第20話 美乃里先生のアドバイス
悩んでる時とは時間の流れが早く、土日が明け月曜日になった。普通――余りにも何時も通り過ぎる朝だった。
俺は直との登校が気まづく、早目に部屋を出た。しかし、他の皆も同じ考えだったようで案の定、寮前で姫子さん以外は鉢合わせる結果となってしまった。
「おっ!皆さんお揃いで。おはよっ」
昨日とは打って変わって、直は何時もの直だった。
「お、おはよ、直」
「こうなったら皆で学校行こうぜ!」
この気まずさを解離せず直は続けた。
皆それぞれに思い悩む所があるのだろう。やはり、雰囲気は重いままだった。
俺は思った。普通を演じよう。普通に、何時も通りに、そうすればきっと過去の俺が少し報われる。
「ふっ…………もう行かないと、遅刻しますよ?先輩」
「……虹波君。あ……花音ちゃんも行こ?」
「あ……はい」
先輩もだが、特に遠山、何とかしないと……。
「今日、テストだっけ?」
「えっ……今日だっけ!?」
俺とした事が、直に言われてテストだった事を思い出すなんて……。これじゃあ、本当に過去の自分の頑張りが報われないじゃないか。
「遠山、一位の座、守るの頑張れよ?」
「え……あ、うん。菅原も頑張って」
昇降口に着いた所で、俺達はクラスごとの下駄箱へ向かう為、そこで別れた。
「皆、元気なかったなぁ」
隣で直がそう言うが、まるで他人事だ。
「それ、お前のせいだろ?」
「えぇ!何だよ、酷くないっすか?」
「……お前なぁ。少しは考えろよ。俺だから良いけどなぁ……」
そう俺なら良い。でも、遠山はデスタルの者でもなければ普通の人間なんだ。なのに普通でいるなんて酷だ。
「どうして虹波なら良いんだよ?俺は全員同じ立ち位置で見てるぞ」
「全員、同じって……。無理だろ?だって住む世界が違う」
「住む世界は違うかもしれないが、俺達の部活は一緒だ。あと、住んでる家も」
その例えに思わず、俺は笑ってしまった。部活と家が一緒だから、対等だ……なんて。
「なんだよ、それ」
「まぁ、あれだ。テスト頑張ろうな?」
「テスト?お前、結局何が言いたいんだ……」
いつもの直なら何も考えて無い、で考えを終わらせてしまうのだが、どうもそう考える事が出来ないのは、もう前の様に直を見れていないという事なのだろうか。
もし、そうなら少し悲しかった。
光涼高校の定期試験は年三回行われる。学期ごとに一回ずつだ。
テスト期間は――教科数にもよるが――一週間で、一日二教科ずつと言った所だろう。
俺は思っていたよりも集中出来たと思う。
テスト週間が終わり、クラスにざわめきが戻った頃、同時に文化祭の準備も始まった。
貢奉部のメンバーは、テスト初日の朝以来――テストがあったからなのか――直以外とは顔を合わせていない。
「……っあ〜、えっと、あんた誰だっけ?」
高く、芯のある声がベットに寝転がる俺を刺す。
「菅原ですよ!全く……美乃里先生は何時になったら俺の名前、覚えるんすか?」
美乃里先生は「ごめん、ごめん」と軽く笑いながら、カーテンの中の俺を覗いた。
「菅原のは座ってるのか、寝てるのか分からないわね」
「座りながら寝てるんすよ」
ベットから足を下ろしたまま、寝転がっていればそう言われてしまうのも無理も無いだろう。
何故、俺が保健室に居るのかと言うと、別に体調が悪いわけでは無い。
「ふっ、心が病んでるのよね」
「何て事言うんすか!?」
「間違ってる?」
「ただ、考えたかっただけですよ」
そう、少し一人になって考えたかった。――遠山の事を。
あれ以来、一番変わってしまったのは遠山だ。あんなに、必死にやっていた作り笑いすら、今はやっていない。
「俺、どうしたら良いんでしょう?」
「それは、花音の事かしら」
「………!?」
何故分かった!?俺は思わず起き上がりカーテンを開けた。美乃里先生、侮れないな。
「ほら、落ち着きなさい」
俺の前に椅子を差し出した美乃里先生は続けた。
「何故って顔してるわね?」
恐る恐る椅子に座り、じっと美乃里先生を見つめる。
「どうして、分かったんです?」
「私、あの子の叔母だしぃ。……さっき、あんたが来る前ね、あの子が来たのよ。私、何処にいても一人なんだ、だってさ」
”一人”にさせてしまったのか、俺は……。
遠い?と聞いた不安そうな遠山の顔が脳裏に浮かんだ。
「ふぅ……何があったか知らないけど、とりあえずアドバイスしとくわ。話、聞いてあげなさい。私があんたの話を聞いてあげたんだから、花音の話はあんたが聞きなさいよ?」
「あ、あの、遠山は何処にいるか分かりますか?」
「……裏庭、多分そこにいるわ」
俺は、ぺこり、と頭を下げると保健室を飛び出した。
伝えないといけない。絶対に一人じゃないと。最初の頃の俺と遠山は少し似てるから……っ!
母さんに置いてかれて、先輩にも離れられて、勝手に一人だと思い込んでいた俺に。
「遠山ぁっ!」
「……菅原?」
遠山はあの日と同じようにあの場所にいた。ただ一つ違ったのは――
彼女は泣いていた。