第19話 この世界の話をしようか。
「で、肝心なのは私達がどういう存在なのか。
……虹波、それはね――――貴方を守るように深夜、虹波のお母さんから言われてる、言わば貴方の騎士なのよ」
「虹波は知らなかったかも知れないが、何度かお前はデスタルの幹部に命を狙われていた」
「は? 命を? ……待て……母さんは何者なんだよ?」
「深夜さんはデスタルの元クロスプリンス……って言えば分かるかしら。虹波はデスタルの人間とこちらの世界の人間との間に生まれた――ただ一人の例外」
ぴしゃり、と心臓が動きを一瞬だけ止める。そして、止めた分だけ勢い付いて波打つ。
”お前、本当に人間か?”
優希さんの言葉の意味が今なら分かる。考えてみればおかしいじゃないか。人間とクロスの契約が出来るのならば、人間殲滅の計画の実行なんてしないはずだ。デスタルは人間と共存出来ないと考えたからそれを実行するのだ。
俺は人間でも……デスタルの者でも……何者でもなかったのか。
「……母さんはもしかしてデスタルにいるのか?」
姫子さんはその問いに少し驚いていたが、首を縦に動かした。
「深夜さんは、虹波の代わりにデスタルに捕らえられたわ。貴方を守るって……」
母さんは帰ってこれなかったのではなく、帰りたくても帰れなかったのだ。
でも、捕らえられた……という事は最悪の場合、もう――。
いや、そんな事は無い。
「俺達は、お前が妖魔に出くわさないように、デスタルに関わらないように、と思ってきた。……でも、まさかこんな形でデスタルに関わる事になるとは……ね」
星灯先輩に笑いかけると直は飲み物を口に運んだ。
「深夜さんが虹波を守るように言ったのって、私達の家柄が武道の道を極めてるからって言うのもあったのかもね」
「とにかく、俺と姫子姉はお前を守る義務があるんだよ」
だから俺の事も、俺が知らなかった事も、全部二人は知ってたのか。 俺を守るため……。
俺は少し引っかかるものを感じた。
何故、デスタルの幹部は俺の命を狙う?デスタルとこちらの人間との間に生まれた俺が例外だから、排除する――というのならば、幹部以外のデスタルの奴らにも伝わってるはずだ。幹部だけ、というのが、何か引っかかる。
俺の存在がデスタルに大きな影響を及ぼすから?
いや、それなら幹部だけなのは説明がつくが俺がそこまで重要な存在だとは考えにくい……。
「じゃあ、最後にこの世界の話をしようか」
一人で考え込んでいる俺を他所に直が話を進める。
「最近、妖魔の出現が増えてるだろ? あれは、数年に一度起こる現象の予兆だ」
「……デスタルの者が行き来し過ぎて通路が緩んだんじゃないの?」
ここに来てやっと顔を上げた先輩は不安混じりに聞いた。
「まぁ、それもあるかもしれないけど。違うな」
「数年に一度起こる現象ってなんだよ?」
嗚呼、と直は一つ間を起き話を進めた。
「この島がここに現れたのは何故だと思う?」
「……そんなのお偉い学者達でも分かんないのに私達に分かるわけ無いじゃん」
瞳に色を取り戻してきた遠山が、直の問い掛けを否定する。
「学者だから分からなかったんだよ。デスタルの事、あいつら何も知らないだろ?」
「直君、それ関係あるの?」
この島とデスタルの関係といえば島の名前が同じ事ぐらいだろ?
ん?同じ名前?
数年に一度起こる現象?
島の出現?
……まさか。
「まさか……この島、元々デスタルにあったのか?」
「流石、虹波。理解が早いねぇ」
「えっ、どういう事?」
理解が追いつかない遠山は直に説明を求めた。それに理解が追いつかないのは先輩も同じのようだ。
「数年に一度起こる現象ってのは、デスタルとこの世界の通路が大規模開放される現象の事なんだよ。で、前回の大規模開放の時、この島はデスタルからこちらの世界へと移動してしまった」
「そんな事って……」
信じられない様子で先輩は目を見張る。
直の話だと、それは再び起こる。そして、それは近い未来に。もし、そうなのだとしたら今度は何が起こるか分からない。
人間殲滅の計画の実行、星灯先輩の死刑宣告、妖魔の出現。
俺は全てを止めることが出来るだろうか?
「でも、まぁ貴方達は学生だしね。とりあえず、今を楽しんどきなさい?テストと文化祭、頑張ってね」
そう言った姫子さんは、すくっ、と立ち上がり「解散!」と締めると直の部屋を出ていった。
「俺も部屋戻るわ。じゃあな」
その重い空気に耐えきれなかった俺は姫子さんに続き直の部屋を後にした。
外に出ると、もう暗く月が出ていた。三日月だった。
今日は勉強会だった。だけど、妖魔が出現した。だから、浄化させた。そしたら直と姫子さんが別人の様で……沢山の真実を聞かされて……。
俺はぼんやりとした意識のまま、ベットに倒れ込んだ。ふぅ、と短く息をつく。
どうしたら良いんだろう……。直と姫子さんと明日から俺はどう接すれば良いのだろう。
遠山は何を思っただろう?
先輩はどうする事を望んでいるのだろう?
俺は……何が出来るのだろう?
困惑していた。けれど、全てが全て、嫌な話ではなかった。
知らない、という事の幸せさと、知る、という事の重さを改めて思い知る。
ただ、俺を絶望させなかったのはその話に希望があったからだ。母さんに会えるかもしれないという、俺にとっては大きな希望が。