第14話 冗談
先輩が遠山の歓迎会に出られなかった事を申し訳なく思っていたので、俺は後日改めてまた、歓迎会をやる事を提案した。
「では、改めまして花音を歓迎して乾杯――」
姫子さんが飲み物の入ったグラスを持ち上げ、明るく開幕を仕切る。
「って、どうして、俺の部屋なんすか!」
「虹波が言い出した事よ? 当たり前でしょ!」
当たり前なのか?、と食料や飲料もまともにあるとは思えない部屋の冷蔵庫を心配していると、
「料理は私と直で作ってきたから大丈夫! 最強コンビのスペシャルディナー、ご賞味あれ!」
机の上に、手巻き寿司の具材が並ぶ。自分の好きな具材をのりとご飯で包む、という方式らしくパーティーっぽくて少し楽しかった。
「名寄先輩、どうしてまた歓迎会やろうと思ったんですか?」
「この前は私の事情で来れなかったから申し訳なくて」
「……どうでも良いじゃん。私の事なんて、先輩にとって大事じゃないでしょ?」
遠山はこれでも、セントラルエリアに行ったあの日からずっと先輩の事を心配していたのだ。もしかしなくても、先輩の事を嫌いと言っていたけれど、それは彼女なりの距離の取り方だったのかもしれない。離れられるのが怖いから、最初から突き放して置けばいい。自分の意志とは関係無しに。
遠山らしいな……。
しばらく、驚きの表情を浮かべていた先輩は本当に優しい笑みを浮かべた。遠山の素直じゃない部分も、本当は寂しがりやな部分も、全てを包み込むような笑顔。思わず、胸が締め付けられそうになる。優しすぎるという事は苦しいのだ。
「ううん。大切だよ。私は、遠山さんが好きなの。大切な友達だから」
「………」
口をぱくぱくさせ、先輩の言葉の意味をやっとの事で理解したのか、急に沸騰したかのように赤面した。
「ば、ばっかじゃないの。そんなの、私の方がずっと大好きなんだから!」
「……ぷっ、告白しあってどーするよ」
直が二人に言い、むずがゆい空気を壊す。
遠山は先輩や俺達を思っている分だけ、きっとあの日の真相を不安に思うだろう。俺はあの日、「それは先輩から聞いた方が良い」と逃げてしまった。
だから、先輩の様子が元に戻った今、なるべく早目に説明をしたあげた方が不安にならないだろうな、と思う。耳から頭に響くこのメンバーの幸せそうな笑い声を聞いていると更に思う。皆に早く話さなければいけないと。
しかし、先輩と契約をした俺はともかく、契約もせずましてや魔法や何かが使えるわけでもない姫子さんや直、それに遠山に全てを話せばそれは、彼らを危険に晒すのと同じ行為ではないだろうかという思いもまたあるのだ。でも、直だったら絶対話さなかったら怒るんだよな。全く、これを嬉しく思うなんて不服だ。
「ちょっと、外の空気吸ってくる」
「ごめ、騒ぎすぎた?」
少し考え事をし過ぎただけなのだが、そんな事を知らない姫子さんは心配そうに問う。
「そんな事ないっすよ」
「菅原っ、ちょっと話そ!」
扉に手を掛けようとすると、遠山が俺の背後に立つ。
これ、この前は先輩だったよな。
もしかしたら、二人には共通する何かがあるのかもしれない。
「お、おう。じゃあ、行くか。っても、そこだけど」
夏らしい熱風、薄い雲に隠れた月。
外はもう蝉の鳴き声はしなかった。
「蝉って、何時から鳴いてなかったっけ?」
「何、突然。……うーん、分からないものだね。私、大してこの世界知らないんだ、やっぱり」
この前の事も含めてだろう。
藤色の髪は耳の高さで、風に揺られる。落ち着かないのは俺も同じだった。
「でも、知らない内に、居なくなってるって何か嫌じゃないか?」
「しょうがないよ。運命は変えられないんだし。ただ、抗いたいか、従うか、動物も人間も生きるってそう言う事なんじゃないの?」
真っ黒な空を見上げながら遠山は言い聞かせる様に告げた。
「私達はこの限られた時間の中でどれだけの意味をなす事ができるんだろうね」
そう続けた彼女の横顔は、いつも強気で綺麗なのに、今は何処か儚げで悲しくなる程美しい月をその瞳に映していた。
「そろそろ戻るか」
「そうね。……菅原、前私が付き合ってって言った時何て思った?」
「え、何てって。あれは冗談……」
前を歩く遠山は足を止めず振り向かなかった。
「冗談でも! ……何て思った?少しは嬉しいと思った?」
「俺は……、……っ」
言いかけると、遠山は振り返り後ろで手を組んで俺に顔を近づけた。そして、困ったように笑うと、
「ごめん、やっぱいいや」
「……あぁ、分かった」
本当に良いのだろうか。突然そう言われてしまうと逆に答えられなかった申し訳なさが出てきてしまう。
しかし、もう扉の前だ。今更だろう。
扉を開けるとその瞬間に先輩の声が耳に飛び込んできた。
「まさか二人が!? でも、それはつまり……どういう事ですか?」
「どうしたんですか?」
俺の姿を確認するなり、慌てた様子で姫子さんは「何でも無い」と言い張った。俺と遠山には話せない何かなのだろうか。色々考えてみるものの、星灯先輩とあの兄弟では共通の話題になりそうなものがほぼ無い。だが、先輩のさっきの声を聞く限り、何でも無い、と言う事は無いのだろうが。
「まぁ、いいじゃんかよ。今日はお開きにしようぜ?」
微妙な空気が流れるのを直が止める。皆その言葉に同意し、今日は、終わり、という感じのしないままお開きとなった。
しかし、先輩と直と姫子さんは少し話す事があるらしく、俺と遠山だけ先に帰されてしまった。
「何か、壁、だよな」
「そう? 私は姫子さんの優しさだと思うよ。世の中の大体は、知らない方が良い事が多いんだから。あ、でも! この間の事は話してよね?」
別れる間際、遠山と俺は少し言葉を交わした。そういう風に割り切る事が出来るのは遠山の凄い所だと思う。でも、俺はそういう風には出来ないから。
「菅原っ、……あんまり悩まないよーに!最近、あんた悩んでばっかだったから。私にも相談ぐらいしろってーのに。まぁ、らしくないよ? そういうの」
ボソッ。
「まぁ、そんな、菅原も好きなんだけど……」
「……ああ、そうだな! ありがとう。でも、ごめん、最後の聞こえなかった」
小さい声で何か言ったように聞こえたのだが、何を言っているかまでは流石に分からなかった。
「ええ! あぁ、あぁ……うん、それは良いのよ……ほら、独り言だから! ほらほら、部屋もう入りなよ! おやすみっ」
遠山が俺の背中をどんどんどんどん押すので、俺は扉の前まで強制的に行かされてしまう。
「おう、おう。分かったから、押すな。……それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ!」
☆☆☆
「ふぅ……。駄目だよ……あれは、冗談……なんだから」
遠山花音は、がちゃり、と閉まった俺の部屋の扉に向かって小鳥がさえずる様に呟いた。