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第37話 手の届かない星

「とにかく、これはもう力で止めるしか無いの。でも、神綺君や菫花ちゃんも協力してくれそうだし。……優希さん、だったかしら。彼女は分からないけれど」


 優希さんは多分無理だろう。だって、彼女は先輩を大切にしている。だからこそ、きっと先輩を止める側につくんだ。「そっちの方が面白いから」という建て前を用意して。




 その後、俺達は明日が日曜であるのにも関わらず文化祭の片付けがある事を思い出し、笹神寮へ帰ることにした。

 母さんが俺の部屋に泊まる、と聞かない為俺はしぶしぶ了承した。


 人間殲滅。考えても仕方が無いのは分かっている。けれど、考えてしまうのだ。どうして争わなければならないのだろう、と。


「一難去ってまた一難か……」


 俺は皆と一緒に笹神寮へ向かいながら、空に光る星に呟いた。隣を歩いていた遠山も一緒に星を見上げる。細い腕が上へ伸びた。


「……届くわけ、ないよね」

「遠山……。星は遠いな」

「うん。遠いよ。……あの輝きに届くにはどうしたら良いんだろう」


 ゆっくりと、腕を下ろす遠山。「遠いよ」という言葉が星だけじゃなく、俺にも向けられた気がしたのは気のせいだろうか。

 そう思った刹那、後ろから直の声がした。


「届かなくてもさ……良いんじゃないか。きっと、届かない事にも意味があるんだよ。……届かないから手を伸ばすんだ、届かないから頑張れるんだ。……だろ?」

「直、聞いてたのかよ」


「……何か笹神の癖にムカつく」

「んな、理不尽な!!」


 直の何時も通りさに思わず笑いがこぼれた。それにつられたのか、遠山も直も声をあげて笑っていた。

 やっぱ、お前、最高だよ。


 俺は涙が出る程笑った。大笑いした。

 こんなに笑えた事が嬉しくて悲しくて、悲しみで出た涙を紛らわす為にまた笑った。


 笹神寮に着くと、それぞれ直ぐに部屋へと戻った。


「へー、虹波はここに住んでるんだね」


 母さんは、じろじろ、と部屋を隅から済までじっくりと見ていた。

 別に何か変なものが置いてある、という訳じゃないが、妙に緊張する。


「それよりさ、ベット一つしか無いんだけど……」

「じゃあ、一緒に寝ますか?」


 何事も内容に、さらっ、と凄い事を言ったぞ、この人。


「いいよ。俺、ソファーで寝る」

「駄目よ。風邪引いちゃう!」

「だからって、一緒には寝れないだろぉ!」


 シュンとした様子で「そう?」と言う姿は最早、母親に見えなかった。


「じゃあ、虹波が寝るまで昔話したあげよっか?」

「俺は子供かっ!」


 嗚呼、もうこの人何か直に似てる気がしてきた。まともに対応してたら俺が疲れる。


「そっか……。もうあの頃とは違うものね」


「……もう、寝る!」


 母さんの寂しそうな顔を見たくなくて、俺は咄嗟に電気を消してしまった。

 電気を消してしまっては仕方がないので、俺はソファーに寝転がった。

 しかし、母さんはベットに行かなかった様で、ソファーの傍に腰掛けると、ぽつりぽつり、と俺の昔話を始めた。


「虹波はね……夏の夜、透き通った夏の夜に生まれたの。あの頃はまだお父さんも居てね……幸せだった。とても、暖かくて、宝物みたいで……――」


 少し聞いた所で俺は痛いほど感じた。俺は二人に幸せを与えられたんだ、と。そして、二人はそれを感じてくれたんだと。

 それだけで安心してしまった。だからなのか、ふつ、と糸が切れたように――段々と意識が遠のいていった。




 朝目覚めると、母さんは俺のベットで、すやすや、と気持ちよさそうに眠っていた。

 物音を立てないように、学校の支度をし、朝食を済ませる。今までこんな事、無かったからなのか何だか新鮮な感じがした。

 他の奴らは皆、こんななのか、何て少し思ってみたりして。


「……いってきまーす……」


 小声で、挨拶をして家を出るのでさえ、少し嬉しく思えた。


「おっす。丁度今、インターホン鳴らそうと思ってたんだよ」


 玄関を開けた瞬間顔を覗かせたのは直だった。


「おま、こんな朝にインターホン何て鳴らすなよ」

「何言ってんだ、お前……。いつも鳴らしてたじゃんか! ……ま、まさか、記憶が無いのか!?」


 ボケてくれたのか、本気だったかは、本気だった時が辛いので敢えて聞くのは辞めとこう。


「はぁ、記憶喪失じゃあるまいし。それより、文化祭の片付け、さっさと行こうぜ」


 片付け終わった所から解散となっているので、こういうのはさっさと終わらせた方が良いに決まっているのだ。


「何か、文化祭あっという間に終わったなー」


 そりゃな。

 もう少し楽しみたかった、というのは正直な所思ってしまうが来年もまだ――人間が生きていれば文化祭は出来るのだから。


「でも、準備だけでも俺は楽しかったよ」

「本番に楽しめないでどうするよ」


 珍しく正論だ。

 緑色の葉っぱの隙間からちょびちょび目に入る、黄色や赤の葉っぱが、ゆらゆら、と散る。


「先輩とかもういるかな?」


 昇降口で上履きに足を入れながら、俺が問い掛ける。


「いるんじゃん? いつも早いし」


 しかし、直の予想は外れ、部室の扉の向こうには誰も居なかった。


「いなかったな」

「……さぁ、虹波、予想が外れた俺を罵るんだ!」

「ドMかよ」


 部活、だな……。文化祭使用のまま放置された部室を見ると、そんな思いが込み上げてくる。何も活動せずだらだらと、駄べっていたあの頃から俺達は何か変われたのかもしれない。


「おっはよー」

「おはよう」


 先輩と遠山の到着だ。


「ほら、ぼさっとしてないで!」


 名残惜しさ、と何処から手を付けたら良いのかという疑問から突っ立っていた俺は遠山の一言で、片付けを始める事となった。


 アリスの世界観が壊れ、だんだんと日常の色が戻ってくる。

 黙々と作業すれば案外早いもので、俺達は片付けを数時間で終わらせた。


「はぁぁ、お疲れ様ぁ !」


 椅子の背もたれに、ぐっ、と寄りかかり、遠山が息をついた。


「何か落ち着くね」

「地味なのに、何でかなぁ。癒されるのよね」


 先輩の言葉に遠山が頷く。

 もうここは俺と直だけの場所では無いのだと改めて思う。

 自分ではない誰かの大切な場所に出来た、これはかなり凄い事なんだよなぁ。


「……お腹空いた。直、寮帰ったら何か作って」

「深夜さんの歓迎会も兼ねてなら、了承するっ」

「ふはっ……何だよ、それ」


 歓迎会か。きっと、というか絶対喜ぶだろうな。


「あ、そうだ。月灯も歓迎してくれるか?」

「おうよ!」


 こういうの好きそうだからな、きっと彼女も喜んでくれる。


 何事も無く、しばらく過ごしたい。この幸せな時をもう少しだけ――。

 どうか、今日の歓迎会、何も起こりませんように。


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