第22話 不思議の国の銀髪アリス
ハモった!!
ふわり、と笑いの波が広がる。
「文化祭ってそもそもいつ?」
「そんな事も知らないのかよ、直は……ってあれ、いつだっけ?」
「来週の日曜日よ……」
「一週間ちょいだね」
これはあれだ。時間が思いの外無いというやつじゃないか?
でも、しょうがないだろ、あのごたごたじゃあ。他の部活より、準備は大分遅れてても文句は言えない。
「じゃあ明日、買い物行くか?」
「あぁ、今日金曜日か!」
曜日感覚も無かったのかよ……。
とりあえず、準備が遅れてるなら準備を急いで進める、これに限る。
「私と先輩が衣装とか装飾。菅原と笹神が食料。こんな感じでどう?」
「うん、大丈夫だよ」
「おっれもー」
「じゃあ、決まりだな」
場所はもちろん、セントラルエリア。あまり、あそこに良い思い出は無いがあそこぐらいしか全部揃わないだろう。
妖魔やあの時の様に、現クロスプリンセスの優帆と菫花に出くわさなければ良いのだが……。
まぁ、もう全てを知っているんだ。皆の事もそうだが、あまり心配しなくても大丈夫か。
そして、次の日。この前と同じように俺達は寮前に集合した。直は今回はちゃんと参加する様で、俺が外に出ると、一人、そこにいた。
ジーンズにチェックのシャツ。心底、かぶっていない事にホッとした。
「おはよ」
「虹波か。おはよー」
俺は薄目の色のジーンズに白Tシャツの上から黒ベストという格好だった。
「俺、セントラルエリアまでいつも走ってるんだよなー」
「え? いや、マジで……? 遠すぎだろ!」
「いつも、パン美味しいだろ?」
ドヤ顔で手を腰に当てているが、俺に何の反応を求めてる!!
「……まぁ、普通にな」
「今日、行ってみるか? 絶対、行列で入れないぞ」
「そんなに人気なのか」
「そうとも! 朝一だからこそ、買える」
感謝……してほしいのか?
どうするか、思い悩んでいると、先輩が寮から出てくるのが見えた。
七分たけのツーピースのワンピース。腰からしたのスカートは白く透明感があり、上はうっすらと水色を感じる。
「おはよう」
「おはようございます、先輩」
「先輩、流石です! その銀髪は神っすか!?」
「え……あの、え?」
先輩は困ったように俺に助けを求める視線を送る。不意にこれだから、先輩は……。トクン、と心臓が大きく波打った。でも、嫌じゃなかった。
「ほら、直。先輩が困ってる……。大丈夫っすよ、先輩。こいつは放っておいて」
「酷いぞ! 酷いぞ、虹波ぁ! って、花音ちゃん出てきた!」
目を向けると、風に靡く藤色の髪が目に入る。遠山は珍しく髪を下ろしていた。下ろしたのを見た事が無かったので何だか新鮮だった。
「おはよ」
薄ピンクのトップスにギンガムチェックのスカート。
「花音ちゃんもカワウィーね!!」
「お前は誰だよ!」
「じゃあ、行こう?」
先輩の声で、直にツッコミを入れるのが馬鹿馬鹿しくなった。
暑い中無駄な体力を使ってもな、と思い、俺達は足を進める。
駅に着くと、休日だけあり人も多かった。それに、やはり文化祭関係だろうか?部活動と思われる学生の団体も見かける。
「今日は体調、頑張ってよ。名寄先輩」
電車の中で遠山が念を押す。
「まぁ、今日はこないだより気温低いし大丈夫じゃないか?」
「分からないでしょー?」
やっぱり、髪を下ろした遠山は少し雰囲気が違った。
何時もより、落ち着いているし、優しい感じがする。何時もが落ち着いていなくて、優しくない、という訳では無いが。
「……髪、下ろした方が良いな」
バッと口を抑える。……やってしまった。最近、無意識とか多いな。
「え……本当に?」
すいません、恥ずかしすぎてもう何も言えません。俺は黙って二、三度頷く。すると遠山は「そっか」と微笑んだ。
セントラルエリアに着くと、俺達は決めた通り分かれて行動する事にした。俺と直は食料系なので、ありそうな場所を探す。
「クッキー、紅茶……だけか?」
それもそうだ。
少し考えてから俺は口を開いた。
「クッキーはともかく、飲み物系は他にも用意した方が良いかもな。紅茶、コーヒー、お茶、オレンジ、とか……そんなもんだろ?」
「じゃあ、その店入ろうぜ」
直が指指した店はクッキーの店だった。飲み物系の話をしていたから、てっきりそうなのかと思ったが、聞くと、重いから、と答えた。
「でも、前日に届くように宅配にしてもらった方が良くないか? 重いし」
提案すると、その手があったか!、と同意した。
クッキーは色んな種類があったが迷った挙句、よくあるプレーンのクッキーになった。まぁ、シンプル・イズ・ザ・ベスト!だろ。
飲料系はセントラルエリアの一番大きいスーパーマーケットで買う事にし、そこへ向かったのだが、その途中今朝話していた、パン屋の前を通った。
「ほぅら!」
行列……!まさに、人、人、人!だった。美味しいわけだ。
「……ウグッ、いつも、ありがとうございます」
「いえいえ、どう致しまして!」
にぃ、と満足そうな笑顔を俺に向ける。
でも、予想外だ。まさか、こんなに人気のあるパン屋だったとは……。
「虹波、着いたぞ?」
気が付くともうスーパー前だった。
買う物は、紅茶、コーヒー、お茶、オレンジジュース……よし。
それぞれ、ペットボトルを7本ずつ買い、店員に配送を頼んだ。
「あ、先輩から電話だ」
俺は携帯電話を手に取り、相手の声を待ったのだが、聞こえてきたのは遠山の声だった。
「え? これ、先輩の携帯だよな?」
「そうよ。菅原、そっちはどう?」
「今、買い終わった」
「そう。良かった。じゃあ、名寄先輩が今、大変な事になってるから今から言う場所に来て?」
プツリ、と電話が切れる。遠山が指示した場所はとある、服屋だった。衣装選びの途中で何かあったのだろうか?
「直、何か先輩が大変な事になってるって!」
「妖魔?」
「いや、気配しないしそんな筈ない」
「じゃあ、体調崩したのか?」
「その可能性はあるな……。とにかく、急ごう!」
俺達はスーパーから遠山の指示した場所へと、足を急がせる。
ここだっ!
「あ、遠山! 先輩は?」
俺と直が遠山を見つけ声を掛けると、速かったね、と少し驚いていた。
「名寄先輩、大丈夫?」
「……うん、大丈夫ー」
先輩の声が聞こえたのは背後の試着室からだった。
もしかして、体調悪いからこんな所で休んでるのか?もっと空気の良い場所にするべきだ、と思い俺は勢い良く、試着室のカーテンを開けた。
「先輩っ! 大丈夫ですか!?」
「……っ! こ、虹波君?」
アリスだ。
俺は言葉を失った。そのに居たのは、水色のメイド服の様な服を着た先輩だった。
「銀髪アリス! 先輩、可愛いっすね」
「…………あ、あ!すいません、勝手に開けて」
「大丈夫だよ、虹波君」
先輩は許してくれたものの、遠山は不機嫌そうな表情で俺に言い放った。
「菅原、それ着替え途中なら犯罪よ、覗きよ? 全く」
「……っあぁぁ、だからすいませんでしたってぇ!! 大体なぁ、先輩が大変な事になってる、何て言うなよ……」
そう、だから勘違いしたんだ。はぁぁ、あんなに心配したのに。
しかし、遠山は先輩を指さし、
「だって、大変可愛い事になってるじゃない?」
「そうだけども!」
その会話の後ろで、シャッ、とカーテンが閉まる。
何かしてしまったのかと思い、声を掛けるとカーテンを少し開け顔を覗かせた先輩が、
「……これ以上、皆に見られるの……恥ずかしくて」
頬を赤らめ小さく言う。
そんな事、言われたらもう……破壊力半端ないじゃないですか……。
「先輩……反則ですよ〜」
その場にしゃがみ込み、ボソッと呟いた。体温が上がっているのが分かる。
はぁ、全くあの人は何なんだ。
これじゃあ、心臓が持たない……。