第27話 不穏
「よぉーす。来てやったわよー。って、ここの教師が何隠れてんのよ!」
「……はは、どぅもー?」
扉から顔を覗かせたのは姫子さんと――美乃里先生だった。二人が仲が良い、というイメージは皆無だった為、意外だ……。
「美乃里! 来てくれたの?」
叔母である美乃里先生がここに顔を出すことは遠山も予想していなかった様で、二人の姿を確認するなり、驚きの声をあげた。
「姫子が行こう、行こう、うるさかったのよ……。別に花音を見に来た訳じゃないしー」
「ふふ、ありがと。美乃里……」
遠山は作り笑いでは無い、心からの笑顔を美乃里先生に向け、他の客に呼ばれるのと同時にその場から離れた。
「美乃里先生、素直じゃないっすねー。……二名様ご案内致します」
丁度手が空いた俺は姫子さんと美乃里先生を案内するべく、二人の前に立った。
あの時、美乃里先生は遠山の話を聞くように俺に指示した、というかアドバイスしたのに、今日の美乃里先生は何だ……?二人って仲、悪いのか?
そんな疑問を膨らませていると、
「……あの子、何か変わった?」
「はい? 先生の勘違いじゃないっすか?」
「何か、笑顔が自然になったような……」
しかし、俺が答える前に美乃里先生は淡い金髪の髪を前からかきあげ、「勘違いか……」と口にした。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
席に案内し、数少ない品名の書かれたメニューを手渡し、見守る事数十秒……。
俺は切り出した。
「じゃあ、クッキーと紅茶!」
「私、コーヒーだけで良いわ」
姫子さんがクッキーと紅茶、美乃里先生がコーヒーと……。軽くメモし、俺は頭を下げ、その場を離れた。
「姫子姉、来るとは言ってたけど……こんな混む時間帯に来るとか……、今昼だぜ!?」
「直は知ってたのか?」
「そりゃな。誘ったの俺だし」
クッキーを盛りながら、直と会話を交わす。と、そこで先輩の姿がない事に気が付いた。
「先輩は?」
「星灯先輩? 俺は知らない」
直に聞いた所、先輩がいない事にも気がついていなかったようだ。
全く、頼りにならなすぎるだろ。
「あ、遠山。先輩知らないか?」
「あー、お手洗いって言ってたけど……妙に長いわね。もう十分ぐらいたってるし……」
「そっかー」
「虹波は気にしすぎなんだよ。そのうち戻ってくるだろ」
今思えば、あの時探しに行くべきだったんだ――。先輩は一時間たっても二時間たっても帰ってこなかった。
「三時か……一般公開は五時までだけど、文化祭はまだ後夜祭もあるし、大丈夫だろ? そんな心配しなくても、保健室とかさ、色々あるじゃん。しかも、星灯先輩だろ? 大丈夫だって」
俺が先輩が戻ってこない不安を直にこぼすと、直はそんな事気にも止めない様子で、大丈夫、と繰り返した。
しかし、その言い草に、俺は違和感を感じた。本気で……言っているのか?直の冷たい目が異様なものに感じる。
「直……本気で言ってるのか? 先輩だったら、何だ? 大丈夫って何だよ!?」
「ちょ、お客さんまだいるのよ? 菅原、あんたは探してきて良いわよ、私も心配だし。笹神はちょっと……頭冷やしてきた方が良いと思う」
そんな大きな声で直に言葉を向けた訳では無かったが、遠山が驚いた様子で俺と直に告げた。
一先ず遠山の好意に甘えようと思い、俺は貢奉部の部室を出た。
☆☆☆
「どういうつもりよ?」
遠山花音は直に顔を近づけ、直の瞳をじっと見つめた。すると笹神直から、ふっ、と嘲笑うかの様な笑みが溢れ、
「僕は笹神直ではありませんよ。ちょっと、彼の精神を支配させてもらいました」
「は、ちょ、何言って――」
思わぬ話の流れに、同様を隠せない遠山花音は二、三歩後ずさりした。
「大丈夫です。僕の目的はあくまであの方を守る事ですから、貴女に危害を加えるつもりもありませんし、ちゃんと仕事もします」
笹神直の顔で、優しい言葉を語るこいつは誰なのか、遠山花音は予想が全く出来なかった。
しかし、危害は加えないというし、彼より仕事をしてくれそうな口ぶりに遠山花音は一先ず頷く言にした。
☆☆☆
どこだ?先輩――。
「美乃里先生! はぁはぁ……、星灯先輩来てませんか?」
保健室の扉を勢い良く開け、中にいた美乃里先生に問い掛けた。
「ここにいるのは姫子だけよ? あいつ、眠い……とか言い出してさぁ。って、何、はぐれたの?」
「はぐれたというか……。……知らないなら大丈夫です、ありがとうございました」
”虹波君……”
先輩!?
頭の中に響いた声は確かに先輩のものだった。以前の事から推測すると、これは先輩の強い思いなどが、以心伝心の様な形で俺に伝わってしまうと言う事があるというものだ。
だとすると、先輩は今、俺の名前を読んだ。儚く、消えてしまいそうなぐらい透明な声で。
何も無いなら、そんな事にはならないはずだ。
もしかして、さっきのチャラい軍団にでも絡まれてるのか?
「……っ!」
今度は何だ!?
いや、知っている。この感じは妖魔――いや、もっと強い……妖魔よりも。
違和感と不快感がこんなに強いなんて、まさかまた学校に妖魔が出現したのか?
場所がここなのだとしたら、こんなに強い不快感と違和感に襲われたとしても理解出来る。
手当たり次第探しても時間が無い。妖魔なのだとしたら、先輩を早く見つけないと。
俺は先輩が部室に戻っている事を想定し、一度部室へ戻る事にした。
「菅原っ! 名寄先輩、いた!?」
俺の姿を見るなり先輩の事を聞いてきた、遠山に思わず笑みが溢れる。
何だかんだいって、本当……先輩の事好きだよな、遠山。
「って、そうだ! 大変なんだ。――妖魔が出現したかもしれない」
「妖魔って……。先輩いないじゃん! どうすんのよ?」
「うん……ちょっと、直にも――」
直にも今の状況を話そうと思い、足を向けた俺を遠山が止めた。
「何だよ?」
「えっと……何ていうか……今、そいつ笹神じゃないのよ」
「……はぁ!?」
何を言ってるんだ、遠山は?
いくらなんでも、この状況で冗談何て言わないだろうし……。
そう思い、再び直に目を向ける。どこも変わった様子は無い。何時も通りだ――。いや、何時も通りじゃないかもしれない。
さっき、直に違和感を感じたのは確かだ。先輩が居ないのに対したあの反応はいくら適当人間な直でも、ありえない。
「おい、お前は誰だ?」
「……貴方には話してなかったと思いますが、まぁ良いでしょう。僕は菫花様のクロス――優帆」
「優帆って、お前……菫花はどうしたんだよ?」
優帆――、瞳がいつも隠れていたせいなのかどうも、何を考えているか予想出来ない。
というか、今は直に憑依でもしてるっていうのか?なら、本体は――?
「私は菫花様の作り出した空間にいますよ? 意識だけ、こちらにあるのです。彼、笹神直は厄介ですから」
優帆は俺の疑問に答えるかの様に説明する。
けど、今優帆が直の体を操っていることはさして問題では無い。それよりも、先輩だ。
「優帆、菫花はどこにいる?」
「……それを教える事は出来ません」
「なっ……どうして?」
……うああ゛っ!
重苦しい感覚が俺を襲った。妖魔が更に近くなってる……。まだ、校内には人がいるってのに、どうすれば!!
「おい! 何やってやがる!? 星灯は?」
鋭く尖った声が後ろから俺を圧倒する。振り向くと、そこには優希さんと楓の姿があった。




