第11話 セントラルエリア
週末になると、朝の気温は以前より下がっている気がした。
俺と先輩と直は寮の前に時間で集合する事になっていたので俺は私服に着替えると、外に出た。ジーパンにラインの入った涼しげな白Tシャツ。
……まぁ、無難が一番だろ。
「あ、おはよう。虹波君」
既に先に外にいた先輩がぺこりと頭を下げる。
薄いピンクのブラウスと膝丈のフレアスカートが繋がったワンピース。腰は太めの茶色いベルトできゅっと締められている。長いさらりとした髪がふわっと風になびき、熱で火照った桃色の頬を先輩は手の甲で押さえつけた。
俺はその姿に思わず、見入ってしまった。
「虹波君?」
「っあ、はい! 先輩、早いっすね」
「後は直君だけだね」
しかし、時間を過ぎても直は来ない。
あいつがこんな日に寝坊など有り得ない。俺じゃあるまいし……。何かあったのだろうか?と少し心配になる。
「遅いな、直」
「インターホン押してみる?」
「そうっすね」
直の部屋の前まで足を進め、インターホンを鳴らす。
……もう一度、鳴らした。
返事が無いので、ゆっくりと扉に手を掛けてみる。これがドラマなら大体、鍵が空いていて驚くべき展開が待っているのだが、直の部屋の鍵はしっかり掛かっていた。
「ていうか、今更ですけど携帯ありましたね」
そう言うと俺は直に電話を掛けた。
三コール、四コール……電話すら出ないのか、と諦めかけた時、虹波……?、と重く俺の名前を呼ぶ声が響いた。
「もしもし、直? 何かあった、大丈夫?」
「……ぁあ、悪い……。ちょっと今日は無理だわ……。風邪引いた……」
「まじか。お前、風邪引くんだな」
「っておい、心配しろ! ……まぁ、楽しんでこいよ……」
「了解」
電話を切る。結構、辛そうだったな。……はぁ、お土産でも買って帰るか。まだ、行ってないけど。
「何だって?」
「何か、風邪引いたらしいんで、行けないっぽいです」
「そっか……。じゃあ、遠山さんの所に行こう?」
遠山とはアカデミーステーション前で待ち合わせており――そもそも、イネベテブルタウンは複数のステーションが円を描くように存在し、セントラルステーションを中心に列車が行き来している――そこからセントラルエリアのあるセントラルステーションへ向かうことになっている。
「あ、二人共おはよっ! ……名寄先輩、悔しいけど可愛いですね」
「え……、そんな事無いと思うけど。だって、遠山さんの方が……」
先輩の言う通り、アカデミーステーションの前で俺達を待って居た遠山も先輩に負けず劣らず、何とも言えない”女子”という格好なのだ。夏らしい涼しげな、ふんわりとした袖の白いトップスに、ベージュのキュロット。薄いピンクの斜め掛けの鞄。
男ならここで普通、何か褒めるべきなのだろうか?いや、でもどんな風に?
………か、可愛いね。
ぅうわあぁぁぁぁぁ!恥ずかしくて死ねるわっ!
「菅原はどう思う?」
「え?」
意識を現実世界に戻し、惚けた顔で遠山に聞き返す。すると、だから!、と少し呆れたように続けた。
「私と名寄先輩、どっちが可愛いかって」
「はぁ!?」
こういうのマジ困る!何だ……どうする、俺。ていうか、遠山は可愛いって言われるの嫌いなんじゃなかったのか?分からない、女子って本当に何考えてるんだ!!
俺が頭を悩ませていると、それを察した先輩が助け舟を出してくれた。
「遠山さん……虹波君、困ってるから」
「……っこの純情め!」
両手に花。美少女に自分を取り合われてみたい――なんて、一度や二度妄想した事は俺にだってある。健全な男子高校生なら当たり前の思想だ。だが、実際なってみるとどうだ?これは……非常に厄介だ。
「てか、このままだと俺が精神的に持たないから……もう、行きませんか?」
俺の言葉で当初の目的を思い出したらしく、やっとの事で俺達はセントラルステーションへ向かう列車に乗りアカデミーステーションを出発した。
遠山は直がいない事に今更気づいたらしく、辺りを見回した。俺が直が風邪だと伝えると、
「馬鹿そうなのに、風邪引くんだ」
と言ってることとは裏腹に可愛らしく笑った。
セントラルステーションに着くと、アカデミーステーションとは全く違う空気を感じた。アカデミーステーションは言わば、学園と寮の街のある場所なので、違うと思うのも無理は無い話なのだが。アカデミーステーションは首都というだけあって、何十件もの店を構えている。
俺自身もそんなに、詳しい方では無く、今日ばかりは遠山に頼り切りになってしまいそうだ。
「うわぁ。ここが、セントラルエリア!」
その広さに思わず、先輩が感動の声を漏らす。セントラルステーションの外に出た瞬間、両端の店にそって広々としたオープンテラスが目に入る。
確かにこれは、流石首都……という感じがしてしまう。
飲食店にアパレルショップ、雑貨屋まで本当に、様々な店が立ち並ぶ。
「二人とも、ぼさっとしてないで! レッツゴー!」
「レッツゴー!」
先輩!?
どうしても、先輩が遠山と同じ様なノリで言うと違和感しか感じられない。失礼だっ!何て思わないでくれ。俺だって先輩の事は分からないことだらけなんだ。
テンションの高い遠山はトントンと足を進める。
若いな、そう思わずにはいられない。俺の精神はもう朝の時点で攻撃を受けていて、未だに回復していないのだ。そんなテンションでいけるわけがない。
しかし、一つだけ気になったので俺はおこがましいかもしれないが先輩に忠告をする。
「星灯先輩、体あんま強くないんすから、熱中症とか気ぃつけて下さいよ」
「ありがと。でも、大丈夫だよ」
余りに無邪気に笑うので、不意を突かれ、思わずどきっとしてしまう。
小さな子供の様に遠山の後を追う先輩はとても新鮮だった。
しかし、その数十分後――案の定、先輩は体調を崩した。
外のテラスだけでなく、室内のカフェなども存在するので俺と遠山は先輩をそこへ連れていき椅子へと座らせた。
「……だから言ったんですよ」
「虹波君……私、駄目でした」
俺は先輩の前に冷たい水を置く。ここに先輩を連れてくるまでの間、遠山は文句を言っていたが、何だかんだ先輩の看病をしてくれている。
「遠山さんも……ごめんね」
「別に。私は早くお店見たいだけだし」
二つに結んだ髪を揺らし、ぷい、とそっぽを向く。
素直じゃないな、遠山も。
しかしながら、この炎天下の中よくウィンドウショッピングとか楽しめるな、という気になってしまうのは俺だけなのだろうか?
「俺は先輩についてるから、回ってくれば?」
これは、俺なりに遠山へ気を使った事だったのだがそれは間違いだったようだ。
「菅原、分かってる? ……それじゃあ意味ないじゃない、皆で来た意味が」
ぴしゃり、と言われてしまう。確かにそれなら最初から一人で来ているのと変わらない。
けれど、少し意外だった。遠山はそういうのを気にしない様なイメー
ジだった俺にとっては驚きだ。
「そ、そうだよな。悪い」
「だから、先輩。早く体力回復させてよね」
そう偉そうな事を口にした遠山から奇妙な音が聞こえる。
ん……これは……?
「……お腹空いた」
やっぱり、お腹の音だったか。遠山は顔を赤らめ、不本意そうに呟いた。
時刻を見ると、既に昼近くだったので俺達はカフェからレストランへと移動した。
食事を終えると先輩の体力はかなり回復したらしく、これならこのまま楽しめそうだった。
レストランを出て幾つか店を回っていたのだが、遠山と先輩が次に入ろうとした店を見るなり俺の足が止まる。……ランジェリーショップって、おい。
「お、俺は待ってるからな!」
「あ、ごめん。全然考えてなかったよ~。名寄先輩は?」
「私は……行こうかな」
「おっけ」
何だかんだ、あの二人仲良くないか?
しかし、星灯先輩が前を歩く遠山の横へ行こうとした時だった。
長い金髪の髪を赤い紐リボンでポニーテールにした少女――いや、幼女が仁王立ちして先輩に言い放った。
「名寄星灯。元クロスプリンセスで間違い無いのですか?」
「そう……だけど」
「ならば、”死ね”なのですよ!」