、止まれ!!」
入口を守っていた兵士、小柄の男が、声をあげた。
「……はぁ、通してくれませんか?」
「……上からは何も聞いてないんでね、通すわけには行かないぜ、嬢ちゃん」
今度は大柄の男が、片手を腰に当て、星灯先輩に顔を近づけた。
「って……お、おい! こいつ、な、名寄星灯だ!」
目を見開き、後ずさりしたのはもう一人の兵士で、恐怖でか足を震わせていた。
「しょうがないよね、虹波君。強行突破かな?」
「お、俺は死にたくないぃ! ……うわぁぁぁぁ……――」
その男は叫び声を上げながら、駆け出した。星灯先輩にどんな印象を持っているにしろ、そこまで怖がれると何か不愉快だな。
お前ら、先輩の何を知っている!
「あなた達は逃げないの?」
逃げた男のだんだんと小さくなる後ろ姿を見つめながら、残った大柄の男と、小柄の男に対し感情の無い声で問う。
「み、見くびるな! 俺は命を賭けてあの方達に仕えてんだよぉ!」
そう叫んだ小柄の男は、腕を前に出し、指で三角形を作った。
――これは……
「クロスエンフォース!」
”上”
「オ、オープン!」
今までに無いほどのスピードで、俺はあの白い空間へ行き、先輩と共に意識集中した。
刹那、小柄の男の作った三角形から、勢い良く炎が飛び出す。
「ちっ、このスピードで避けるか……。嬢ちゃん、何て呼べないわな」
そう呟いた大柄の男は、俺達と同じ高さまで飛び上がる。
”フィールド”
足元にフィールドを作った先輩は取り敢えず、空中で、足場を固定した。
「……名寄星灯さんよぉ、あんま舐めてくれんな? 俺たちゃ、これでも入口守ってんだ」
『はい、分かってます』
相手も、フィールドを張った様で、空中で動きを止める。
「おい! 増援呼んで来い!」
「わ、分かってる!!」
小柄の男は苛ついた様子で、その場を離れた。
……タイムリミットが出来てしまった。俺と先輩は少なくとも、あの小柄の男が帰ってくる前に、勝負を着けていなければ状況的に不利になる。
「ふはは……空中戦は俺の得意分野なんだぜ?」
『………』
”爆発……ベクトル、アフター5”
”右”
”フィールド”
”爆発……ベクトル、アフター4”
”右”
”フィールド”
”爆発……ベクトル、アフター3”
「……何してる? 周りをくるくる、くるくると」
その意味は、俺でさえ分からなかった。特にベクトル、アフター何とかって……一体?
”下”
”フィールド”
”爆発……ベクトル、アフター2”
数字がカウントダウンになってる?
”上”
”フィールド”
”爆発……ベクトル、アフター1”
『ゼロ』
一瞬だった。もう、男は声も出さない。先輩が最後にいた上を見上げたまま、――気絶していた。体は黒く焦げ、口からは煙。先輩の攻撃を四方八方から受けたのだ。
「先輩、この攻撃……」
『空中戦が得意なら、動きを封じるしか無いと思って。ベクトル……向き、座標軸。それに、爆発の秒数を加えたものだよ』
良く分からないけれど、アフター数字っていうのが、何秒後に爆発するのかを示している事は分かった。
「何か、凄いですね」
『そうかな? ……行こうか。あの人が戻ってくる前に』
「はい」
無人なった、階段前を通り、地下へと足を進める星灯先輩。
足元はふらついてしまいそうなぐらい暗い筈なのに、先輩がそれに狼狽える事はなかった。




