第1話 夏休み最終日
こんにちは((。´・ω・)。´_ _))淡雪凪葉です!
「日鏡蛍は非現実的に」からの次作になります。
是非、最後までお付き合い下さい!
月が雲に隠れ、静寂化した真夜中。
二つの影は、静かに呟いた。
「今夜は妖魔が来てるね」
「まぁ、異世界への門が開いてからはこれも日常だろ?」
「っても、意識した人にしか見えないじゃん、あれ」
そう言い、一人は空を指さす。
そこには夜空よりも黒い、漆黒の穢れが空を徘徊していた。
☆☆☆
「はぁ……本当、なんだったんだ?」
俺は机の上で頬杖を付き、夏の雲一つ無い空にため息をこぼした。そしてすぐに、後ろから声が掛かる。
「なんかあったのか?」
こいつは学園都市――イネベテブルタウン――に来て以来の親友、笹神直だ。
そう、親友のはずなのだが――こいつは、さほど心配してない様子で、へらっと笑った。
「何でもないよ」
俺は昨日の夜を思い出す。現実なのか、夢なのか、それすらも曖昧になりそうな、そんな出来事だった。
「今日で夏休みも終わりかぁ……」
俺は明日に始業式を控え、気分を入れ替えようと散歩をしていた。夜だと言うのに蝉の鳴き声はとどまる所を知らず、暑さもそれに比例する様にとどまる所を知らなかった。
そんな中、俺は視界の隅に人影を見た。
「あの制服……」
俺の視線の先には、俺と同じ光涼高校の制服を着た少女がいた。
その頼りない足取りが気になって俺は自然と姿を目で追う。そして彼女はふらふらと、細い路地へと入って行った。
時間も時間だ。暗いのはもちろん、人気もない。
放っておくのも気が引けて、俺は後を追った。
路地を進むと、思い他入り組んでいて危うく見失う所だった。しかし、彼女の銀色の髪が月の反射で光っていたおかげで見失いはしなかった。
「ていうかあれ? 銀髪……?」
そう呟いた矢先、彼女が足を止めた。俺は咄嗟に身を隠す。彼女の前の道は行き止まりみたいだった。
引き返してくるかも、と身構える。しかし、その瞬間、頭上から声が響いた。
「星灯! 遅かったな」
星灯――、そうか、そうだったのか!!
俺はようやく合点した。あの銀髪、それに星灯って名前。間違えない。光涼高校で知らないやつなんていない。彼女は名寄星灯先輩、学校中の憧れ、銀髪美少女だ。
でも、どうして彼女がこんな所に? しかも、さっきの声は一体……。
俺は建物の影から、先輩の頭上に目を向ける。すると今度は先輩が叫んだ。
「楓! ……どうして? どうして、あなたが? ……っあなたはっ……私のクロスのはずでしょ?」
悲愴的な叫びだった。
何を言っているのか全く分からない。だけど先輩の必死な声に、何故か胸が苦しくなる。
先輩の頭上には、二人の人影が見えた。ここからじゃ遠くて、はっきりとは見えない。
「星灯ってさー、デスタルにいる意味あんの? 僕さぁ、もううんざりなんだよね」
一人の声が言う。
「楓から聞いたぞ。星灯、人間殲滅に反対なんだってな」
ちょっと待った。なんだって? 人間殲滅?
言葉自体がまるで現実味を帯びていない。
これは何処かのSF映画なのか?
そして俺が出した結論は一つ。これは夢だ。
「楓が私に取られたっていうのに、お前の目は何の色も無い、冷たい目なんだな」
「そりゃそうでしょ。だって、星灯は俺と気が合わなかったし。良かったって思ってんじゃないの? その上、人間殲滅には反対? 本当、何考えてんのか分かんないよ。あ、何も考えてないのか」
俺が考えてる間にも会話は続けられる。
「違う……。私はそんな……。………それに、優希さんの前のクロスだって行くあてが」
「それなら大丈夫だ。なんせ私が殺したからな」
いくら衝撃的な発言をしようが、訳の分からない事を話そうが、夢だと思ってしまえば全て頷ける。
しかし、ここまでリアルな夢だと緊張感がある。間近で映画撮影を見てる気分だ。とはいえ、そんな経験した事ないのだが。
少しの沈黙がきて、先輩が静かに告げた。
「……そう、ですか。もう良いです。楓、今まで……ありがとう。……さようなら」
途切れ途切れの言葉。
先輩は泣いているのかもしれない。
先輩の声は微かに震えていた。
「何、言ってるんだ? 星灯はデスタルの裏切り者。生かしておくわけないだろ。まぁ、いくらお前が元クロスプリンセスだとしてもクロスがいないならを生かしておいた所でどうなるとも思えんが、上の命令だ。……死ね」
死ね、か。
夢、なんだとしても――。
はぁあ、これ夢なんだけどな……。
矛盾する感情にうなされながら、俺は自然に先輩のいる方へと足を進めていた。
ため息が出るほど自分に呆れる。……何やってるんだろ、俺。
先輩に近づくにつれ先輩の話相手だろう二人の姿がはっきりと見えてきた。宙に浮いて先輩を見下ろす二人の姿が。
燃えるような赤い髪を肩の上で揺らし、負けずと赤い瞳は鋭く先輩をさしている。多分、この人が優希さん、と呼ばれてた人だろう。
そして隣の低身長の男は面白そうににこにこと先輩を見ていた。淡い金髪の髪、冷たい目。この男が、楓か。
「ふんっ。ねずみが一匹迷い込んだか。……おい、お前。何故ここにいる」
俺に気がついた優希さんが声を荒らげた。
「俺は、その、星灯先輩の後輩で……」
ちらりと先輩の方を見ると、当たり前だけど、すごく驚いているようだった。
「……誰だか知らないけど、早く逃げて!」
先輩が俺の肩を掴む。
「え? でも」
「仕方ない……。こっちへ!」
俺は先輩に連れられて、楓と優希さんから逃げるように元来た道を戻った。
「あなたは誰?」
俺の手を引きながら先輩は問う。近くで聞く先輩の声は息の音も聞こえてきそうなぐらい透き通っていて、静かだった。
「俺は、菅原虹波です」
「じゃあ、虹波君。率直に言うと、このままいくと追いつかれて二人共殺されるのが落ちだと思うの。だから、私のクロスになって?」
急に止まり俺の方を振り返った星灯先輩は真剣な眼差しを俺に向ける。
「えっ……あの、クロスって何ですか?」
「今は黙って従ってくれないかな? 生きるために」
普通ならこんな訳の分からないことに従え何て、無茶苦茶な話、付いていけないかもしれない。でも、あまりにも先輩の瞳が真っ直ぐだったから、真剣だったから。俺は強く口を結ぶ。
――何も考えてないだって?
あの楓ってやつは、見る目がないな。
こんなにも考えてるじゃないか。
俺は頷いた。
「……夢だとしても死にたくないですし、良いですよ。で、どうするんですか?」
「夢? ううん、そんな事より今は。…………虹波君、感謝します」
無色透明、瞳は透き通るようにそんな色をしていた。優しく微笑んだ先輩の笑顔が、あまりにも可憐で少し見入ってしまう。
そして俺を路地の壁に寄りかからせた先輩は両手で俺の瞳を覆った。
「私、名寄星灯の名のもとにクロスコントラクト――クロスエンフォース」
そして、先輩は俺の唇に自分の唇を重ねた。驚きのあまり、何が起こったか理解出来なかった。
先輩が離れた瞬間、俺は目を開ける。しかしそこはもうさっきまでいた世界とは異なっていた。