第36話 引き金は引かれた
――文化祭はもちろん終わっていた。
「暗いですし、夜なのは分かりますけど……今、何時ぐらいなんすかね?」
「部室、そこだし時間だけ見ていく?」
先輩の提案で、俺達は一度部室による事にした。教室棟の屋上から一階下がり、屋上通路へと向かう。と、部室の電気がまだ付いていた。
もしかしたら、待っていてくれたのかもしれない。
部屋の中に入ると部室の中はまだ文化祭のままで、客席となっていた椅子と机に彼らは腰掛けていた。
『あ!』
俺達を見るなり、姫子さんと直と遠山の声が重なる。
「……おっそ! はぁ、……おかえり」
少し離れていただけなのに、遠山の声や笑顔までも懐かしく感じられた。
「深夜さん! ……無事だったんですね」
口元を抑え、涙を抑える姫子さんに母さんはのんびりとした声を向けた。
「わぁぁ! 姫子ちゃんだ。……大きくなったのね。……色々とありがとね」
「……ふぅ。取り敢えず、座れば?」
呆れたように直が笑うので、つられて俺も笑ってしまった。俺達は直の言った通り、とりあえず席につく事にした。右奥から、姫子ちゃん、遠山、先輩、左奥から、直、俺、母さん、となった。
「あの!」
口を開いたのは先輩だった。
「あの……本当に今日はごめんなさい。……私の、せいだよね? 文化祭、あんなに、皆で楽しもうって……なのに」
「だってあれは星灯先輩は悪くないじゃないすか? 王達の策略というか……」
連れ去ったのは菫花だが、菫花が悪いとも言えない。彼女は神綺を助けたかっただけなのだから。それよりも、先輩を拉致るように命令し、神綺を使って菫花を脅していた王達の方がよほど悪なのだ。
「虹波もそう言ってるじゃないですか? 星灯先輩は悪くないっすよ!」
俺の言葉に続けるように、直が先輩を励ます。
「私……今日色々ありすぎて何がどうなってるか分からないんだけど」
説明して、と言うように菫花は俺達を見つめた。
「じゃあ俺が説明しよーう!」
お前で大丈夫なのかよ、と直に突っ込みたくなるが、一先ず聞くことにした。
「文化祭で姫子姉達が来た。先輩が消えた。俺が優帆になった。虹波が探した。優帆が消えた。妖魔が出現した。妖魔を倒した。虹波がどっか行った。はい、虹波パス!」
「は、え!? えっと、デスタルに行った。母さんとクロスプリンス、神綺にあった。先輩を見つけた。菫花と協力した。月灯が――」
「ごめん、全然分からない」
首を横に振り、俺の言葉を切る。
直の真似してあった事を言ってっただけなのだが、この複雑な状況をどう説明すればいい……。
「はぁ、君は全く。処刑されそうだった星灯を君が助けて、この世界に帰還。それだけじゃ駄目なのぉ?」
この感じは……。
「……月灯」
星灯先輩の髪は真っ黒に染まり、吸い込まれそうな程黒い瞳が俺を見る。
「酷いなぁ。良いでしょ、別に♪」
「良いですけど……」
「虹波、これ何よ?」
月灯を恐る恐る指さしながら、姫子さんは顔を引きつらせた。
「なんっていうか、もう一人の……星灯先輩?」
「はぁ? 何だよ、それぇ!?」
姫子さんに続き直も言葉を放つ。
「ふふふ、賑やかね」
母さんは母さんで……。
はぁ、もう……帰りたい。
「私は月灯。星灯の中にいつも居るから呼んでくれたら、行くよ。じゃね♪」
突然の自己紹介を終え、月灯は星灯先輩の中へと帰っていった。先輩の髪は美しい銀髪に戻り、開いた瞼の中には無色透明、輝きを感じさせない瞳があった。
「じゃあ、私も自己紹介しちゃおうかな?」
そう言い、立ち上がった母さんは子供の様な無邪気な笑顔をこぼした。
「虹波の母やってました。深夜です。デスタル、元クロスプリンセス。だから、星灯ちゃんに、協力するわね。人間殲滅阻止するんでしょ?」
「どうして、それを」
「聞いたのよ。とにかく、協力するから」
元クロスプリンセス、と聞いて、俺は、はっ、とした。母さんのクロスは今、何処にいるのだろうか?一緒に鉄格子に入っていない事から、母さんは行方をしらないだろうけど、念のためだ。
「母さんのクロスは……?」
「……あの、子はね……居ないのよ。もうこの世界にもデスタルにも。処刑されたからね」
処刑……あの王達は今まで、どれだけの人を処刑してきたのだろう。
「俺のせいだよな」
「違う……少なくとも、あの子の死は私だけのせいだよ。私と貴方が罪を世負うのは人間殲滅の方じゃないかしら」
それって、どういう――?
俺の返答を待たずに母さんは続けた。
「デスタルの王達は何故、人間殲滅という計画を進めようとしていると思う?」
「この世界の人間を恨んでる、とかじゃないの?」
恨む、嫌う、などは人を殺すのに、最も根本的な心理なのだろうか?
それを、遠山は指摘したのだが、母さんは顔を曇らせた。
「それは根っこの部分。……じゃあ、質問を変えて、彼らは何故人間を恨み、嫌ったの?」
何故……?
人間達が何かした。いや、そういった情報は知らないし、そもそもだ。デスタルとこの世界の人間の関わりなんて……。
「そうだ……関わったからだ。デスタルとこの世界が関わりを持ったから、全てが始まった」
母さんは「そう」と俺の言葉を肯定した。
「事の始まりはイネベテブルタウンが十年前の通路大開放の際にこちらの世界へ来てしまったこと」
「デスタルの人は私達に土地が奪われたと、勘違いしたのかしら?」
少し考えてから、姫子さんが疑問を投げ掛けた。
母さんは、こくり、と頷く。
「更に、人間と私との間に虹波が生まれてしまった事を知った事で……人間殲滅は計画化された」
計画化させてしまったのは、俺が生まれたせい、なのか……。
「そして、今、引き金は引かれた。名寄星灯というクロスプリンセスの裏切りによって」
「もう、人間殲滅は決定ってことかよ」
うんざりした様に直がため息をつく。
人間殲滅、あの日からもう何度も何度もその言葉を聞いてきたはずなのに、まだ実感が無い。だって、人間を消せるのか?こんなに、皆……。確かにデスタルの人達からしたら何の力も無い人間はゴミ以下な存在なのかもしれない。でも人間殲滅何て、そんな無茶苦茶な。
「……いつかは、もう分かってるの?」
いつの間にか下を向いていた、遠山が押し殺した様な声で呟いた。
「こないだ、俺、予想したって言ったろ? 多分、あいつら次の大開放の時を狙うんじゃないか」
確かに、直は以前そんなような事を言っていた様な気がする。
「直君のいう通り、私もそう予想してるの」
母さんも直と同意見のようだった。
この前の直の話を思い返してみる。確か、数年に一度起こるんだよな。数年に一度、前に起きたのは十年前……。
「その大開放、いつ起きてもおかしくないよな」
「うん」
先輩の落ち着いた声が俺の言葉により一層、現実味を増させる。
そうだ、これは夢なんかじゃない。これから現実に起こりうる事なんだ。それを俺達が知っている。だから、俺達がこの世界の人を守る義務があるのだ。
――そもそも、俺達は社会に貢献、奉仕する、貢奉部じゃないか。




