第17話 アナタタチハダレ?
勉強会は朝からしっかりやると言う事で、俺達は朝一から直の部屋にお邪魔した。
「おっ邪魔しまーす!」
「どうして、姫子姉がいる!!」
姫子さんが、俺達と共に部屋に入ってきたのを見て直が口惜しそうな声を上げた。
「いーじゃん。私、暇なんだもん」
「直君、こんにちは」
これで、先輩の私服を見るのは二度目だが直は初めてのようで感動していた。
黄色いカーディガンに、マキシ丈スカート。
遠山の私服もこれで、二度目だが、この間とは少し違う雰囲気だ。
黒いサスペンダー付きのスカートに白いTシャツ。
変わって俺はというと、黒いTシャツに、白いジャージと、何とも言えない感じなのだが、直も似たような感じだったのが幸いだ。
「じゃあ、勉強しますかっ」
中央の机の周りにそれぞれが腰掛けるのを見ると遠山が仕切る。
ふと、ソファーに寝転がる姫子さんが目に入る。
ぷっ………本当、何しに来たんすか!!
「先輩、この数学の問題って、どうなるんですか?」
「ああ、それは、xがこの範囲になるから……」
「菅原っ! 私が教える。ほら……先輩、二年だし思い出すのも……ね!」
俺が先輩に教わっていると、遠山が遮るように身を乗り出す。
「え? 全然大丈夫だよ」
「名寄せんぱぁい!」
良く分からないが何故かその後の遠山は少し落ち込んでいた。一体何だったというのだ。
「…………っだぁ! 疲れたぁ」
直にしては粘ったと思う。俺達は昼休憩などを挟みながらも、それぞれに集中していたと思う。
しばらく勉強した所で、直が根を上げた。
外はもう夕日が沈みかけていて、だんだんと気温も下がっていた。
「今日はもう終わりにするか?」
「虹波様!!」
直はこの提案に気の緩む表情を見せる。いくら頭が良いとは言え、遠山と星灯先輩も疲れたようで頷いていた。
一段落し、ふぅ、と息をついた時だった。
「……っ!」
突然、違和感と不快感を感じた。
最近、どうなってる?いくら何でも多すぎる。
――妖魔が近くにいる。
「虹波君、ちょっと良いかな」
「はい」
すたすた、と早歩きで直の部屋を出る。
「最近、妖魔の出現多くないっすか?」
「うん。前はこんなんじゃなかった。通路が開く回数が増えてるよね」
「殆ど毎日っすよ」
「……デスタルの人が行き来をする回数が増えたから、通路が緩んでる……とか、なのかな?」
夕日が完全に沈み、街全体を暗い影が覆った。
「ですかね」
足を進めるごとに、妖魔の気配が強くなる。
駅……?
駅に向かうに連れ、そうなるのでその可能性は否定出来ない。でも、だとしたら……
――人がいる。
人がいる中で、あんなのが現れたら……。それに加え時間帯も、まだ早い。
「先輩……」
不安混じりに先輩の名前を呼んだ。すると、前を走っていた先輩は力強い声で告げた。
「大丈夫だよ、虹波君」
嗚呼、単純だな、俺は。
その言葉だけで、さっきまでの不安は飛び、大丈夫な気がしてきてしまう。
……もし、本当に駅なのだとしたら、時間が無い。
俺は前に出す足を早めた。
☆☆☆
「姫子さん、二人は何処に行ったんでしょう?」
その遠山花音の問に答える事無く、笹神姫子は、にやり、と笑った。
「……直、どうする? 行く?」
「花音ちゃんにも、そろそろ、知ってもらうか。……行こう、姫子姉」
二人の何かを知っている様子に戸惑いを隠せない遠山花音は、思わず彼の名前を呼んだ。
「笹神……?」
「ほら、行くよ」
何も言わず遠山花音の手を引く、笹神直は何時もの彼では無かった。
一体、この人は誰だろう? と遠山花音の心の中に今までに無いような、不安がはしった。
連れて行かれた場所は駅だった。
「……あれは先輩と菅原?」
「しっかり、見とけよ。これが世界の真実ってやつだ」
冷たく言い放つその顔は真剣そのものだった。しかし、そんな顔をする笹神直を彼女は知らない。
「花音ちゃん、大丈夫。怖がらなくても。虹波と関わったらこうなるのは運命なのよ」
優しくそう言う笹神姫子の声も深く、暗く、何処か悲しげなそんな声だった。
笹神姫子はポケットから丸いコンパスの様なものを取り出すと、
「上か……」
「姫子さん、それは?」
「深夜さんからの預かり物」
「ああ、深夜さんってのは、虹波の母親だから」
そして、遠山花音は笹神姫子の見つめる方向を見た。
驚愕に目がくらんだ。理解する間も無く、それはそれは現実として目に飛び込んでくる。
「な、に……あれ?」
「妖魔」
何時もの様なおちゃらけた様子は一切ない。静かに言葉にされた、それを遠山花音はもう一度見た。
「……妖魔?」
「クロスエンフォース」
そんな中、彼女の耳に名寄星灯の声が入る。
「あの時と同じ……」
「へぇ、見たこと有ったのね」
菅原虹波が白い空間に行く瞬間。この世界から消える瞬間だ。
「菅原は何処に行ったんですか?」
その声は取り乱すわけでも無く、至って冷静だった。
「そうねぇ。星灯ちゃんが作り出した、異空間って所かしら」
遠山花音は理解する事を諦めた。もう、見たままを事実として受け入れる他無いのだと。
その時の彼女の瞳には何も映っていなかった。周りの景色も、現実も、色も、全て。
名寄星灯は妖魔と同じぐらいの高さまで飛んだ。そして、気体を蹴り、更に上まで飛ぶ。
「まさか、こんな感じで虹波がデスタルに関わるとはね」
「深夜さんは望んでなかったんじゃね」
「しょうがないよ」
「でも……、かっこいいねぇ。先輩」
二人の会話を聞くだけでしばらく黙りこくっていた遠山花音だったが、重々しく口を開いた。
「こんな事……知ってて、何も思わないの?」
こんな事を知って、それでもこの世界で普通に暮らせるなんて……。まして、大切な人がそれと関わってる事を知ってて、こんな……。
普通じゃない。
彼女は二人が正気の沙汰だとはとても思えなかった。
「俺と姫子姉は虹波さえ、無事なら良いんだよ。あいつを守るのが俺達の役目だ。……花音ちゃんは知らないだろ。あいつの過去も。あいつがどんな存在なのかも」
そう、知らなかった。この世界の事も、誰の事も。近いと感じていた、貢奉部のメンバーの事さえ。
”あの時と一緒だ”
遠山花音の中で一つの過去が思い出された。遠い、遠い、思い出す事など無いと思っていた、真っ黒に染まった過去。